第2話「帝都の朝」
────ふがっ、という頓狂な声を漏らして目を覚ます。太陽の陽射しが窓から差し込んでいて、カーテンの隙間から部屋を明るくした。ぼんやりした頭をくしゃくしゃと掻きながら、寝ぼけた目でベッドから起きる。
「……何か、大切な夢を見てた気がするんだけどな」
うまく頭が働かない。身体の疲れもあまり取れていなかった。
(もうちょっと寝ていたいけど、マリオンはもう起きてるなあ)
いつもすぐ隣で眠っている彼女が、いつもより早起きなことに意外性を感じつつ、大きなあくびをして、仕方なくベッドから降りた。
部屋を出てダイニングに顔を見せると、マリオンは珍しく朝食の準備をしていた。黒いエプロンには髑髏が描かれていて、彼女らしいと思った。
「おはよう、マリオン。珍しいね、朝から」
「おう。たまにはオレが作るの悪くないだろ」
こんがり焼けたソーセージの油ぎった匂いが、たまらなく食欲をそそる。もう既にテーブルには目玉焼きやサラダが用意されている。ちょうど準備が終わり、マリオンが皿にソーセージを盛りつけて完成だ。
「よし、じゃあ食うか。ワインで良いよな?」
「もちろん。ありがとう、マリオン」
「柄にもねえこと言うなって。図々しく行こうぜ」
マリオンがからから笑って、フォークを手に取った。
「しっかし、帝都に戻ってくんのも久々だなあ」
「確かに。こっちで仕事を頼まれるなんてね」
二人は帝都へ帰って来ていた。クートの紹介を受けたとある子爵令嬢が、二人に仕事をぜひ頼みたいということもあって、ちょうど昨晩に戻ってきて、マリオンの自宅でひと晩を過ごした。
「でも、驚いたよ。まさかネイロア子爵家からの依頼なんて」
「なんだっけ。探し物を頼みてえとかだったろ」
「動物じゃなきゃいいんだけど。捕まえるのは大変だ」
「めんどくせー仕事だったら断ってもよさそうなもんだけどな」
「ローズさんの顔を立てるのに断るなんて出来ないだろう?」
彼女たちが依頼を受けたネイロア子爵家は古くからある由緒正しき家柄で、グレアやクートのような名家はもとより、魔女であるローズ・フロールマンとの親交も多少なりとあった。
本来ならばローズたちに頼んでいるところだったが、魔女の代理人であるグレアたちは基本的に自由なのもあってか、故郷である帝都に戻ったことがなく、ネイロア子爵家からクートを通じて『直接会ってみたい』という旨の手紙が届き、久方ぶりの帰還となった。
「今回の依頼人になるネイロア子爵令嬢は、社交界でも人気のあるレディだ。公爵家でさえ頭のあがらない歴史の長い家系だから、マリオンも失礼のないようにね。ローズさんの評判にも関わるから」
「分かってるっての。オレだって元々は貴族だったんだぞ?」
ソーセージを齧り、ぱきっと小気味良い音を立てる。マリオンは自慢げに語るが、ときどき荒っぽいところが露呈するので、グレアとしてはいささか心配なところではあった。過去に何度か彼女の礼儀ある振る舞いは見ているが、それでも、だ。
「ま……期待しておくよ。ちょっと変わり者だからね、令嬢は」
「知ってるさ。正直言って、あんま関わりたかねえ」
食事を終えて、マリオンは窓を開けて一服を始める。
「よく笑うってんで有名だが、一瞬でも気に入らないと思ったら、とことん追い詰めちまうらしいじゃねえか。没落した貴族がどれだけいるかってうわさ話なら、いくらでも耳にしたもんだ。オレたちも例外じゃねえよ」
グレアが席を立ち、皿をまとめて流し台へ持っていく。
「ローズさんのこともあるから、向こうも無理難題を押し付けてくるようなことはないだろうけど……まあ、機嫌は損ねたくないものだね」
すっかり眠気も消えて、ひと段落がついたところで、二人は家を出る。大通り沿いにあるマリオンの少し大きな家は、玄関を開けると途端に帝都の喧騒を迎えた。行き交う人々は忙しなく、右へ左へ。働く姿を横目に、マリオンはグレアの手を引いた。
「まあ、気楽に構えようぜ。緊張しても仕方ない」
「それには一理ある。のんびり行こうか、私たちらしく」




