第33話「願いは叶えたから」
彼女の願いにノルンの愉快そうな笑みが消え失せた。
「……。まあ、理解はしてあげよう。シトリン・デッドマンは君たちの仲間だった。だから生き返らせたい。それが人間らしい想いという奴なんだろう。でもタンジー・ウィルゼマンは容認できない。彼を生き返らせる意味が分からない」
ただでさえ箱庭をめちゃくちゃにしようとした悪魔だ。生き返らせて、また悪事を働かない保証などない。そもそも悪魔自体が異物なのに、生き返らせるのは頭の悪い存在がする愚かな行いだと彼は断じた。
それでもグレアは譲らずに「でも、壊す以外だったら何でも叶えてくれるんでしょ」と食らいついて、さらに言葉を続けた。
「神様のくせにケチな事言わないでほしいな。私たちもそれなりに頑張ったし……何より、タンジー・ウィルゼマンが悪事を働かない方法はある。今の私たちには彼が本当に欲しがっていたものが何かを理解できてるから」
「……ふうむ。でも何か起きたとき、また責任を取れるのかい?」
今回の事でさえ手こずって、そのうえでシトリン・デッドマンほどの大悪魔を失うに至った。楽だったなどと冗談でも言えない。だが、それでもグレアは強気にへらへら笑いながら────。
「分かんないけど、多分上手くやってみせるよ」
本心からそう思っていた。タンジーがまた悪事を働く事などないという確信。ノルンを説得するには十分すぎる表情だった。
「なるほど、君の答えは嫌いじゃないし興味もある。最悪の場合、箱庭はまた作ればいい。……良いだろう、叶えてあげよう。だけど、その前にローズ・フロールマン。それからシャルロット・ウェルディブルグ。君たちの願いは?」
まずは全員の願いを確かめたいノルンは、ローズが「では少しばかりの魔力を」と答えるときょとんとした顔で首を傾げた。
「なんで? 君の魔力は放っておいても元に戻るだろう?」
「時間を巻き戻す必要がある。帝都の被害もそれなりに出てしまった」
バルモア大聖堂はもはや廃墟になっていたし、大勢のけが人も出た。タンジー・ウィルゼマンの暴走を無かった事にするためには大量の魔力が必要だ。すっかり摩耗した後の負担も考えて少しでも楽になれるならと考えた。
すると彼はぽんと手を叩く。
「ああ、それなら僕がやってあげよう。君程度の魔力では全快にしたところで負担の差なんてあってないようなものだ。一年も眠るのは退屈だろうし、君たちがこれからどう過ごすかも眺めていたいから」
いつやったのかも分からない。時間は止まったまま、しかし帝都の様子はタンジーが襲撃するよりも前。まだ祭りの真っただ中。雨など降りそうもない空模様まで戻っていた。楽しそうな人々の姿に全員がぎょっとした。
「さて、次はシャルロット・ヴェルディブルグ。君は何かないかな?」
「うーん……。僕はどうかなあ、ローズと一緒にいられたら別に」
「こっちもか。番になる人間というのは片方に欲がないのか?」
少しだけつまらなそうに笑いながら、せっかくならとシャルルの額を指でちょんと突く。神々しい輝きが一瞬、彼女の周りをぐるりと舞った。
「それはお守りのようなものだ。君にときどき小さな幸福をもたらしてくれる。つまずいて転んでも怪我をしない程度のモノではあるけどね」
「アハハ、ありがとう。十分嬉しいよ」
他人のために自分を蔑ろにする事も多いシャルルの怪我の頻度にはローズもよく困っていたので、願ったり叶ったりな神の加護だ。いくら不老不死で怪我もそれなりにすぐ治るといっても、見ていて気分の良くなるものでもなかった。
「さてさて、それじゃあそろそろ本題だ。……グレア・レンヒルト。そしてマリオン・ウィンター。君たちの願いは本当にそれでいいのかな? 絶対に後悔せず、僕を失望させない事を誓えるんだろうね?」
二人は力強くゆっくり頷く。ノルンはとても満足そうに────。
「よろしい。では二人を復元してあげよう」
足下に黒い渦が広がり、無数の腕が二人を呑み込まれたときと同じ、そのままの姿でゆっくり戻す。眠ってはいるが、すぐに目を覚ますだろうと彼は言って、ソフィアの肩をぽんと軽く叩く。
「では帰ろうか。君も、今回は頼みを聞いたけど次はないからね」
「……素直じゃないわね。本当は気に入ってたくせに」
「やめてよ、ちょっと格好つけて帰らせてくれたって良いだろ!」
子供のようにぷっくり頬を膨らませて怒るのをソフィアがくすくす笑う。二人は目の前に現れた光輝く扉を前に立ち、彼女たちへ振り返って────。
「ではご苦労様。僕が君たちと会うのは、きっとこれが最初で最後だ。いつまでも楽しい時間を期待させてもらうよ。君たちの物語をね」
「元気でね。久しぶりに会えて嬉しかったわ」
時間は止まったまま。だが、ローズであればいつでも解けるようにされている。ノルンの魔力によって維持されているため彼女には負担がない。眠っているシトリンとタンジーに目をやって、ふう、と息を吐く。
「礼を言わないとな。お前たちのおかげでシトリンが帰ってきてくれた。……だがタンジーはどうするつもりで生き返らせたんだ?」
「そうですね。驚くかもしれませんけど────」
耳打ちされるとローズはニヤッと笑う。
「……なるほど、面白そうだ。では、ちょっと起きてもらうとするか」
 




