第23話「ひと眠りして」
想像を豊かに、くだらない話で盛り上がって笑い合うような時間は、マリオンにとって最高の楽しみだ。知らないことを単純に知って覚えるよりも記憶に残りやすい。なにより思い出も増えるから、と彼女は笑う。
「そう言ってもらえるのは光栄だね。私も……ふわあ……。君と一緒に喋るのは楽しいからさ。特にお酒を飲んだときの君なんて──」
「あーっ、聞こえない聞こえない! オレは知らん!」
耳を塞いで首をぶんぶん横に振る。酔ったとき、ついつい饒舌になってしまうのは癖で、酒に酔って眠るとは言っても記憶がなくなるほど混濁したりはしない彼女は、自分が何を話したかを振り返っていつも恥ずかしくなった。
「……そういや、眠そうだな。昨日は眠れなかったのか?」
「うーん、寝つきが悪かったというか、なんというか」
ジッと彼女を見て、ぷっ、と小さく噴き出す。
「なんだよ、オレの顔に何かついてんのか」
「いいや、なんでも。とにかくあまり寝てはいないんだ」
実を言うと、酒を飲み過ぎたマリオンが大きないびきをかいたのもあって、よく眠れていなかった。とはいえ珍しい光景だったので目に焼き付けておこうと横から眺めてひとり楽しんでいたせいで、気付けば陽が昇ってしまい、眠ったのは三十分か、あるいは一時間程度だ。
慌ただしくしているうちは眠いなど考える暇もないが、列車に乗るとあとは目的地まで着くのを待つだけなので、どうしても眠気に襲われてしまう。
「なら寝ちまえよ。どうせ王都までは数時間は掛かるし」
「……んー、景色をもう少し眺めてたいけど」
「馬鹿だなあ。疲れてるときに寝ないと、体調崩しちまうぞ」
「それもそっか……。じゃあ、お言葉に甘えて」
ゆっくり目を瞑り、ものの数秒で寝息を立て始める。よほど疲れていたんだろう、と申し訳ない気持ちも重なりつつ、彼女が眠ってくれたことに安堵する。首から下げた髑髏のネックレスを指でなぞり、ポケットから小さな鉄の箱を取り出す。
「レンヒルト公爵令嬢……ねぇ?」
箱の蓋を開け、煙草を押し込みながらフッ、と鼻を鳴らす。
「世の中の貴族様が、お前みたいな奴ばっかりだったら良かったんだけど……ま、そうなってりゃあ、オレもお前も会うことはなかったわけだが」
窓を閉めて、マリオンも大きなあくびをする。せもたれに体を預けて腕を組み、彼女も、もうひと眠りしてやろう、と俯いて目を閉じた。
彼女たちが揃って目を覚ましたのは、それから数時間後のこと。昼過ぎの陽射しが強い時間に列車がガタンと大きく揺れたのに気付き、眠たげに降りる準備をする。窓の外に見える王都の駅は人で賑わっていて、乗客の入れ替わりも激しくなる。我先に乗ろうとする客の前に降りる客が先だと揉める声が聞こえたりもした。
「ふわあ……よく寝たな。もう王都に着いたのか」
「日が暮れる前で良かったよ」
「ああ、そうだな。ところで、この様子じゃあ……」
「見つからなさそうだね、私たちの恩人は」
周囲を見渡しても人がごった返している状況で、目立つ外見とはいえ小柄な女性を見つけるのは難しい。ひとまず諦めて、当初の予定通りにリヴェール孤児院を目指す。帝都よりも明るく気品に溢れた情緒ある街並みに、一歩、二歩と進むのが楽しくなる。何度も来たことはあるが、観光として足を運んだことはなく、隣にマリオンがいるというだけで新鮮さがあった。
「なあなあ、先に宿を取ったほうが良くねえか?」
「ん、そこは問題ないよ。これがあるからね」
彼女が指に挟んで見せたのは小さな封筒で、レンヒルト公爵家の紋が入った蝋で閉じられている。公爵家から出るとき、父親が餞別に持たせてくれた手紙。懇意にしていたリヴェール孤児院に足を運ぶのは分かっている、と。
「中身は開けてない。でも大丈夫だ。お父様は存続については厳しい考えを持つ方だが、だからといって小細工で他人を陥れるような真似をするほど小さい人間じゃないからね。だから、これを頼りに泊めてもらえないかと思ってる」
宿はどこもいっぱいで、落ち着ける環境ではないが、孤児院ならば子供たちの世話も慣れているし、ひと晩──欲を言えばふた晩は──泊めてもらえるだろうとグレアは鼻を高くする。それくらいの信頼はあるという自信の表れだ。
「ふーん。じゃあ、せっかくだし甘えさせてもらうとすっか」
「そうしよう。少々の贅沢くらい許してくれるはずさ」




