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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第一部 レディ・グレアと始まりの旅
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第14話「焦らず、じっくり」

 彼女たちの偽装は上手くいった。ブティックで事情を説明し、金貨を一枚支払って協力を願ってみるとあっさり更衣室を貸してくれた。着替えを早々に済ませて隊服は明日にでも駐屯所へ返却を頼み、いくつか服を買って退店する。


 もし誰かに見られていても、ちょうど買い物をしていたとでも言えば済む話だ。店主もうまく誤魔化してくれるだろうと祈りつつ宿へ戻った。


「おかえりなさい。遅かったわね、観光は楽しかった?」


 ティナがカウンターから笑顔で迎えてくれる。マリオンが小さく手を挙げて「ああ、悪くなかったよ」と返事をして席に着く。


「腹減ったからなんか適当に出してくれ。野菜がたっぷりのスープがあると嬉しい。もちろん美味い酒もいっしょによろしくな」


「はいはい。グレアちゃんは食べたいものあるかしら」


 うーんと顎に指を添えて少し考えてからグレアは答える。


「私は魚料理がいいですね。最近、あまり食べていないもので」


「それならちょうど今日、届いたものがあるわ。少し待っててね」


 料理を待つあいだ、グレアはカウンターに突っ伏して安堵の息をもらす。今日ほど神経をすり減らしたのは久しぶりだった。


「なんだなんだ。忙しすぎて疲れちまったか?」


「まあね。のらりくらりと旅をするつもりだったし」


「アハハ、そりゃ悪いね。けどあんたは頼りになったぜ」


 突っ伏したままひらひらと手を振って「私の友達だからね」と返すと、マリオンは少しだけ照れて「そうかよ、ありがてえ話だ」と嬉しそうだ。


「ところで、いつまで私のことを『あんた』なんて他人行儀で呼ぶんだい、マリオン。もっと身近に呼んでおくれよ、『お前』とでも」


「……おう。考えとくよ、今回の件が済んだらな」


 先に出された水を飲みながらマリオンは頬をやや紅くした。横目に見たグレアがぷっと小さく噴き出して「案外、恥ずかしがり屋なんだなあ」と聞こえないように呟いてひとり楽しそうにする。


「つうかよお。明日も伯爵のところへ行くんだよな? オレはスノー家の人間のふりをして大人しくしてりゃ済むが、グレアは何聞かれても平気なのか?」


「まあ考えてはある。何も問題はないよ、たぶんね」


 偶然を装ったとはいえ尾行を撒いたのだ。何かしらの警戒はあっても不思議ではない。グレアもそれくらいは理解していて、彼の邸宅に足を運ぶつもりだ。自分たちから出向くことが身の安全を確保するための一歩になる、と。


 料理が届いてから、ティナに悟られないように──彼女にも関わることなので、まんがいちにも危険が及ばないため──普段通りに振舞って、穏やかな時間を過ごしつつも新しく酒場にやってくる人物には目を光らせた。


「いやあ、食ったし飲んだ。部屋に戻ろうぜ、グレア」


「そうだね。そういえば部屋にリバーシがあったよ」


「ほお、面白そうだ。遊びながら話でもすっか!」


 部屋に戻ってすぐ小さな棚の引き戸にしまわれていたリバーシを小さいテーブルに広げて、窓辺でプレイする。自信のあったマリオンだったが、あっという間にグレアにほとんどの駒を奪われて悶絶することになった。


 経験がそれなりにあるつもりだったので、あっさり翻された盤面を睨みながら「なんで?」と首を傾げるばかりだ。


「最初に急ぎすぎなんだよ、マリオンは。なんでも焦らずにコツコツと積み重ねていくのが大事なのさ。結果ばかりを見て利益を得ようとする者は……」


 最後の駒が置かれて、盤面のほぼ全てが黒で埋まった。


「こうして奪われていくものなんだよ。ヴィンボルド伯爵も、今まさに君のように盤面を埋め尽くそうと躍起になっている頃かな。私がじっくり手際よく進めているのに警戒しつつ、何も気付かないままにね」


 マリオンがひとつ唸って駒を整理する。彼女の言う通り、序盤は焦らずにじっくり駒を進めてみれば、たしかに先ほどよりは幾分かマシになった。


「なるほどねえ。それなりに遊んできたつもりだったが、きちんとした勝ち方ってのがあるわけだ。それで、憲兵さんのために時間稼ぎをするわけだろ? あの伯爵のことだから手を回しちまう可能性ってのはないのか」


 尾行が失敗した以上、リスクに見合わないのなら放棄する可能性は高いはずだとマリオンは考えたが、グレアはその逆。今だからこそあえて様子を見るしかないのだと言う。


「いいかい、ヴィンボルド伯爵はとにかく利益を欲しがる人間だ。汚い手段を講じてでも、ね。大きなリスクがあると分かっていて、これまでも毛皮産業に介入してきた実態もある。動くのは明日の私たちの反応を見てからだ。それにレンヒルト公爵家に出資を願い出たということは、まんがいち上手く行かなかったときの返済に充てる算段も立ててるだろうし、ぎりぎりまで様子見をしたいはずだよ」


 遊び疲れて片付けをしながら、リバーシの盤の中に入れる最後の駒をつまみ上げて彼女は続けた。


「だから、詰めのひとつに私たちが彼と契約でもしようかと思う」

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