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第90話 ありがとね

 










「げほっ、げほっ……」


 塊のような真っ赤な血を吐き出す。

 口元をベトベトに汚しながら、ラモンはアオイがしたことを思い返す。


 黒と白の光の激突。

 遠くにいた人間にも影響を与えるほどなのだから、その中心部で打ち合っていた二人はさらに影響を受ける。


 かなりの力を込めて踏ん張っていた。

 加えて、ラモンはすでに致命傷を負っていた身。


 この斬撃の応酬で、手いっぱいだった。

 だが、アオイは違った。


 激しい斬撃を発しながらも、彼女は自身に傷を負うことも承知で、ラモンに対し距離を詰めてきたのだ。

 そして、お互いの光が相殺され、爆発を起こした直後。


 アオイは爆発的な加速で一気にラモンに近づき、彼の胸を貫いたのである。


「……さすが、アオイだ。お前の、勝ちだ」


 口からこぼれる血のせいで、うまく話すことができない。

 この殺し合いは、アオイの勝利だ。


 昔から、彼女には負けてばかりだ。

 そして、いつも可愛らしいどや顔を披露して、罰ゲームと称して何かを要求してくるのだった。


 だが、今のアオイはそのような笑顔を浮かべることもなく、要求をしてくることもなく。

 ただ、無表情にラモンが命を落とすのを待っていた。


 それが、ゴルゴールの命令だからだ。

 そう、普段なら切り捨てた相手のことなど、一切考慮せずに去っていた。


 確実にラモンを殺せ。

 その命令が、アオイをここにとどめていた。


「ダーインスレイヴ……」


 それが、ラモンにとっての最大の、そして最期の狙いだった。


「吸い取れ」

「…………ッ!?」


 直後、ダーインスレイヴの力が発揮される。

 それは、吸収。


 生命力すら吸い取るそれは、アオイから力を吸い取っていく。

 何か大事なものが抜き取られていく感覚に、彼女は初めて動揺する。


 ダーインスレイヴの力を十全に発揮するのであれば、生命力だろう。

 それを吸い取るだけで、ラモンの勝ちだ。


 誰もが抗うことはできず、命を落とす。

 だが、そうはしなかった。


 ラモンにとって、アオイは憎い敵ではない。

 殺したい相手でもないのだ。


「安心しろよ、アオイ。俺はお前から生命力なんて吸い取らない」


 血を吐きながらという凄惨な状況にもかかわらず、ラモンは笑みを浮かべていた。

 相手をはめたという嗜虐的な笑みではない。


 いつも負けていた相手を、ようやく出し抜けたという……子供のようないたずらな笑顔だ。


「俺が吸いとるのは、お前の聖勇者としての力だ」

「…………ッ!?」


 アオイが洗脳を受けているのは、聖勇者としての力に支配されていることも大きい。

 そう思ったラモンは、それを吸収していく。


 元のアオイに戻すため。

 自分の命を絶たせて、聖勇者としての力を奪う。


 まさに、肉を切らせて骨を断つ。


「そんなに、暴れるな、よ。怖くないから、さ」


 アオイは暴れる。

 この力を抜き取られることを恐れ、ひたすらに。


 胸に突き刺さった聖剣を引き抜こうとするが、それはラモンが許さない。

 引き抜こうとする力に抗い、あえて自分の体内に刃物を残す。


 力が加わるため、その激痛は想像を絶する。

 だが、それでもラモンは引き抜くことを許さない。


 大量の血反吐を吐きながらも、ダーインスレイヴで聖勇者の力を吸収していく。


「くっ、あああああああああああああっ!!」

「戻ってこいよ、アオイ……っ!」


 絶叫するアオイ。

 苦し気にもだえる姿は、これが初めてだ。


 ラモンも刻々と自分の命が消えていくことを悟りながらも、決して手を緩めない。

 体感で言うと、数時間にも及ぶ。


 だが、実際には一分もなかったかもしれない。

 そんな時間が過ぎ去り……。


「あっ……」


