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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第一部 レディ・グレアと始まりの旅
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第11話「儲け話」

 用意された茶菓子に手をつけ、メイドが部屋を出て行ってからマクシミリアンがやってくるのを待つあいだに、マリオンが気になったことを尋ねる。


「なあ、グレア。伯爵とは何を話すんだよ?」


「ちょっと懐いたふりでもしてやろうと思ってね」


 紅茶をひと口飲み、ぺろりと唇の渇きを潤す。


「農場を子爵家から掠め取った話は覚えてるだろう? 彼は商会を通じて毛皮製品の売買を行っていて、それが農場を欲しがった大きな理由だ。下火になりつつあるけど流行だから当然と言えば当然だね。一部では毛皮を得るために養殖までしていたそうだ」


 グレアの視線が部屋に置いてある鹿のはく製へ向く。


「昔は野生を使っていたけど、そのために乱獲する人たちが増えてさ。特にキツネは人気だったから、そのせいでウサギの数があっという間に増えて一時期大変だったらしいよ。このあたりは狼もあまり生息してないし。それで養殖農場が増えた結果、劣悪な飼育環境が露呈して、今じゃほとんどの国で規制が掛かってるほどなんだって」


 クッキーをかじるマリオンが怪訝な顔をする。


「それがティナと付き合う上で関係あんのか?」


「もちろん。びっくりするくらい関係がある」


 胸を張ってそう言えたのは、少し前に〝ヴィンボルド伯爵の経営する農場に査察があった〟という紙面を見たことがあるからだ。彼の農場での飼育環境について密告があったが、結局は〝シロ〟だったとされている。


 しかし、グレアはそう思っていなかった。


「おそらくヴィンボルド伯爵は近いうちに毛皮事業から撤退するはずだ。養殖農場があっての莫大な利益も、命を軽視した実態が明るみになれば爵位はく奪に資産の没収は見えている。だから手を引いて、新しく参入できそうな隙間を探す。それに最も適しているといえば──観光。ウェイリッジは発展の少ない田舎町だが、グルメ旅行や王都に近いのもあって中継地としてやってくる人々も多い」


 マリオンが手に掴んでいたクッキーをぽろっと落とす。


「……つまり、あいつがひとめぼれしたってのはティナじゃなくて、あの宿そのもの……あるいは土地ってことか?」


 瞳に見える苛立ちにグレアは頷く。


「あの宿、泊ったことはなかったけど私でも知ってるくらい有名だ。巷では〝魔女も愛した酒場〟と言われているし、実際に食事をしてみて味の良さには私も舌鼓を打ったよ。評判が良いのも分かる。彼が目を付けたのもそこだろう」


 呆れたようにグレアが肩を竦める。


「残念なのが、彼の性格は泥の如く淀んでいるのに顔は良いし口も上手い。普通の人間ならあっさり騙されても不思議じゃない。周囲もそうさ、伯爵位を持つ男と平民女性の身分差ある恋愛……まさしくおとぎ話のようだ、とね」


 聞けば聞くほど呪いのようにマリオンの苛立ちは増していく。内心で『たばこが吸いたい』と嘆きながら。


「まあ見ていてよ。君には色々と世話になっているし、彼がどういう人間かを暴いてあげよう」


 話し終えた頃に扉がノックされ、ゆっくり開けて「お待たせしてすみません」とマクシミリアンが入ってくる。マリオンは自分のカップを持って席をグレアの隣に移った。できるだけ平常心に無表情を貫いて。


「お気になさらず。伯爵はお忙しいのですね」


「ええ、最近は特に。レンヒルト公爵はお元気で?」


「とても。話すのが億劫になるくらいです」


「それは良かった。こちらへは観光に来たんですか?」


「羽を伸ばしたくて。今は『鍋の底』に宿泊しているんです」


 紅茶を飲み、すこしの間。グレアはそっと視線を向けて。


「以前、毛皮の件でずいぶんとニュースになられてましたね。あれからいかがです、取引は上手くいってらっしゃいますか?」


「いいえ。もう撤退の準備を進めているところでして」


 がっかりした、とマクシミリアンが肩を落とす。


「誰かは分かりませんが、まさしく妨害と言っていいでしょう。それに流行も少しずつ勢いを落としていますから、潮時なのかもしれません」


「それは残念です。まだ毛皮も余っているのでは?」


 彼はやれやれと額に手を当てながら。


「本当に。しかし廃棄すべきでしょう」


 自分が受けた仕打ちを考えれば当然だという彼に、グレアはやや大げさに「それは勿体ない」と驚いてみせた。


「流行が下火になりつつあるとはいえ、まだまだ購入層は多いでしょう。せめて残っている分だけでも毛皮製品を生産されてはいかがですか? あるいは専属で契約をして購入して頂ける方を探すとか」


 少し興味を示すマクシミリアンの瞳を見て、グレアは続けた。


「養殖農場での飼育環境が多少は悪化するかもしれませんが、現存する毛皮の分を損する理由はないはずです。既に利益の一部は運営に回しているのでしょう? せめて回収くらいはしてもいいかと。それとも他に利益を得られる手が?」


 マクシミリアンはちらとマリオンを見る。彼女がいて大丈夫なのかと一瞬だけ不安が過ったが、グレアがニコニコしているので、なにも問題はないはずだと「あまり公にしたくないので、ここだけの話ですが」そう切り出す。


「実はもうすぐ結婚するんです。相手はあの宿『鍋の底』を経営しているティナ・ボワローという女性なんですがね、これが良い儲け話でして。色々と計画はあるのですが、どうです、レンヒルト公爵にも出資などして頂ければ」


 マリオンがムッとするのを横目に見たグレアが、わざと小さな音を立ててカップを置く。彼女はすぐさま取り繕って、クッキーをかじった。


「気になる話ですね、お父様も興味を持たれるかもしれません。もし互いに利益が生まれるようでしたら、かならず検討するよう手紙を出してみましょう」


 ここからが本番だ。彼女はニヤリとする。


「──それでは聞かせて頂けますか、伯爵?」

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