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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第三部 レディ・グレアと原初の魔女

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第35話「気風の魔女たち」





────祭り二日目の昼。朝の早くから準備を済ませて、ついに出店。ボードに『団子屋』とキレの良い文字で書いて宣伝するのはタンジーに任せ、グレアとマリオンの二人は服の袖を捲ってせっせと厚紙の皿を用意して来る客に提供するのに忙しい。


 異国の甘味というのもあって注目を集めたうえ、タンジーが魅了を使いながら──使わなくても整った顔と穏やかな声だけで呼び込みは上手く行っていたが──品切れになるまで役目を果たしてみせた。


「フッ……。やはり私に掛かれば集客など当然だな」


「いやあ、助かったよ。君のおかげで私たちも後片付けだけになった」


 仕入れた材料は底をつき、事前に用意していた『完売』の看板を立てる。


「世話んなった奴らも皆来てくれたし満足だよな」


「うんうん。ローズさんたちも美味しいって言ってくれたから」


 汗を拭って、ふうっとひと息。売り上げの硬貨が詰まったいくつかの袋のうち、ひとつを「ほら、持っていきなよ」とタンジーに投げ渡す。彼は少し驚いて、硬貨の袋とグレアたちの顔を交互に見た。


「良いのかね、こんなに貰っても」


 グレアがプッと小さく笑った。


「働いたら対価はいるでしょ。ねえ、マリオン?」


「だな。ここはオレたちでやるから遊んで来てもいいぞ」


 祭りの期間中、並ぶ店は毎日変わる。全てを楽しめるうちに楽しんでおくのが大切だ。タンジーは照れ隠しに「ならありがたく」と短く返事をして立ち上がり、ぽんぽんと袋を空に投げては掴んで遊びながら去っていく。


「そういやあ、ネイロア子爵令嬢も良かったよな。色々あった事はなーんにも知らねえで、タンジーから婚約破棄してもらえるなんてよ」


「子爵令嬢も実は心に決めた人がいるって話だしねえ」


 ふとグレアが雑踏の中にアレサを見つける。いつもより控えめなおしゃれで目立たないようにしながら、誰かの手を引いているのが見えた。彼女の傍に立つのは小さな雑貨店を営むメルミオ・エイデンだった。


「……ねえ、マリオン。真実の愛って、案外近くに転がってるものなんだね」


 幸せそうな二人を見てふふっと笑う。


「何言ってるかわかんねえけど、真実の愛どころかおとぎ話にでも書けそうなくらいの経験をしてると思うぜ? しかもハッピーエンド」


「それはそうかも。よし、じゃあ書いてみるかい?」


 ククッ、と二人で笑いながら────。


「じゃあオレは最初の読者になるか!」


「いいねえ。これからの旅についても色々書いてみたいね」


「冒険記みてえな奴もアリだな。伝手がありゃ出版も楽なのに」


「そこはそれ、シャルルさんにでも聞いてみよう」


 たわいない話をして、小さな計画を立てる。元々、シャルルの書いた本のファンでもあって、書いてみたいと思った時期もあるグレアはそこそこに乗り気だ。マリオンも同じで、彼女が書くというのなら興味を惹かれた。


「ん~! しかしまあ、オレたちも本当に色々あったなあ」


「最初に会ったときの事覚えてる?」


「当たり前だろ。あの時使ったコインはどうしたよ」


「ふふっ、実はずっと大切にしてるんだ」


 最初に会ったときからずっと使わずに置いてあるコインは、今は少しくすんでいるが大切な思い出が宿っている。間違って使ってしまわないよう銀荊の腕輪を使ったときに中へ入れて持ち歩いている事をマリオンは知らない。


「お前こそ覚えてんのか~? このこの、オレと会ったときの事忘れてたりしたら承知しねえぞ~!」


 肘で小突かれてくすくす笑い、グレアは仕返しだとばかりに────。


「私が初めて会ったときの事、覚えてないわけないだろ。君の方こそ本当はよく覚えてないんじゃないのかい? コインの事だけじゃないはずだろ」


「そりゃあそうさ。あの髑髏のネックレス、まだ大事に持ってる」


 出会ってから色々な事があった。小さな酒場での諍いに首を突っ込むところから始まって、リゾート地では一人の少女の人生を大きく変えた。そしてついには悪魔の企みを阻止して世界を救い、神に贈り物さえ受けたのだから。


「……あぁ、そういやひとつだけずっと腑に落ちねえ事があるんだよなぁ」


「うん? まだタンジーの事が信用できないとか?」


「いやあ、そうじゃなくてよ。覚えてるか、あの豆屋の事」


「ああ、レディ・ブルーメの事か。彼女がどうしたの?」


「実は今朝、店出す前にあっちこっち声掛けにいったんだけどよ」


 せっかく店を出すのに場所を伝えていなかったので、あちこちへ挨拶に足を運んだマリオンは、その際に『ブルーメ・スプラウト』を訪ねようとしたが、違う店の名前に変わっていて、商売自体は同じだったが店主は違う人物だった。聞けばずっと前から営業しているというので、不思議に思いながら帰るしかなかった。


 あの日の出来事は夢だったのだろうか。それとも場所を間違えたのか。どう考えても、周囲の景色も並んだ店の名前も同じだったので、どうしても納得ができないまま胸の中をモヤモヤさせていた。


「そういえば皆来てくれたけど、ブルーメさんだけ来てないねえ」


「だろ~? でも確かに会ったんだよなあ、オレたち……」


「そりゃあ豆を買ったし。案外彼女も悪魔だったり?」


「笑えねえよ。タンジーみてえなのに関わりたくねえって!」


「アハハ、そうだね。……あ、そうだ。さっきの話に戻るけど」


 考えすぎても仕方ない、とグレアは本を書きたいという話題を振り返って「結構本気なんだよね」と真剣な顔であごに手を添え、「実はタイトルも考えてあるんだ」と乗り気である事を伝える。いっそうマリオンは興味を惹かれた。


「相変わらず、そういうの早いよな。で、どんなの?」


「うん。そうだね、タイトルは────」


 ふと、空を見上げてみる。いつもより明るく澄み渡っていて、これまでとこれから全てを祝福されてるような心地よさを感じた。


「────『気風の魔女たち』なんてどうだろう」

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