 アオイの全身から力が抜けた。

 彼女の身体を纏っていた聖勇者としての力は、完全にダーインスレイヴに吸収されきっていた。


「……終わった」


 そして、それを見届けたラモンもまた、ドサリと倒れ込むのであった。










 ◆



「はあ、はあ……」


 ズルズルと地面を這いながら、ラモンは倒れるアオイへと近づく。

 ゆっくりと彼女を抱きかかえれば、穏やかな表情で目を閉じていた。


【鏖殺の聖勇者】としての冷たい雰囲気はない。

 聖勇者としての力を、すべて吸い取ったからだ。


「なあ、アオイ」


 ラモンの腕の中で、アオイは静かに眠る。

 昔の、一緒に暮らしていた時の彼女だ。


 そのことにホッと息を吐き、ようやく取り戻した実感に優しく抱きしめる。

 しかし、そんな時間も長く続かないのは分かっている。


「さっきも言ったけど、ようやく落ち着いてくれたから、改めて言うよ」


 だから、自分でも改めて言葉の意味をかみしめるように、ゆっくりと話した。


「俺、お前のこと、好きだったよ」


 スッと、言葉が出てきた。

 ああ、これがずっとアオイに伝えたかった言葉だった。


 それを、ようやく彼女を前にして、口にすることができた。

 胸が詰まる思いだったラモンは……。


「……なんで過去形なのよ。現在進行形にしなさい」

「っ!? げほっ、げほっ!」


 何度も咳をする。

 血が混じった恐ろしい咳だ。


 ギョッとして視線を落とせば、呆れたように自分を見上げてくるアオイの姿があった。

 彼女は、生きていた。


 そして、何よりもこのような口調で話をしているのは、【鏖殺の聖勇者】ではなく、幼馴染のただのアオイだった。


「ちょっと、驚きすぎでしょ」

「もとに戻ったのか……?」

「私はずっとアオイよ」

「……そうか、元に戻れたか。よかった」


 思わず涙がこぼれそうになる。

 死に至るような傷をいくつも負っている。


 その激痛もあるのに、それで涙がこぼれそうになったことはなかった。

 不思議なものである。


「人のことをこんな衰弱させておいて、よく言うわ」

「馬鹿言え。俺はお前にバッサリ斬られたぞ。死んでいても不思議じゃなかったんだからな」

「じゃあ、お互い様ってことにしましょう」

「……そんな可愛らしい言葉で片付けられるような感じじゃないんだけどなあ」


 二人とも、すでに命は長くない。

 天変地異を引き起こしかねない激しい戦闘を行っていた両者が、こうして身体を寄せ合ってささやき合っているのは、何とも不思議な光景だ。


「……ねえ、寒いわ。温めて」

「俺の身体も冷たくなってきているんだが」

「それでも、何もしないよりはましよ。ほら、早く」

「……はいはい」


 アオイの声がか細く、弱弱しく、小さくなっていることに気づく。

 だが、それを指摘することはない。


 ラモンの声もまた、同じく弱弱しく小さなものになっているからだ。

 アオイの身体を抱き寄せると、冷たいとは感じなかった。


 そういった感覚がすでにやられてしまっているのか、自分も同じくらい身体が冷えているのか。


「どうだ? 温かいか?」

「ん、悪くないわ」

「それはよかった」


 それなのに、アオイは心底幸せそうな笑みを浮かべている。

 そんな笑顔を見られただけで十分だ。


 ラモンはさらに抱き寄せる。


「……ねえ」

「ん?」

「あなたの身体、ボロボロね」

「まあな。誰かさんのためだ。これくらい、なんてことないよ」

「その誰かさん、幸せ者ね」

「そうか」


 クスクスと笑うアオイ。

 それはとても美しかった。


 今にも崩れて消えてしまう儚さがあって、より際立たせていた。

 そんなアオイを見ていると、胸が締め付けられた。


「……悪かった。俺はこういう形でしか、お前を取り戻せなかった」


 悔やむべきは、それだけだった。

 それ以外に、生きてきた人生に悔いはない。


 だが、もっとうまくできたのではないか?

