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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第一部 レディ・グレアと始まりの旅
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第16話「憲兵の護衛」

──それから数日が過ぎ、これといった問題が生じることもなく穏やかな時間が流れた。マイクのもとを訪ねるのをやめて、二人はすっかり宿でティナの手料理に舌鼓をうちながら、ちびちびと酒をあおって楽しんでいる。


 ゆっくり、ゆっくり。着実に計画は進んだ。


「なんだか、こんなふうに昼間からお酒ばかり飲んでいると悪いことをしている気分になるね。それがたまらなく面白いんだけど」


「ハハ! その話をされるとオレは耳が痛くなっちまうよ!」


 グレアの私生活において酒はあまり関わりのないものだ。特筆して好きというほどでもなく、当時は酔うのを嫌っていた。いつでも周囲の視線が気になっていたから常に警戒をした。自分という人間の素顔が他者に露呈したり、いいように丸め込まれて口約束を交わすことがあってはならない、と。


 だが逆にマリオンはとにかく酒が好きだった。酷く酔うこともたまにはあったが、そこそこに強いので嗜む程度では済まない。最初は孤独を埋めるためだった彼女も、いつからか単純に飲むのが好きに変わっていった。


「しかしよお、誰かとこうして笑いながら飲む酒はうまいな。ちょっと前までは考えもしなかったが──」


 ふと足に何かが触れたのが気になって視線を落とす。


「……なんだ? おい、ティナ。犬が店に入ってきてるぞ」


「あら、バート! こっちに入っちゃだめじゃない」


 どうやらマリオンに興味津々らしく足下をうろうろする。彼女は子犬を抱き上げるとジッと見つめて頬を緩ませながら「おお、なんだ元気があって可愛いな」と、愛くるしさにあっという間に取り込まれてしまった。


 横からグレアも顔をのぞかせてもふもふの子犬を見つめる。


「この子はティナさんが飼っているのかい?」


「ええ。知り合いが捨てられてるのを見つけてね」


 飼い始めたのは一ヶ月ほど前。犬を飼えるほど生活に余裕があるのは、ちょうどティナが当て嵌まったので連れて来られたらしい。彼女も気に入っていて、バートと名付けた大切な家族の一員だ。ただ、時折こうして店の中を走り回るので、客がいるときだけは困りものだと苦笑いをした。


「犬って毛が抜けちゃうでしょ? 衛生的に考えたらちょっとね」


「へへっ、この犬種はほとんど抜けねえから大したことはねえがな」


「そうなの? もふもふしてるからよく抜けるのかと……」


 床に降ろして頭を撫でながらマリオンは饒舌に語った。


「プードルっつってな。こいつは小さい品種みたいだが、とにかく出来の良いワン公でな。人懐っこいし飼いやすいと思うぜ。昔、オレも飼ってたことがあるんだ。病気でさっさと逝っちまって、ずいぶんと寂しかったもんさ」


 他の客も子犬を見つけて、次第に集まり始める。すっかり人気者になったバートは、楽しそうに走り回って皆を喜ばせた。


「ハハ、こりゃ新しい売りになるんじゃねえか?」


「ふふふ。だと良いわね、可愛がってくれてて私も嬉しいわ」


 和気藹々とした空気が流れる中、店の扉が開く。


「失礼します。憲兵団の本部より派遣されてきました、クリスティン・ヴァーミリアンと申します。こちらにグレア・レンヒルト様がいらっしゃるとお聞きして訪ねたのですが、いらっしゃいますでしょうか?」


 制服姿のいかにもがっちりとした背の高い男が澄んだ青い瞳で店内を見渡す。グレアが「私だけど」と手を挙げると、緊張した表情がわずかに和らぐ。


「良かった、いらっしゃいましたね。実は例の件で話が」


「お。もしかして何か進展でもあったのかい?」


「ええ、おかげさまで無事に証拠を押さえられました」


 なんの話かと不思議そうにされるので、気を遣ったクリスティンがグレアに「少し詳しい話をできますか」と耳打ちし、彼女はひとつ頷いて。


「良かった、頼んでいた泥棒の件だろう。少しもてなしたいのだけど……そうだな、ティナさん、部屋にあげてもいいかな。少しプライベートに関わる話でね」


「あ、もちろんよ。気にしないで、お茶を用意するわ」


 ティナに礼を言ってからクリスティンを借りている部屋に連れて行くと、マリオンはあえて「オレは部屋の外で待ってるよ」とわざとらしく遠慮がちにいった。気にする必要はないふうに感じたが、彼女は「他の連中に聞き耳立てられるのは面倒だろ?」そう言って、問題が誰の耳にも入らないよう後で話を聞けばいい、と。


 それから中に入り、クリスティンは扉にもたれ掛かってマリオンの気配を背に感じながら「すみません、ご迷惑だったかもしれませんね」と頬を掻いて申し訳なさそうに小さく俯く。


「いいさ、気にしないでくれたまえ。緊急の用だったんだろう?」


「はい。実は伯爵の農場で違法行為の証拠は見つかったのですが……」


 彼はひどくうんざりしたような顔色で。


「彼は『部下に管理を任せていた、自分は知らない』の一点張りでして、それと同様に働いていた男たちも口を割らないんです。しかし、この件で関わりのある貴女方に接触を試みる可能性があります。万が一にも危害を加えることがあってはならないので、護衛として私が派遣されたというわけでして」


 彼が制服のポケットから取り出した小さく折りたたまれた紙をグレアに渡す。中には憲兵団の団長から『クリスティンは憲兵の中で最も腕利きな人物であり、信頼に足るものとして派遣させてもらった』という旨の知らせがあった。


「……なるほど。つまり君がいれば安全は確実だと」


「そうとは言い切れません。……が、しかし」


 クリスティアンは胸に手を当て、真剣な目つきをする。


「お任せください。このクリスティン・ヴァーミリアン、どのようなときも身を捨て、レンヒルト令嬢とウィンター令嬢の盾となりますことを誓いましょう」

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