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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第三部 レディ・グレアと原初の魔女

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第3話「婚約破棄」

 子爵家の邸宅はさほど大きくない。だが、庭には拘っていて、外から眺める分にも美しい庭園は、道行く人々の視線を集めた。


 ネイロア子爵はほとんど邸宅にいない。いつも忙しそうで早朝には馬車に乗って出かけていく。いつもいるのは彼の妻か、あるいは子爵令嬢のアレサで、今日二人が会うことになっているのが──。


「ようこそ、レンヒルト令嬢……いえ、今は魔女代理だったかしら。突然の招待だったのに受けて下さって嬉しいわ、本当にありがとう」


「こちらこそお招きいただきありがとうございます、アレサ令嬢」


 深々と胸に手を当ててお辞儀をするグレアに、アレサは首を横に振って「そんなに畏まらないで。あなたのほうが立場はずっと上じゃない」と、僅かばかりの深刻そうな表情を浮かべた。


 以前までなら対等とも言えた仲ではあったが、魔女の代理人ともなれば、いくら歴史がある名家だろうと格は下がるもので、友人として続けられても、礼を尽くされるのはいささか申し訳なさが募った。


「さ、こちらへどうぞ。お茶を用意したから、ゆっくりしていって」


 二人を邸内へ案内する。応接室は玄関より少し離れた場所にあり、連れて歩くあいだ、アレサはちらちらと興味津々にマリオンを見た。


「あの、オレが何か……?」


「えっ? ああ、これは失礼を。とても綺麗な顔だったので」


「ハハハ、そりゃどうも。よく言われるんですよ」


 からから笑うマリオンに、アレサが顔を赤らめた。


「……君って昔から女性にモテてるって言ったっけ」


「へっ、まあな。そういう仕事(・・・・・・)もしたことあるし」


 小声でくすくす笑ってマリオンがすこし自慢げにすると、グレアは気に入らないのか少しだけふくれっ面をした。


「なんだよ、ご機嫌ななめか?」


「さあね。それより仕事だ、気を引き締めるように」


「ちぇっ。冷たいこと言うじゃん」


 何が原因なのか分からないマリオンは、グレアの機嫌が直るまでは無理に触れないようにしよう、と諦めた。


 応接に通されたあと、二人は紅茶を飲みながら、アレサの話を聞く。最初は帝都で最近起きたことや、パーティで他の令嬢が話していたという、ありふれたうわさ話について。それから彼女は「ところで」と本題を切り出す。


「実はわたくし、近いうちに結婚するのよ」


「そうなの? ずいぶん急な話だね」


「お父様が決めた相手だもの、仕方ないわ」


 アレサはあまり乗り気ではなかった。表情は今にも雨が降り出しそうな空模様に似ている。どこか悲壮感のある笑みが、二人の瞳にはっきり映った。


「正直言って、愛せなくて。お父様が決めたからと受け入れるために頑張ったのだけれど、釣り合わないというより、気が合わなかったわ。そこで、お父様がいないうちに貴女たちを呼ばせてもらったの。──婚約を破棄するために」


 いつもの商売用の表情を崩さないようにしながら、アレサの話に「そう、なら頑張らなきゃね」「でかい仕事だな」と普段通りに振舞ったが、これはマズいことになったと内心で二人とも焦りを感じた。


「お相手はどこの誰か聞いてもいいかな?」


「ええ、もちろん。すぐに言わなくて申し訳ないわね」


 紅茶をひと口飲み、しっとり喉を潤してから。


「あなたたちは、ジャファル・ハシムという砂漠にある国には行ったことがあるかしら。わたくしは、あの国の大貴族であるウィルゼマン家の現当主、タンジー・ウィルゼマンと婚約したの。ほんの一ヶ月ほど前に」


 ぴくっ、とマリオンがすばやく反応した。だが、彼女は何も言わずに座り直すと、なんとも納得のいかないような表情でクッキーを齧った。


「……わかった、依頼は受けよう。とりあえず、私たちで、その、タンジー・ウィルゼマン? について情報を集めてみるよ。顔合わせの機会くらいは設けてもらえると嬉しいんだけど、令嬢的にはどうなんだい?」


 アレサは目を輝かせ、嬉しさのあまり、ついカップを皿の上にかちゃんと大きく音を立てて置き、身を乗り出す。


「本当なのね? それならすぐに機会を設けさせて頂くわ。どうせ数日中には、もういちど顔を合わせる予定だったから」


 タンジー・ウィルゼマンが来れば、おのずと数日は帝都で過ごすことになる。その際に茶会を開いて、二人を招こうと言うのだ。アレサの案に乗っかり、その日、二人は新たにタンジー・ウィルゼマンと接触して情報を集める計画を立てようと、一度自宅へ戻ることにした。


 帰り道、グレアは隣をいつもより険しさのある顔つきをして何かを思い悩むようなマリオンに声を掛ける。


「何か気になることでもあったかな。それとも今からでも断ろうか」


「いや……別に仕事が嫌とかそうじゃなくてよ。ただ、」


 マリオンはぴたっと足を止めて、うーんと顎に手を添えて──。


「タンジー・ウィルゼマンってのはどこのどいつなんだと思ってよ……」

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