 自分が死ぬのはまだしも、アオイだけなら助けられたのではないか?


 その後悔が、胸を強く締め付けるのだ。

 しかし、アオイはぺちっと弱弱しい力でラモンの頬を叩いた。


 いや、叩いたというより、手を添えたというのが正しいかもしれない。

 彼女は頬を膨らませ、ラモンを見上げていた。


「どうして謝るのよ。あなたは、私を助けてくれたのに」

「……助けられたか?」

「うん」

「そっか。それだったら、俺も頑張った意味、あったなあ……」


 ふと、胸にのしかかっていた錘が消えた。

 そうなると、一気に力が抜ける。


 もう頭もあまり回らなくなる。

 それは、ラモンも、そしてアオイもだった。


「……ラモン?」

「ん?」

「一緒に暮らした時、楽しかったわね」

「そうだな」


 思い出されるのは、アオイが聖勇者として連れて行かれる前の、二人の生活。

 別に、夫婦とかそういうことではない。


 ただ、身寄りのない子供が生きていくために、二人で助け合っていただけだ。

 当時は力もなかった。


 生きていくだけでも大変だった。

 だが、不思議と楽しい思い出として、二人の中に残っていた。


「また、一緒に、楽しく……二人で……」

「ああ」


 ゆっくりと目を閉じていくアオイ。

 それを呼び止めることはしない。


 だって、ようやくアオイは休むことができるのだから。


「……ありがとね、ラモン」

「こちらこそ」


 そして、アオイは静かになった。

 彼女を見届けたラモンも、また。











 ◆



 ヘルヘイムの戦い。

 第四次人魔大戦の末期、魔王軍と人類軍の間で繰り広げられた戦いである。


 すでに戦争の趨勢は固まっており、魔王軍の敗北は必至である。

 人類軍はこの戦争に終止符を打つべく、百万を超える軍勢という総戦力をもって、魔王領に攻め入った。


 一方で、魔王軍は首都付近で軍を再編成し、それを迎え撃とうとする。

 この時間稼ぎのために、ヘルヘイム付近に展開した魔王軍数千人と激突した。


 人類軍および魔王軍からは、数時間、長くても20時間ほどで終結すると見込まれていたこの戦い。

 しかし、結果として三日間にわたり人類軍はヘルヘイムにくぎ付けとなり、先に進むことは許されなかった。


 その間に魔王軍は再編成し、疲弊しきった人類軍は魔族のジェノサイドではなく、無条件降伏を受け入れることになったのである。

 ヘルヘイムの戦いでの人類軍の損耗は著しく、数万の死者。


 十万近い負傷兵の発生。

 人類軍の主力であり、超人とも呼べるほどの力を持つ王国騎士団長、帝国四騎士、教皇国大魔導、共和国猟兵団副団長に死者が発生。


 加えて、人類軍最強の聖勇者アオイが死亡した。

 一方で、魔王軍の被害も甚大であり、この戦いに参戦した数千人の魔王軍のうち、生きていたのは数十人程度である。


 加えて、この戦いにおいて魔王軍を指揮していた人類史上最悪の裏切り者【赤鬼】ラモン・マークナイトも、聖勇者との戦闘で相討ちとなり死亡。

 両者ともにあまりにも大きなものを失い、幕を閉じた。


 この戦いを最後に、第四次人魔大戦は終結へと向かって行くのであった。




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新作です! よければ見てください!


その聖剣、選ばれし筋力で ~選ばれてないけど聖剣抜いちゃいました。精霊さん? 知らんがな~


本作のコミカライズです!
書影はこちら
挿絵(By みてみん) 過去作のコミカライズです!
コミカライズ7巻まで発売中!
挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)
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