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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第三部 レディ・グレアと原初の魔女

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第34話「私と契約しよう」

 ローズが指を鳴らす。指先からふわりと舞った紫煙がシトリンとタンジーに纏わりつく。直後に、ゆっくりシトリンが目を開けた。


「……あれ。ローズ様じゃないですか」


 上体を起こして周囲の状況を確かめる。時間が止まった帝都の祭りの景色を見て、特に何を察せたわけでもないが、隣でタンジーが眠っているのに気付くと全てが上手く片付いた事だけは理解できた。


「よく眠れたか。私に黙って勝手に死ぬ事は許可してないが」


「すみません。でも、全員助かったみたいで何よりです」


「ああ、おかげさまでな。それで、今の気分を聞いても?」


「とても甘いものが食べたい気分です」


 立ち上がってスカートの砂を払いながら、彼女は穏やかに微笑む。


「グレアに礼を言っておけ、お前が生き返ったのはそいつのおかげだ」


「あら、そうなんですか? それはありがとうございます」


 シトリンがグレアに深々と頭を下げた。


「いっ、いやいや! 私たちこそ助けてもらいましたから!」


「そうだぜ。オレたち、危うく本当に死ぬところだったしなあ」


 思い返してもゾッとする、と自分の体を抱きしめてぶるっとした。


「ま、シトリンの事はいい。問題はそっちで頭を抱えてる奴だ」


 枯渇しかかった魔力と寿命で、半ば意識が朦朧としているタンジーが、ぎろりと彼女たちを睨む。だが、今更無理をして何かをしようと思うほどの体力はない。「なぜ私が此処に?」と尋ねるのが精いっぱいだった。


 シャルルがぷくっと頬を膨らませて彼を指差す。


「君が悪い事たくさんしたから、みんなすごく迷惑したんだよ! でもグレアが生き返らせたんだ、ノルンっていう神様のご褒美をふいにしてまでね!」


「まあまあ、シャルルさん。そんなに怒らないで」


 止めに入ったグレアが苦笑いを浮かべた。


「ここは少し私に任せてもらえませんか?」


「……うん。でも何かあったら絶対止めに入るからね!」


「それはもちろんです、ありがとうございます」


 話す事などないとでも言いたげにタンジーは視線を逸らす。


 彼の傍にわざわざ寄って屈み、グレアは言った。


「今も不老不死になりたいなんて思ってる?」


「……なぜ私まで生き返らせた」


「うーん。質問に答えるのが先だと思うんだけどなぁ」


 憎いではなく憎たらしい。そんなふうに感じつつもグレアは仕方なさそうに、まずは自分が生き返らせた理由から話す事にした。


「なんとなく、さ。私は君の事が嫌いになれない。やった事は悪いよ。でも誰だって叶えたい夢があったり、どうしようもなく不安になる事もある。私も自分の事ばっかりで、大切なものが見えてなくて、好き勝手に我侭な態度を取って、そのくせ上手く行かなかったら傍にいて欲しいなんて狡い事を願ったんだ」


 手首にある銀荊の腕輪をそっと優しく撫でながら。


「おかげでたくさんの人に私も迷惑を掛けてしまった。君とそう変わらない。……寂しいって気持ちも、消えたくないっていう不安も。だから私からひとつ提案させてもらえないかな? きっとマリオンも良いって言ってくれると思う」


 まだ気に入らなさそうな表情のタンジーだったが、悪魔としては提案という言葉に些か弱い部分がある。「聞くだけ聞いてやる」と上からの態度は崩さなかったし変わらず視線も合わせないが、興味は湧いていた。


 握手を求めるように手を差し出して、グレアはニコッと笑いかける。


「私と契約してみるつもりはないかい、タンジー・ウィルゼマン?」


「……は。どこかに頭でもぶつけておかしくなったのか」


 タンジーが初めて彼女を見た。笑ってはいるが眼差しは真剣そのもので思わずビクッとたじろぐほど驚く。


「本気なのか、グレア嬢。私と契約する事にメリットがあるとでも」


「ないよ、別に。だけどそうしたくなったんだ」


 全員が幸せになる方法はないのか。誰もが何かを抱えている中で、グレアはずっと頭を悩ませていた。そして傲慢にも思った。タンジー・ウィルゼマンでさえ救ってやれる事が出来るのなら、と。


「理解が出来ん。他の連中はどうだ、私に散々な目に遭わされて、それで構わないと言う奴が一人でもいると思うのか?」


 彼が呆れたように肩を竦めて、そんな話は突飛で非現実的で賛同などひとつも得られるような話でないと否定する。


 だが、予想は大きく斜めに逸れていく。


「オレは別にどっちでも構わねえけど?」


「ボクもグレアがいいなら気にしないよ」


 マリオンとシャルルは、それほど気に留めていない。ローズも「いいんじゃないか。お前にとっては悪くない提案に聞こえるが」と、むしろ契約を促す方向へ舵を切っている。シトリンも同様に小さく手を挙げて────。


「せっかくの提案ですよ、契約内容聞いてから決めてもいいんじゃないですか。どうせ悪魔なんですから、図々しく考えても。格好つけて『私、そんな簡単に靡かないですよ』みたいな空気でいるよりは見栄えが良いかと」


 容赦ない言葉にタンジーは鬱陶しそうな顔をする。


「……チッ。腹は立つが言う通りだ、内容は?」


「私とマリオンに逆らわない事。あと呼んだらすぐ来る事」


「……お前、悪魔との契約の意味が解って────」


「分かってるよ? それ以外は自由にしてくれて構わない」


 グレアが願うのは単純な事だ。契約を通じて間接的な不老不死を得る以上、人間社会のルールに則って生きていく事。何か困った事があれば、彼女たちの助けになる事。これ以外に望みは何もなかった。


 あまりに甘いと言わざるを得ない。危うく世界すら滅ぼしかねない勢いで周囲を巻き込んでいった男に対する契約としては。本人でさえ「そんなに軽い願いで構わないのか。内容の変更は出来んぞ」と忠告するほどだ。


 裏切られる事など考えてないのだろうな、とタンジーは少し呆れた。だが、だからこそ彼の信頼を手に入れたとも言える。そっと契約書と羽根ペンを手に、グレアへ差し出しながら────。


「名前を書け、それで成立する。……本当に構わんのならな」


「ハハ、もちろん。だってお祭り、楽しかったでしょ?」


 そう言われて、彼は耳を紅くして顔を背けながら。


「……まあ、悪くはなかった」

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