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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第一部 レディ・グレアと始まりの旅
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第10話「ご挨拶に」

 善は急げとばかりに朝食を済ませたあとでグレアはマリオンを連れだして、迷うことなくヴィンボルド伯爵の邸宅へ向かうことにした。近場までは観光客の送迎をしている馬車に乗って移動する。町の景色を見ながらの観光気分も過ごせて一石二鳥。見える大きな邸宅を指さしてグレアが言った。


「あそこだね、ヴィンボルド邸。忙しいように見えるが基本的には町を出ないで商会を通じて取引を行っているし、私も顔見知りだから会うのは難しくない。行ってみよう」


「……んー。つっても、そんな都合よく会えるのか?」


 いまいち不安になる話だったが、グレアは胸を張った。


「私にかかれば簡単さ。本当は絶縁状態だが、レンヒルト公爵家の名前を出せば彼が反応をみせないとは思えないからね。まあ見ててごらんよ」


 門前にいる警備の男に声を掛けた。離れてみていたマリオンは、すぐさま男が取次に向かったのを見て目を丸くした。近寄って「どうやったんだ?」と不思議がると、グレアはふふんと鼻を鳴らして──。


「挨拶に伺った、と言ってあげたのさ。ヴィンボルド伯爵はお金の匂いがしたら飛びつかずにはいられない。私がレンヒルト公爵令嬢だと知っているから、お父様との繋がりが欲しくなるのは当然の話だ。なにしろ最近は煙たがられているし」


 レンヒルト公爵は金に困っているわけでもなく、関わる相手は吟味している。あまり執念深く追いかけられるのが好きではないので、マクシミリアン・ヴィンボルドの金への執着には呆れを通り越して嫌悪感すら抱いているのが現状だ。


 そして、それを本人も理解しているので娘のグレアと上手く関係が持てれば事情も変わって来るだろうと好機を逃さない考えに至るのは間違いない。彼女はその思考を逆に利用してやればいい、とマリオンに耳打ちする。


 やがてやってきた初老の男性が、小さくお辞儀をして彼女たちを迎えた。「お久しぶりです、レンヒルト嬢」と深々挨拶をする姿は気に入られようと必死にも見える。にやついた小太りの男には、二人共内心で嫌悪を抱く。


「ごきげんよう、ヴィンボルド伯爵。急に訪ねてしまって申し訳ありません。観光に来たのですが、せっかくですからご挨拶でもと思った次第でして」


「いえいえ。レンヒルト令嬢でしたら大歓迎ですとも!」


 彼の視線は隣にいるマリオンへ注がれる。


「あー……ところで、そちらのお嬢様はどちらで?」


 やんわり手で指してグレアはしれっと偽名を言った。


「マリオン・スノーという私の友人です。スノー男爵はご存知ですか?」


「ええ、帝国でも資産家の……。ご息女がいらっしゃるとは初耳でした」


「男爵は秘密主義者ですから、庭に咲く花ひとつ何か答えてくれませんよ」


 マクシミリアンはぷっと噴き出しそうになる。


「たしかに、そんな気はします。さあさ、立ち話もなんですからどうぞ中へ。温かいコーヒーを淹れましょう。よろしければデザートもいかがです?」


「ぜひ。お心遣いに感謝いたします」


 案内を受けて彼のあとをついていく。マリオンがなんとも気に食わなさそうな顔をしながら、ふとグレアに尋ねた。


「あんた、オレが誰か知ってたのか?」


「……ん。ああ、その」


 頬を指でぽりぽり掻いて申し訳なさそうに。


「昨夜、酒場にいたおじ様たちから色々聞いてしまってね。……勝手に素性を探るような真似をしてごめん。でも、聞いておいて良かったと思ったよ。ヴィンボルド伯爵ならウィンター家について知っていてもおかしくないだろう?」


 言われてみれば、とマリオンは納得して頷く。


「そういやあ、オレの親父が関わってた連中にはヴィンボルド伯爵もいたな。面識はねえしオレの名前も知らないとはいえ、ヴェルディブルグ出身のウィンター姓はうちしかないんだ。すぐにバレちまってたと思う」


 友人のためにひと肌脱ごうとやってきて墓穴を掘ってしまっては元も子もない。こういった場面で社交界とは無縁になって久しいマリオンよりも、離れて間もないグレアのほうが調子の良い会話に長けていて頼りになった。


「怒らないんだね。いろいろ黙っていたのに」


 マリオンは彼女の背中をばしっと叩いて笑う。


「気にしなくていいって。おかげで助かったし、知られたところで他人に嫌われるような話じゃねえからな。ま、今後ともよろしくっつうことで」


「ふふ、ありがとう。君といると私も笑顔になれるよ」


 いつマクシミリアンに聞かれるか分からない小声での会話も程々に、振り返った彼の「何か言いましたか?」という問いにグレアは「女性だけの秘密です」と冗談めかして答える。そう言われてはしつこく聞けず愛想笑いを浮かべた。


「年頃のお嬢様たちにしか分からないこともあるのでしょうね。私は少し用を済ませて参りますので、メイドに応接室へ案内させましょう」


 グレアはメイドに優しく微笑みかけ、それからマクシミリアンに言った。


「ありがとうございます、伯爵。楽しみにしていますね」

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