第21話「これからも」
列車の中は人がまばらに座っているだけで空席は多い。車両の中央付近にある席に座って、荷物を置いたら窓の外を流れる景色を見ながらベーグルサンドの包み紙を広げる。チーズの匂いが鼻腔をくすぐり、小さく、ぐう、とお腹が鳴った。
「ついにウェイリッジともお別れってわけだな。ティナの件も上手く片付けられたし……オレも少しは人の役ってのに立てたのかな?」
「そりゃそうさ。君がいなければ私も助けたりはしなかった」
仮にグレアが一人で旅をしていたのなら、ティナと知り合うこともなかったし、マクシミリアンはいつまでもウェイリッジで私腹を肥やしていたのは紛れもない事実だろう。マリオンが誰かのためにと動いたからこそ救われた者がいる。それはティナ・ボワローという一人の女性だけでなく、今後も餌食になったであろう人々さえも、だ。
「だと嬉しいけどよ。……そういやあ、さっきの話は?」
「ああ、列車を待たせてたことだろう」
紙コップについた蓋を開け、コーヒーでパンを押し流す。
「私もよくわからないんだ。最初は無理だと断られたんだけど、紅い髪をした女性が待ってやれと言っただけですんなり……。いったいどこの大貴族なんだか。レンヒルト公爵家でもそうだが、名前を出せば平民だろうと耳にする。彼女もそんな雰囲気だった。でも駅員には、どこの誰かは答えられないと言われてね」
マリオンもいるので挨拶にでもと一瞬だけ頭を過ったが、わざわざ名乗らなかった相手を探してまで礼を言いに行くのも迷惑ではないだろうか? と、不必要な詮索になってしまうことを危惧してやめた。
「ま、同じ列車に乗ってんなら行先は同じだから、挨拶がしてえんなら降りたときに会えたらでいいんじゃねえか? この列車、王都に着いたら折り返しで帝都まで向かうはずだしな。昔と比べて長い距離を走るようになったもんだ」
同じ列車に乗るということは目的地も同じだ。もし駅で降りたときに会えなくても、相手が観光に来ているのなら出歩いていれば見掛けることもあるかもしれない。それなら別に構わないか、とグレアも納得する。
コーヒーを飲み終え、カップを潰したらベーグルサンドの包み紙でくるみ、旅行鞄の上に置く。お腹が膨れると少しだけ眠たくなった。
「んで、次は王都についたら……なんだっけ、リヴェールとかいう孤児院に行くんだったよな? オレがいっしょでも大丈夫か、怖がられたりとか」
「大丈夫だよ、私が紹介すれば問題ないさ」
孤児院にいる子供たちでも幼い年齢層は警戒するかもしれない。だが、グレアのことは皆が慕っているので、いっしょにいるマリオンの見た目がいささか威圧的な雰囲気を纏っていたとしても、簡単に受け入れてもらえるだろう。
「それにリヴェール孤児院ってめちゃくちゃデカいんだよね。王都だけじゃなくて、他の町の孤児院で受け入れができなかった子たちも積極的に呼び込んでるんだ。創設者のソフィア・スケアクロウズって人が、すごく人脈があって、売名いかんに関わらず多くの貴族が出資したほどだ。もともと資産家でもあったらしいけど」
そう語りながら、グレアは少しだけ寂しくなった。リヴェール孤児院の創設者であるソフィア・スケアクロウズは少し前に亡くなっている。幼い頃から父親に手を引かれて訪れた孤児院では、よく顔を合わせるたびに「あなたは優しいから、いつか必ず、あなたを大事にしてくれる人と出会えるわ」と話していたのを思い出す。
最初の印象は冷たそうな凛とした雰囲気の女性だったが、話せば話すほどまるで逆の人で、亡くなったと報せが届いたとき、葬儀には駆けつけられなかったものの、毎年必ず命日には墓参りに訪れている。
「ふーん。おかげであちこちの孤児院も運営できてるってわけか」
「そうそう。ウェイリッジにもあるだろう?」
「おう、たしか大きな商会が併営してたはずだ。……そういやあ、ガキんちょ共が町中で手作りクッキーかなんかを売ってるのを見たことがあるぜ。社会貢献のつもりでオレもひとつ買ったんだが、なかなか悪くない味だった」
思い出してみると、ヴェルディブルグ領内で訪れた町はどこにでもかならず孤児院を見掛けた。マリオンが実際に彼らと触れ合ったのはウェイリッジにある孤児院だけだったが、全員が孤児とは思えないほど明るい顔をして、ときどき町中を走って遊んでいる姿を横目に見ることは多々あった。
「案外、どっかでオレたちもすれ違ったことあるかもな?」
「可能性はあるね。こうして出会えたのも運命だったりして」
ただのコインの表裏で決まったのではなく、出会うべくして出会った。グレアがそんなふうに感じて言うと、マリオンもうんうんと頷く。
「ありそうだ。オレたち、とにかく相性がいいし。……なあ、グレア。今更でこんなこと言うのもなんだけどよ」
がたん、と列車が揺れる。マリオンは照れながら──。
「これからも一緒に旅を……なんてのは、無理かな?」




