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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第一部 レディ・グレアと始まりの旅

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第2話「表か、裏か」

 軽い握手を交わして「グレア・レンヒルトです」とやんわり返す。それから彼女は気になったことをひとつだけ尋ねた。


「帝国ではウィンターの姓は聞きませんが、遠くから?」


「十年くらい前から帝国の人間さ。今は旅行中でな」


 マリオンは出身こそ違えど、帝国での暮らしが気に入って小さな家を買った。出身地でのちょっとした稼ぎがあり、貯蓄も十分で今はときどき旅行をしながらのんびり過ごしている。誰に縛られることもなく時間を自由に使えるのが楽しくて仕方がないのだ。


 それはグレアの目指した姿そのもので、とても羨ましそうに話を聞いてウンウンと頷く。


「で? レンヒルトさんはどこへ行く予定だい」


「グレアでいいです。リヴェール孤児院に顔を出そうかと」


「あんたもため口で良いよ。孤児院に気になる子でも?」


「子供たちに会うんだ。大事な友達だからね」


 孤児院は世界各地にあり、多くの貴族から経済的な支援も受けている。近々、恵まれない子供たちのためにと学校も開設される予定だ。レンヒルト公爵家も当然支援に加わっており、グレアは定期的に各地の子供たちへ会いにいく。


 しかし、旅を始めるにあたってしばらくは訪ねる機会も減るだろうと帝国内はすべて挨拶を済ませ、これから各地を観光しながら隣国のリヴェールという名のついた一番大きい孤児院を目指す予定だった。


 事情を聞いたマリオンは少し意外そうにする。


「あんた、公爵家の人間だったのか。メイドも連れていないし男みたいな恰好してるから、てっきりただの旅行者だと思ってた。それか探偵でもしてそうだ。ま、身なりをみりゃあ安物なんか着てないのはすぐにわかったがよ」


 グレアが身に着けるシャツはおろしたてにしか見えないし、ブレイシーズで吊った黒革のパンツはかなり上質だ。靴ひとつとってもピカピカに磨かれていて、彼女の足にぴったり合わせた特注品である。


「女のひとり旅だから男装をしていたほうが良いと弟が用意してくれたものなんだが……目立つよねぇ、やっぱり。私も悩んだんだよ、本当にこれでいいのか」


「でも似合ってるぜ。女ってのは分かっちまうが」


 胸のあたりを見てマリオンが笑う。


「嬉しくないなぁ。……それで、マリオンはどこへ旅行に? 帝国なんて土地が広いばかりで見るところなんてなさそうだけど」


 観光といえば帝都くらいなものだ。ずっと昔にあったと言われる戦争時代から土地を広げてばかりで、開拓も進んでおらず村が点在する程度。生活の豊かさに関していえば他の国々のほうがずっと華やかで、見るべき価値がある。


 マリオンもおおむね同意して頷いた。


「そうなんだよな。だからオレも別に行くあてはないんだ。でもそれがいいと思わねえか? 金はあるから、目的地もなく自由に行きたいところへ行く。好きなもん食って、好きな宿に泊まって、好きに町を歩く。めちゃくちゃ最高だろ」


 彼女の生活はいつでもそんなものだ。定住地さえあれば『いつでも帰れる』という安心感がある。帝都は人でごった返しているが、そのぶんどこにでも目があるので泥棒被害にも遭いにくい。取り締まりも厳しいので家を長期間空けていても──そもそも金品は置かない主義だったが──問題が起きた話はほとんど聞かないのだ。


 だからよく旅行に出かけてはお土産を買って周囲の人々に配り、また自分が不在の間に何か起きたら憲兵隊に伝えるよう頼んでいる。お互いにとって良い関係を築ければ日常は豊かになるものだとマリオンは鼻を高くした。


「いいね、私もそれに倣おうかな」


「おっ。話の分かる奴は好きだぜ。そこで、だ」


 ポケットから取り出した銀貨一枚を指でつまんで見せながら。


「今からオレがコインを投げて、表が出ればあんたと目的地は同じ。裏なら次の駅でさよならバイバイ。そういう旅の選び方をしてみようと思うんだけど、あんたはどうだい?」


 興味津々に目を輝かせるグレアは、しきりに首を縦に振る。


「なるほど、それは実に面白そう」


「だろ。じゃあ行くぜ。表か裏か、オレたちの運命は──」


 指で弾かれたコインが宙を舞う。緊張の一瞬は、まるで永遠にも思える流れでゆっくり進む。手の甲に落ち、それを隠す瞬間はつい覗き込みたくなった。表なのか、はたまた裏なのか。どちらでもいい、ただ楽しかった。


 開かれた手の下、コインには皇帝の横顔が刻まれている。


「表。……表だね。つまり私たちの目的地は同じだ」


「ああ、その通りだ。こういう下らねえ遊びしながら行き当たりばったりってのも、旅の醍醐味って感じだろ?」


 コインを弾いて投げられ、グレアは慌ててキャッチする。


「そいつは記念にやるよ。これからよろしくな、グレア」


 差し出された手。細長い指。でも大きくて、やや小柄なグレアの握り返す手が包み込まれるようだった。


「うん。迷惑を掛けることもあるだろうが、君のような人に会えたのは偶然じゃなさそうだ。──よろしく頼むよ、マリオン。私のパートナーとして」

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