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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第三部 レディ・グレアと原初の魔女

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第25話「後ろ指を指されても」




────バルモア大聖堂前。



 悩みの答えが見つからないまま、どす黒い気配の渦巻く大聖堂までやってきた。馬が濡れないよう、シトリンがローブを空に放り投げるとそれは瞬く間に大きなテントになって彼らを守る。


「行きましょう。……大丈夫ですか?」


「はい。ちょっと緊張はしてますけどね」


「大丈夫です、私も一緒にいますから」


 シトリンが前を歩く。このまま何事もなくタンジー・ウィルゼマンからマリオンを取り戻して、それで終わって良いのだろうか。終わらない疑問が胸の中を渦巻く奇妙な気分を味わいながら建物へ入った。


 拝廊から見える祭壇の前にタンジーは立っている。シトリンがぎろりと睨んだ。


「ローズ様はどこに?」


 彼は振り返って、くすっと笑う。


「これが見えないのか。随分と小賢しい事を考えたものだな」


 彼の足下には気を失ったローズが倒れていた。彼女の頭を靴のつま先でコツンと軽く押すように蹴った瞬間、シトリンから背筋も凍るような殺気が放たれる。無言で冷静そうに見るが、今にも首に噛みつこうとする狼もさながらの強烈な殺意があった。


「深淵に私を落とすつもりだったようだな。町の各所にはお前の結界が張ってあったせいで容易に突破できなかったから、何か企んでいるんだろうと乗ってやったが、魔女と言えども所詮は人間の子だ。無理が祟ったな?」


 悪魔と魔女では魔法を使うときの負担が違う。タンジーが想定よりも早く企みを見抜いた事によってローズが敷いた魔法陣は、発動間もなく妨害を受けて彼女の魔力を大きく削り、肉体的な負担も強いた。ただ一度きりの策は失敗に終わったのだ。


「シャルルさんはどうしたんだい、ウィルゼマン」


「なに、そっちで寝てもらってる。殺してはいないとも」


 彼が視線を送った先で、壁にもたれかかったシャルルが頭から血を流している。項垂れるように気を失っていて、強く叩きつけられたのだと分かる酷い有様にシトリンの足が僅かに一歩進んだ。


「人間というのは頑丈だ、ちょっとの事では簡単に気絶さえしてくれない。そのうえ不老不死となれば加減はできなかった。分かってくれ、流石に私もここまでするつもりはなかったんだよ。残念だが、そうするしかなかった」


 大きく手を広げて、ニヤリと笑みを浮かべる。


 初めてシトリンが表情を怒りに染めた。


「下品極まりない答えをどうも、タンジー・ウィルゼマン。今まで多くの者と対峙してきましたが、ここまで憎悪を感じたのはあなたが初めてです。その耳障りでお喋りな口を縫い付けてあげましょうか」


 彼女の怒りを感じ取ってグレアが前に出て制止する。


「落ち着いて下さい。二人が無事なのは確かなんですから」


「……それもそうですね。すみません、取り乱してしまって」


 胸を撫でおろし、ゆっくり深呼吸する。柄にもなく怒髪天を衝くほどだったが、グレアがいてくれたおかげで助かったと彼女は安心する。もし下手な事をすれば、それこそタンジーにローズを消されかねない状況なのだ。


「残念だよ、シトリン。ずっと昔のお前は、もっと冷酷な悪魔だったのに。いつから人間なんぞを愛して、こうも軟弱な思想に塗り替わってしまったんだ。こんな人間などさっさと取り込んでしまえば良かったものを、私の敬愛したシトリン・デッドマンはどこへ行った? 他の悪魔が名を聞いただけで怯えたお前は?」


 シトリンは答えない。そんな時期も確かにあった。否定しきれず、自分のために奪って来た命も数えきれない。それを今更人間を守るなど言っても理解はされないし、受け入れてもらえない。返す言葉が出て来なかった。


「私はそうじゃないと思うよ、ウィルゼマン。人間に限った話じゃない、生きていれば誰もが間違う。神でさえ過ちを犯すときがあるんだ。冷酷である必要なんかない。誰かに怯えられる必要も。悪魔だからって、それらしく振舞う事は絶対じゃないさ。だから彼女はこのままで良い。このままが良い」


 ハッとグレアが鼻で笑う。大きく肩を竦めながら、わざとらしく。


「ま、誰も愛した事のなさそうな君には分からないだろうけどね」


「……聞いていればたかが三十年も知らない人間風情が」


 挑発に腹を立てたタンジーが近くの椅子を手で掴み、軽々と放り投げた。悪魔は人間と根本的な部分で異なった存在だ。ただ願いを叶えられるだけの魔法を使えるだけでなく、肉体的にも超越していて、まともにやり合える者はまずいない。


 だがグレアは怯えない。飛んでくる椅子に瞬きひとつせず、割って入ったシトリンが椅子を蹴り砕いた瞬間、破片が頬を掠っても堂々とした。


「私はこれからも間違える事がある。上手く行かない事だってあるだろうし、上手く言葉が出て来ないなんて、きっと無限に起こりうる未来だ。その度に一歩ずつ間違いを正していく。時間はいくらでもあるんだ。それはシトリンさんも変わらない。誰もが間違いながら、本当に正しいと思える道を選んで歩く。たとえ都合が良いと後ろ指を指されても、変わろうとしないよりずっと良いから」


 ぎゅっと拳を握り締める。たったひと言が出て来ないばかりにわがままを言って傷つけて、こんなところまで来てしまった。大切な人たちに怪我までさせて、嫌な言葉を浴びせられて。


 申し訳ない。情けない。だがそれ以上に────悲しかった。


「君だってそうじゃないのか、ウィルゼマン。君の本当の目的(・・・・・)は何だ?」

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