第12話「ヴィンボルド伯爵の計画」
グレアの言葉にマクシミリアンは饒舌になり始めた。真っ先に彼が提案したのは宿兼酒場である『鍋の底』を中心に観光事業として目玉となる料理の味などを再現し、店舗として複数展開させることだ。肝心のレシピもノートに纏めてある代々受け継がれてきたものらしく、彼がティナ・ボワローに迫ったのもそれを手に入れるため。
マリオンは腹立たしさを堪えて、グレアに委ねる。
「──と、まあ、ウェイリッジにはいくつか私も土地を持っておりまして。事業の展開が進めば確実な利益は望めます。なにしろあの酒場のレシピは反響も大きく人気です。貴族から庶民まで嗜む万人受けの味ですが、身分が違うとお互いに二の足を踏むこともあるでしょう? ですのでそれぞれの層に向けた外観の店舗を構えることで集客するのです。他の店では味わえない最高の時間を提供する……それもレシピ自体は低予算で済みます。ティナ・ボワローさえ引き込めれば問題ないでしょう」
なんとも居心地悪く感じているのはマリオンだけなのか、彼女が横目に見たグレアは心底楽しそうだ。しかも商談の内容にではなく、ぺらぺらとあれこれをすべて喋ってくれる口の軽い男に対して。
「素晴らしい案です、伯爵。これはきっとお父様も目を輝かせてお喜びになることでしょう。契約書の類が用意されているのであれば、私自身が署名をしたいくらいです。すぐに手紙を送らねばなりません」
がたっ、とマクシミリアンが机に手をついて表情を明るくする。
「おお、ありがたい! さすがグレア嬢は話が分かる!」
「もちろんです。……あ、そこでひとつお願いしたいのですが」
「なんでしょう? 出来ることでしたらなんなりと」
「まずはペンと紙を頂けますか。この場で書いておきたくて」
それはグレアがわざと見せる隙だった。目の前で書き、内容が分かるようにして信用をもうひとつ得ようと言うのだ。それから最後に「では伯爵の署名も頂けませんか」と彼女は借りていたペンを差し出す。
「……私のですか? 構いませんが」
理由が分からずに首を傾げる。
「これが伯爵のお考えである証明とするのです。お父様は厳格なお方ですから、私だけでは契約内容に不備があるやもと警戒するはずです。そうなれば事業は遅れがでますし、こういった案件に目を光らせている者は他にもいるはず。出来るかぎりはやく出資して頂くには必要な手順だとは思いませんか?」
手紙の内容がすべて正しいとする彼自身の署名があれば、わざわざレンヒルト公爵が出資を渋る理由もない。実際に行ってくれるかは別としても、反応はすぐに返ってくることだろう。マクシミリアンもそれに納得して手を叩く。
「たしかに返事は早いほうがいい。グレア嬢はレンヒルト公爵に似て、とても聡明なのですね。結果がどちらにせよ、私にデメリットはないですし……」
「光栄です、伯爵。では私たちは観光を続けるついでに、この手紙を出しておきましょう。それで構いませんか?」
彼はこくこくと何度も頷く。
「お願いします。……あ、しかしこれはスノー家の方には?」
そこでマリオンが初めて口を開く。
「わたくしは事業についての知識が疎く、さきほどから静かに聞かせて頂いておりましたが、まったく理解ができないのです。ですがもし協力が必要だとおっしゃるのでしたら相談してみましょう。どうでしょうか、伯爵様」
帝国のスノー家とはそれほど深い関わりはない。繋がりを得るには丁度良い機会だったが、彼は「いえ、今回はウェイリッジという小さな町だけですので」と断った。集客は見込めるし利益も想定通り──あるいはそれ以上に──大きくなっていくだろう。だが流れを掴むまでは多方面へ協力を仰ぐのは愚策でしかない、と。
「では、またお会いしましょう。貴重な時間をありがとうございました、伯爵。この件はかならずお父様にお伝えさせていただきます」
「ありがとうございます、良い返事を期待しております」
軽い挨拶をして邸宅から離れ、しばらく歩いてからようやくマリオンがぽつりと「解放された」そう言ってげんなりする。耳障りでもあり目障りでもあり、心底軽蔑する男の饒舌ぶりにはうんざりさせられた。
「それで? その手紙とやらはどうすんだ、まさかそのまま送るわけじゃないんだろ。あのレンヒルト公爵が呑むような話とも思えねえし」
「うん、間違いなく嫌がるだろうね。お父様も利益は追及するほうだけど、わざわざ危ない橋を渡ってまで得る気はないはずだから」
グレアはにやりとして手紙を見つめた。
「これはウェイリッジの憲兵さんにお届けさせてもらおう。彼が毛皮事業から撤退の準備を進めていると言っても、完全に引き上げたわけじゃない。頭の出来が悪い伯爵様には早めのご退場を願わないとね」




