第22話「魔女に会えたら」
せっかく仲良くなれたのに、王都でお別れは寂しいと思ったマリオンは、思い切ってグレアを自分の旅に連れ回したいと誘った。ただ、彼女とは付き合って日数も浅いので、とても受け入れてもらえる気はしていなかったが。
しかし、想像とは逆にグレアは嬉しそうに「もちろんだよ」と返す。
「私でよければ……いや、ぜひ一緒にいたいね」
「ほっ、本当か!? いいのか、邪魔になんねえか?」
「意外と心配性だな。友達にいてほしくないはずがないよ」
最初は一人旅で良いと思った。偶然か、必然か、マリオンとの出会いがグレアの考え方を変える。旅は一人でするよりも、誰かがいてくれたほうが楽しいこともあるのだ。公爵家では人付き合いなど煩わしいばかりで、一人の時間のほうが大切だと信じていたが、心から友人と呼べる誰かがいるのなら、二人の時間のほうが大切だ、と。
「君のおかげで私の旅は良いものになってる。なんでも出だしが肝心だと言うけれど、おかげさまで楽しくて仕方がない」
「そりゃこっちのセリフでもあるけどな」
マリオン自身、多くの人々と関わってきたが、グレアほど気の合う相手はいない。彼女を連れ回して、色んな世界を見て回りたい。今はそんなふうに考えていた。新しい家族が出来たような感覚。どちらがとはないが、姉妹に思えた。
「にしても、ウェイリッジで魔女に関する話は特に聞けなかったね。私は別に不老不死に興味はないけれど、会えるなら会ってみたいんだよね」
「分かるぜ。オレも自分の夢は別にしても会ってみたいもんだ」
魔女は世界を旅している。どこへ行けば会えるのか、どんな人物なのか。聞きかじる程度にしか知らなくて、しかし魔女が愛すると言う場所は点在するので、いつかは会うこともできる。ただ、そのときに何を話したものかだけが悩ましい。
「グレアは魔女に会ったら聞きたいことってねえのか?」
「うーん……。そうだねえ、聞きたいことかあ……」
少し悩んでから、そうだ、と小さく手を叩く。
「旅を始めたときのことを聞いてみたいな。私はそうじゃなかったんだけど、最初に不安とかなかったのかなって」
「たしかに。オレも初めてのときはドキドキしたなあ」
誰でも最初は知らないことだらけ。たとえ年齢を重ねていようが、見たことのないもの、触れたことのないものに対して覚える不安は大きい。それこそ赤子のような好奇心を忘れ、恐れと思案ばかりが出てくるようになることも多い。旅とはまさにそれだ。何も見えない霧の中に自ら踏み込むほどに落ち着かない。だからこそ楽しいと思う者も中にはいるが、さすがの男勝りなマリオンでも何も知らない土地に足を踏み入れるのは勇気が要った。
「魔女ってのも、結局はオレたちにできないことができるってだけで、同じ人間だもんなあ。いやあ、はやく会ってみてえなあ」
「そうだね。少しでも話が聞けたら良かったんだけど」
どこにいるかも分からないまま旅を続けて、観光を楽しんでいても、せいぜいどこかですれ違うのに留まってしまうかもしれない。多少は魔女の行きそうな場所について誰かから話でも聞ければ違うのに、とグレアは窓の外の流れる景色を見て、小さなため息をもらす。
「まあまあ。旅も始まったばっかじゃねえか、そんな気にすんなって。いくら世界が広いったって、帝国にゃあほとんど来ないくらいには場所も限ってるみてえだしよ。のんびり行こうぜ、のんびり。急がば回れって言うだろ?」
「それもそうだ。まだ興奮状態が抜けてないのかな」
ウェイリッジでは思いのほか大きな仕事だった。誰に頼まれたわけでもないが、ヴィンボルド伯爵家という大きな相手を引きずり下ろしたのだから。
グレアが、マリオンのポケットを横目に見た。
「吸いなよ、煙草。ずっと吸ってないだろ」
「あン? だけどお前、嫌いじゃなかったっけか?」
気を遣ってずっと吸わずにいたマリオンに、彼女はニヤッとして。
「友達が吸っているのは嫌じゃない」
「……そうかよ。じゃ、遠慮なく」
マリオンが煙草を吸う姿は、どこか趣きがある。ぼんやりと揺蕩う煙の中でリラックスした雰囲気の彼女に、グレアは尋ねる。
「そういえば君こそ、魔女にあったら不老不死になる方法以外に聞いてみたいこととか、あったりしないのかい?」
「うーん、そうさなあ。聞きたいことかあ」
ぷかあと吐き出した煙が窓の外へ逃げていく。
「特にねえかな。もしなんでも知ってるような賢人だったとしても、オレが分かんねえことを聞く相手は、お前のほうが面白そうってもんだ」




