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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第三部 レディ・グレアと原初の魔女

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エピローグ②「君たちに永遠の祝福あれ」





「……うん。人間も悪魔も皆が収束すべきところに収束したね」


 チェス盤の上に並んだ駒のひとつを指先でころんと倒す。どこまでも続く本棚、図書館のような場所のど真ん中で囲まれた小さな机を前に、ノルンがニコニコと対面に座っているソフィアを見つめた。


「タンジー・ウィルゼマンとシトリン・デッドマン……このふたり以外の悪魔はそのうち消えていくだろう。もはや脅威と呼べる存在は僕の箱庭から完全にいなくなった。言い方を変えれば完成したと言える。君のおかげで、だ」


 ソフィアは粛々と座ったまま小さく頭を下げた。


「恐縮です。しかし、私の勝手我侭があった事も事実。あなたに選ばれる栄光に与りながら他人の人生に踏み込んで結末を変えるなんて」


「ハハハ! だからこそ箱庭は完成したんだ。それは勝手我侭ではなく最善の判断であったと僕が認めてあげよう。たまに出るんだ、ああいう異物ってのが。よくある話さ、何代も経た皇帝が途端に暴君になったり……。まあ、人間同士なら簡単に処理もできようが、今回はそうなったのが悪魔である事が問題だった」


 多くの場合、悪魔も人間もノルンにとっては大きな障害にはならない。小さな埃が舞うのと同じ、いくらか目につく汚れ程度だ。しかしタンジー・ウィルゼマンは違った。狡猾で慎重。他の悪魔よりも優れた能力を持っていたために箱庭を壊しかねなかった。放任主義的にあまり管理に携わらなかったせいで、危うく時間を掛けて創り上げた箱庭が無駄になりかけたのをソフィアが防いだのは紛れもない事実だ。


「お見事だ。当然、彼女たちの素晴らしい働きにも感謝せねばなるまいが、なにより君が友人を想う気持ち……つまりはその〝優しさ〟こそが巡り巡って全ての者たちに幸せをもたらしたといっても過言ではないよ」


 いくつも倒した駒が、ふわっと浮いて元の位置へ戻っていく。


「何か欲しいものはないのかい、ソフィア。君にも何か褒美を与えなくては」


「……さあ。特に思い当たるような欲はないわ」


「それは残念、では僕が決めてあげよう。まずはひと勝負」


 灰色だった駒がそれぞれ白と黒に分かれる。ノルンは先手を選び、ポーンをひとつ掴んで前進させ、ニコッと笑いかけた。


「君に自由を与える。そうだな、向こう数百年は暇をあげよう。ずっとあんな場所に引きこもっていては疲れるだろうからね」


「はあ。それは……あの、どういう意味かしら?」


 今度はソフィアが駒を動かす。思考に縛られずノルンは駒を選んで、前に進めたポーンを二体並べながら「休暇だよ。また旅でもしてみたら?」と提案する。ソフィアが最も楽しかった頃を思い出せるように。


「フフッ、過ぎた願いね。興味がないと言えば嘘だけれど、あの旅路には欠かせないものがあったから。あなたが知っているかは別だけれど」


「何おう。僕は神様だぞ、大体の事は知ってるともさ」


 またソフィアの手番が済んだら、即座にナイトを手に取ってポーンの背後に並べる。ニヤッとして、ノルンは「だからこそ」と前置きをする。


「必要なものを揃える事だって余裕だ。だから行っておいで、今回の事で君はよく頑張った。だから僕から出来る最高の贈り物を受け取ってほしい。……まあ、なんだい? それも人間が言うところの、ひとつの礼儀って奴なんだろう?」


 突然、ソフィアの視界がぐにゃりと歪む。まだ勝負も始まったばかりだと言うのに、ノルンはあっさり中断してしまった。最初からチェス自体には興味がなく、ただ話をする口実と手が暇になるのを嫌がっただけだ。


 そして彼女の視界が正常に働いたときには、ヴェルディブルグの駅に立っていた。目の前には列車が止まっていて、もうそろそろ発車するぞと合図の汽笛を鳴らす。片手には着替えなどが詰まったトランク。もう一方には行き先の書いた切符があった。


