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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第三部 レディ・グレアと原初の魔女

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第6話「ティータイム」

 まだ自己紹介もしてないのに、と目を丸くする。だがシトリンはさも当然のように溺れたパンケーキを口に放り込んで甘ったるい匂いを放ちながら。


「ああ、まあ、私、ローズ様のお友達(・・・)ですので。ちょっと用事があってこちらへ来ていたんですが、せっかくなのでご挨拶でもと思いまして」


「ローズさんの? それって本当に?」


 疑いのまなざしを向けられても、シトリンは表情ひとつ変えず。


「確かめたいのでしたら手紙でも送ってみてはいかがでしょう。帝都からだと、届くまでに少し時間は掛かるかもしれませんが」


 数分も経たぬうちにシトリンはパンケーキを食べ終えていた。ケーキというよりは、シロップを吸い過ぎてどろどろした何かになっていて、食べるというより飲むに近かったが、彼女はとても満足そうな顔だった。


「さて、私はこれで失礼致します。もとより挨拶だけのつもりでしたから、自分の仕事に戻ることにします。ではまた、近いうちにお会いいたしましょう」


「あっ、うん。また……近いうちに?」


 瞬きをひとつしたときには、シトリンの姿はなかった。まるで風にさらわれていったかのように、彼女はどこかへ去ってしまった。


 入れ違いでマリオンが戻ってくる。両手には紙コップを少し熱そうに持っていて、鼻腔をくすぐる紅茶の良い香りが周囲に漂う。


「おう、買って来たぜ。遅くなって悪かったな」


「気にしなくていいよ。別に退屈はしてなかったから」


「それならいいんだけどよ。さ、ケーキでも食うか」


 箱を開けて、いちごのショートケーキとモンブランケーキを手前に寄せる。グレアはじっと見つめながら「甘いもの好き?」と尋ねた。


「……んー。かなり好きなほうだと思うぜ、オレは」


「パンケーキが溺れるほどシロップかける?」


「そりゃデザートへの冒涜だろ」


「うーん。そういうものなのか……」


 やはりさっきの自分が感じたことは何も間違っていないのだろう、とシトリンが食べていたパンケーキだった何かを思い出す。


「そんな食い方してる奴見たことねえよ」


「さっきいたんだよ、そういう食べ方してる人」


 グレアが出会ったシトリンについて話すと、マリオンは引きつった顔で「まじでそれ食ったの?」と意外そうにした。彼女もいくら甘党とはいえ、そこまで甘いものとなれば、流石に受け付けられない。仲良くなれないかもしれない、と内心に呟いた。


「世の中にはいろんな奴がいるもんだなぁ。オレとは合わないかも」


「私だって全然気が合いそうじゃなかったよ。変わった人だった」


 マリオンは栗を口の中で転がしながら。


「それよりよお。お祭りは明日からだが、オレたちの仕事はいつになるんだろうな? 一応、アレサから連絡は来るだろうけど、せっかくの祭りの期間にあれこれと忙しくなるのだけは勘弁してほしいよなあ」


 年に一度しかない機会なので、まったく楽しめないまま指をくわえて見送ることになってしまうのは辛い。今までは一人で楽しんだものだが、グレアと一緒に来るのは初めてで、思い出が欲しかった。


「私たちには時間がたっぷりあるだろ。また来年も来たらいいさ」


「そりゃそうなんだけど、そうじゃねえっていうかさあ……」


 楽しく遊んだ思い出ではない。マリオンが欲しがったのは、グレアと一緒に来た帝都のお祭りで楽しんだという『一番最初の』思い出なのだ。それを言っても分かってもらえないだろうが、と彼女は口にしなかったが。


「さて、ケーキも食っちまったし、このあとどうする?」


「うーん。見たいものはあらかた見た気がするしねぇ」


 結局、自分たちも何かしてみようかと思ったが、特に良いアイデアは浮かんでこなかった。祭りの期間中には、何かひとつくらい出せたら。そんなことを考えながら、空になった箱を折りたたむ。


「さっきのりんご飴みたいに、異国の文化に触れてみるのも面白そうなんだけど、私たちではいささか知識が浅すぎるのが難点だね」


「だなあ。オレもそこまで面白いのは……あ、それなら」


 マリオンがぽんと手を叩くと、グレアも同時に思い付き、二人は声を揃えて互いを指差しながら──。


「帝都の図書館に行ってみない?」


「帝都の図書館に行ってみねえか?」

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