第17話「悪魔は嗤う」
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ついにお祭りの日はやってきた。皇帝の開会の挨拶と共に開催され、普段は労働者ばかりの行き交う帝都も、この日ばかりは他国からの観光客などが大勢詰め掛けた。いつもは見られない出店の数々と人混みに圧倒されながら、グレアとマリオンははぐれないように手を繋ぐ。
「いやあ、どこも盛況だねえ。美味しそうな料理に美しい工芸品。いつだって寒い帝都に春の陽気が流れ込んできたみたいで気分が良い」
「だよなァ。おっ、ありゃりんご飴作ってたオッサンじゃねえか?」
指を差した先では小太りの男が明るい笑顔でりんご飴を売るのに、道行く人々に声を掛けている。彼はグレアたちに気付くと、見知った顔を見つけた事で、いっそう明るくなって大きく手を振った。
「どうもどうも! 本当に来てくれるなんて嬉しいですよ、レディ」
「ふふ、楽しみにしてたんで。一本ずつ下さいますか」
「もちろんです。さあさ、どうぞ。先日のお礼に持って行って!」
「おいおい、代金は貰っとけよ、損しちまうぞ」
マリオンが口を挟むが、彼は首を横に振った。
「お二人が来てくれたおかげで自信がついたんです。最初はこれで皆に喜んでもらえるか不安だったんですよ。そのお礼です、ぜひ」
受け取るのも礼儀だと二人は厚意を受ける。甘くて、少し硬いが、かみ砕けばりんごの酸っぱさが程よく広がってマリオンはとても気に入っていた。
「ありがとよ、オッサン。帰りにまた寄るぜ」
「お待ちしております! お祭り楽しんでくださいね!」
店を離れて、また雑踏の中を二人で歩く。誰にあげるわけでもないので工芸品は見逃して、美味しそうな料理を食べて楽しんだ。広場は休憩所になっているが、既に大勢が歩き疲れて休んでいる光景が目に飛び込んで来た。
「いやあ、かなり食べたね。売り切れてる店もあったし」
「これだけ人がいりゃあ当然だろうな」
そろそろ陽が落ちて来る時間に、二人を見つけて寄って来る誰かがいる。
「おやおや、お二人もさっそくお祭りを楽しんでいらっしゃるようですね」
美男子と言えば聞こえはいいが、その実態はろくでもない。すらりと背の高い浅黒の肌を持った悪魔が優しそうな笑みを浮かべていた。
「これはウィルゼマンさん。そちらこそとても楽しんでいるようで……」
片腕に抱えた紙袋には、あちこちの出店で買ったらしいパンやお菓子。手には串焼きが何本も握り締められていて、彼は少しギクリとする。
「ふっ……フフ、長く生きていると楽しめるものが多くて」
「んだよ、自分の事は隠す気ナシって感じだな」
「いまさら隠して意味があるのなら、そのように振舞いますよ」
クスクス笑って串焼きを齧り、優雅に咀嚼し、こくっと飲み込む。
「シトリン・デッドマンが味方では悪魔である事を隠していても、割れた硝子に布を被せる程度の誤魔化し方しかできませんから。そちらも引く気はない、だがこちらにも予定というものがありまして」
つまんだ串を地面に落とす。その先端が石畳をコツンと叩いた瞬間、すべての時が止まった。道行く人々も、空を飛ぶ鳥も。先ほどまで吹いた風すら止んで、動けるのはグレアたちとタンジーだけだ。
「ゆっくりお話がしてみたいと思っていたところです。時間を止めるのは少々骨が折れるので、手短にはなってしまいますがね」
「なんだい、もしかして私たちに謝罪でもしてくれるのかな?」
彼はニコニコしたまま首を横に振った。
「謝罪などしませんよ、悪魔の名折れになってしまいます。ええ、しかし……本当に不老不死なのですね。とても意外だ、魔力も持ってない。あるとしたら、その隠して提げている首飾り。魔女の気配を強く感じます」
じろじろと嘗めるように見てから────。
「こうしてわざわざ近付く事がまるで理解できないでしょうが、そのうち教えて差し上げます。こちらとしても邪魔をされてばかりでは、獲物を仕留めるのに苦労しますから……。魔女などという紛い物に、本職の恐ろしさも教えてあげませんとね。それから、ひとつだけ伝言をお願いします」
ぴんと指を立てて、彼はニヤッとする。時間が緩やかに動き出した。
「シトリン・デッドマンに。────いつまでも自分が王であるなどと勘違いなさらないよう、忠告しておいてください。それではまた近いうちにお会いいたしましょう、グレア・レンヒルト。……マリオン・ウィンター」
 




