第13話「情報提供」
憲兵隊の屯所へ向かう前にマリオンはグレアの手を握って「そういうことなら」と、あえて雑踏の中へ飛び込んだ。
「え、ちょっと。屯所への道だとこっちは遠回りになるよ」
「だから良いんじゃねえか。ちょっと見て回ろうぜ」
言っている意味が分からず、グレアは何も知らせてもらえないまま連れ回される。やがて遠回りの末に屯所の近くまでやってきて、マリオンは周囲をきょろきょろと見渡しながらホッとひと息ついた。
「いやあ、疲れたけどうまく撒けたみたいだな」
「……うん? つまりどういう話?」
「尾行だよ。あの馬鹿伯爵のやりそうなことさ」
マリオンはもともと、その手合いには敏感に気付く。ひとりで各地を旅するようになってから、野盗や海賊との関わりが彼女に鋭敏とも呼ぶべき警戒心を持たせた。聡明ではあっても経験のないグレアでは分からないはずだと彼女はあえて何も言わずに、相手の目を掻い潜るため、市場の雑踏に流れて──観光のふりをするためにいくらかの買い物もしながら──逃げたのだった。
「これで安心して憲兵に会えるってもんだろ」
「頼もしくて助かるよ。見られてたら全部台無しだった」
「へっ、当然さ。じゃあ行こうぜ」
ほんの少しだけ自慢げに鼻を高くしてマリオンは先を歩く。
屯所はとても小さく、平和なウェイリッジの町ではこれといって目立った仕事もない。屯所内では数名の憲兵が大あくびをして退屈そうにパンを齧って外の景色を眺めていた。あまりに何も起きないから猫を探す仕事さえ新鮮だろう。
「すみません、少し話をさせてもらっても?」
グレアに呼ばれて彼らは少しだけ目を輝かせる。
「はい、なんでしょう。何かトラブルでもありましたか」
手に持つ便せんに目が行き、彼女の顔と交互に見た。
「ええ、実は調査依頼がありまして。ヴィンボルド伯爵の違法運営していると噂の農場の件……興味ありませんか?」
暇そうにしていた彼らが興味津々に耳を傾ける。なにしろヴィンボルド伯爵と聞けば、以前に密告があったにも関わらず証拠を押さえられなかった。黒い噂の絶えない男に逃げられた事実は苦く忌々しい記憶だ。
「……失礼ですが、お名前は?」
憲兵に尋ねられたグレアは胸に手を当てて小さくお辞儀する。
「グレア・レンヒルト。レンヒルト公爵の娘です」
「ああ、帝国の。覚えがありますよ、ヴィンボルド伯爵もよく『仲が良いのだ』と自慢をされていらっしゃいますから」
手紙を受け取った憲兵が眉間にしわを寄せて内容を確かめる。「手紙自体はヴィンボルド伯爵の邸宅で書かせて頂いたものです。署名も頂いてきました」と伝えると、意外そうな顔をした。純朴そうな貴族の娘が狡猾な男から情報を引き出してきたのだと言うから、いささか信用しにくい雰囲気もあったが、これは好機だと彼らは考えた。
「わかりました、こちらで調べてみることにします」
「あ、それからもうひとつ。私たちにも協力をさせてください」
「え。協力ですか? あまり危険なことはさせられませんよ」
断ろうとする憲兵たちにグレアが食い下がる。
「私たちは尾行も撒いてここにいます」
堂々とした態度をみせて彼女はカウンターに頬杖をついて続けた。
「彼らは私たちにも警戒を怠っていませんし、今にもこの周辺を探しているかもしれない。彼らが不安に駆られて行動を起こせば証拠を集めるのも難しくなるでしょう。こちらも再度の接触が必要なので『時間稼ぎ』は出来るという話です。特に見返りも必要ありません。私たちも彼が捕まってくれるのが目的ですから」
いやに自信のある言葉に憲兵たちは動揺しつつも「ではそのくらいでしたら」と彼女たちが関わるのを認めた。
「それじゃあ、こちらへ来ていただけますか? 尾行もあったと仰っていましたし、ここから出るのを見られるのはまずいでしょう。サイズの合うものがあるかは分かりませんが、帽子と隊服に女性用の予備があったはずです」
目立たないほうが良いと提案を受けて案内され、ふたりは服を着替える。ちょうど巡回に出る時間なので町で暮らす人間ならなお怪しまれない、とのことだった。「紙袋があるので、着替えはこれにどうぞ」と受け取った。
外は少しずつ陽も落ち始めている。相変わらず行き交う人々の絶えない町で、ふたりは誰の目にもただの憲兵にしか思われていない。
「上手くいったな、グレア。これからどうする?」
隊服のまま宿へ戻って着替えるわけにもいかない。紙袋をじっと見つめたグレアは、「この近くにブティックはある?」と尋ねる。
「話を聞くのに立ち寄るふりをして中で着替えさせてもらうのもありだと思う。今頃、私たちを見失って慌ててるだろうし、郵便屋とか宿の周辺は見張られているはずだ。何食わぬ顔で帰って、明日また挨拶にでも伺うとしよう」