「お客さん、乗るんですか?」


 駅員に声を掛けられて彼女はハッとする。


「ごめんなさい、乗るわ」


「ではどうぞ。良き旅路を」


 慌てて列車に乗り込む。帝都でのひと悶着では落ち着けず、はっきり感じられなかった地に足をつける感覚が、今はしっかりあった。乗客は少なく、空いた席にトランクをどすんと隣に置いて座り、ゆっくり動き出す窓の外の景色を眺めた。


「……懐かしいわね」


 遠い昔には魔女ローズの代理人として各地を旅して周り、多くの人々の助けとなった。彼女の名を知らない者など、まずいないと言えるほどに。


 それから孤児院を建てた。学ぶ機会さえ与えられず、孤独にふさぎ込んでしまった子供たちの心を開いていこうと決めて。ローズやシャルルも支援をしてくれたし、老いてきた頃にはレンヒルト家の支援もあって、グレアとも繋がりが出来た。たくさんの別れも経験したが、その分しっかり出会いもあった。生きてきて良かったと心から思えるような人生を過ごし、最後には自身が最初に過ごしていたスケアクロウズ家で静かに眠った事を覚えている。始まりから終わりまで、苦しい事も悲しい事も、嬉しい事も楽しい事も。そのひとつひとつが幸せな思い出だ。


「帝都行きか……。もしかしたらローズたちにまた会えるかしら」


 切符を眺めて微笑む。立ち去ったあとでまたやってきたとなれば少々の気恥ずかしさはあれども、ソフィアの中では最下位の喜びの方が勝っていた。話したい事はいくらでもあったし、しばらくの休暇も数百年と来ている。ノルンは絶対に嘘は言わない。せっかくだから贅沢を満喫しようと決めた。


 ただ、少し物足りない気分はある。一人旅などした事がなかったから。


「すみません、前の席いいですか」


 女性に声を掛けられ、特に振り返る事なくソフィアは頷く。


「ええ、いいわ。ちょうど退屈になりそうだったの」


「それは良かった。アタシも一人は苦手で」


 ローズとそっくりの肩まで伸びた紅い髪を紐で縛っている女性の快活そうな深碧の瞳がソフィアを優しく映す。


「……神様とやらも意地悪ね。最初から言ってくれればいいのに」


「アハハ。でもサプライズってアタシは嫌いじゃないよ」


 もう二度と会う事はないだろうと思っていた。きっと生まれ変わってしまった。人間の魂など循環していく数多の命のひとつに過ぎない、と。


 だが彼女(・・)はそれを選ばなかった。最愛の人のために。


「ふふっ、あなたらしいわ。────おかえりなさい、リズ」


「へへーん。ただいま、ソフィア! またよろしくね!」


 笑い合った中で、ソフィアは思い出したように────。


「そうだ。あなたに紹介したい友達がいるのよ」


「アタシがずっと眠ってる間に、仲の良い子が出来たの?」


 嬉しそうなリズベットにソフィアはゆっくり頷く。


「ええ、とっても良い子たちでね。……グレア・レンヒルトとマリオン・ウィンターって言うんだけど、今の魔女の代理人なの。あなたも気に入ると思うわ」






────不老不死に呪われ、祝福された魔女たちの物語は永遠を紡いでいく。誰が語り継ぐ事もない高貴で数奇な運命を背負いながら、彼女たちに与えられた不幸でもあり幸福でもある日々を大切に抱えて。


 ひとつ大きな変化が訪れたとしたら、これから先で紡がれる中で魔女は生まれず、必要のない責務を背負わされるような事は起きないという事だ。


「おっと。覗き見も程々に僕も仕事をせねば」


 宙に浮かぶしゃぼん玉に映された魔女たちの姿。手をぱんと叩けば全て割れた。弾けた雫を背に歩き、両手を大きく広げて満足げに目を瞑って歩く。


「ああ、なんと愉快。脆く幼い愛すべき人の子らよ、儚く揺蕩う愚かで美しき悪魔たちよ。────君たちに永遠(とわ)の祝福あれ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結お疲れ様でした&おめでとうございます。 魔女シリーズで最初に読んだのがソフィアさんのお話だったのもあって、ソフィアさんが再登場してくれたのが嬉しかったです!
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