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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第一部 レディ・グレアと始まりの旅
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第18話「今日は奢り」

 マクシミリアンが目を丸くして大慌てを始める。取り繕って「違う、そんなつもりじゃなかった」と声を大きくしたが、ティナが泣きそうになって睨めば黙るしかなかった。何をいったところで事実は消えないのだ。


「おい、バートは大丈夫かよ?」


「わかんない……どうしよう、マリオン」


 ブルブルと震えていて、もしかしたら死んでしまうかもしれないと不安がっていると、酒場にいた男の一人が「腕の良い医者が知り合いにいる。会わせてみよう!」と名乗り出る。ありがたく提案に従って、マリオンが「少し付き添ってくる」とグレアに断りを入れた。急がなければバートの状態は悪くなるかもしれない、と。


 そうして酒場に残されたグレアはカウンター席に座って頬杖をつきながら、項垂れて膝をついているマクシミリアンを侮蔑を込めて見下ろした。


「さて、あとは時間の問題だ。何か釈明のひとつでもしてみるかい? 残念ながら、貴方の言葉を聞き入れてくれるほど酒場の人たちは貴族を歓迎していないがね。なにしろティナ・ボワローを泣かせたんだから」


 これには雇われていたごろつきたちも仕事にならない。顔を青くして、あとからやってくるだろう憲兵の心配ばかりをしていた。マクシミリアンはもう役立たずで、貴族というメッキを剥がされた極悪人に過ぎない。どう助かるか、少しでも罪を軽くしようと、通りもしない言い訳を考えるのに必死だ。


「わ、私は……ただ、この町が豊かになればいいと……」


「自分の懐を温めたいだけじゃないか、嘘ばかり言って」


 はあ、と特大のため息がでる。あまりにも呆れて、こんな男がどうしてうまく今まで立ち回れてきたのかが分からなくなった。


「仮に貴方の言っていることが真実だとしよう、伯爵。──それで他人を騙しても良いなんてルールは、いったいどこの誰が決めたんだ」


 そうだ、そうだと野次が飛ぶ。明らかな悪事。明らかな恣意。自分さえ良ければ、誰にもばれなければ、それは罪とはならないと言わんばかりの行為。白日の下に晒された目に余る蛮行は決して許容されるものではない。


「爵位のはく奪だけで済めばいいが、貴方の重ねてきた背徳は女王からの厚い信頼を傷つけたも同然だろう。今のうちに涙を流す練習でもされてみては?」


 冷たく突き放され、もはや彼も言葉が出てこなかった。しばらくするうちに憲兵が来て、もう言い訳のひとつもする気力すら残っていないのか、あっさり応じて連れて行かれるのを眺め、グレアはやっと仕事がすべて片付いて肩の荷が下りた。


 あとはマリオンたちが帰ってきて、バートの無事を聞くだけだ。


「あの、グレア・レンヒルトさん」


 クリスティンが彼女の前で背筋をぴんと伸ばし、胸に手を当てる。


「このたびはありがとうございました。おかげでヴィンボルド卿の悪事を暴き、彼をようやく捕まえることができて、我々もやっと落ち着けます」


「私は大したことはしてないよ。君たちが優秀だっただけさ」


 きっかけは与えても、実際に動くのは彼らだ。気付かれる可能性だって十分にあったものを、難なく証拠を掴んで戻ってきて、なおかつグレアの身辺警護まで素早く手配してみせる仕事ぶりにはグレアも(いた)く感心した。


「帝都にいる憲兵は大して働き者じゃなくてね。君たちのような憲兵隊は心から信頼できる。この町はきっとこれから、より良い平和を享受できそうだ」


「フ、世辞のできる方だ。期待に応えられるよう精進致します」


 握手を交わし、クリスティンは部下たちと共に酒場を立ち去った。これからマクシミリアンは然るべき罪過の償いのため、正しく法の裁きを受けることになる。ウェイリッジという小さな町の腐敗がひとつ浄化されたと言えるだろう。


 彼らと入れ違うようにマリオンたちが戻ってきて、なにより心配だったバートの状態にグレアも咄嗟に駆け寄った。


「おかえり、バートはどうだったの?」


「問題ねえってよ。今は落ち着いて寝てるだけだ」


 ティナの腕の中でぐっすり眠っているバート。蹴られる直前、避けようとして飛び跳ねたおかげか、蹴られるというよりは突き飛ばされるくらいで済んでいた。ただ近くのテーブルに頭を打ったので、こぶが出来ているとマリオンが指をさす。


「まったく、小さいくせに勇敢で大したもんだぜ」


「ごめんなさい、二人共。おかげで助かったわ」


 ティナがバートを連れて、店の奥で寝かせて戻ってくる。まだ顔色は戻っていないが、ひとまず安心はできたのか、ひと息ついて「心配かけてごめんね、営業再開よ」と店内に元気のいい声を響かせた。


 客が席に戻り、再び宴のように騒がしくなる。グレアとマリオンも、そのままカウンター席に座って料理を注文した。


「なあ、ティナ。伯爵の件だがよ……」


 黙ってて悪かった、と言おうとしてティナは首を横に振った。


「大丈夫よ。なんとなく分かってたことだもの」


 もともと彼女の経営する宿は古く、料理目当てで来る客も多い。伯爵も一目ぼれだと言ったわりには足を運ぶ回数も少なく、個人的に会うのもほとんどなかったと呆れた笑みを浮かべて話す。


 とはいえ少しは期待した。誰かに告白などされたこともなかったし、花束を渡されたときは本当にうれしかったと振り返る。


「まあ、悔やんでも仕方ないわよね。あのまま結婚していて幸せになれたかなんてわからないもの。泣いて毎日を過ごす可能性もあったんだって思ったら、それよりもはやくに彼のことが知れて良かったくらいよ」


 二人の前にたくさんの料理が並ぶ。


 ティナは胸を張って、今は顔色よく気前の良い笑顔をみせた。


「──だから、今日は私の奢り。好きなだけ注文してね」

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