第9話 どの面下げて
「偽者ですか」
シルフィのゾッとするほどの冷たい目が、俺を襲う。
凄い。心臓が止まりそう。
彼女にこのような敵意しかない目を向けられたことは、いつぶりだろうか?
本当に、知り合った当初くらいしかなかったと思う。
最後の戦いの前も、非常に穏やかに会話ができていたし。
「えーと……誰の偽者?」
「自分が化けている人の名前すら憶えていないんですか? ラモン・マークナイト。魔王軍最強の指揮官です」
なんだその恥ずかしい称号は……。
最強って……。
「最強……かどうかは知らないけど、ラモンは俺だな」
「まだそんなことを言いますか。あの戦争の後、あの人を語る愚か者は少なからず現れました。どれもこれも偽者。似せもせず、まったく似ておらず……はらわたが煮えくり返ります」
俺の偽者、そんなにいたの?
まったくもってメリットがないだろうに。
人類からは最悪の裏切り者。
魔族からは敗戦を決定づけた指揮官。
……改めて思うけど、俺の評価が最低すぎる。
泣きたい。
「そのような愚か者たちの末路を、あなたは知っていますか? 皆、凄惨な最期を遂げていますよ。あの人は敵も多かったですが、彼を信奉する者も少なからず存在します。そんな彼らの前で、あの人を侮辱するようなことをしたのだから、殺されても文句は言えないわ」
シルフィの目には、殺気が込められている。
信奉する者とやらはさっぱり分からないが、下手なことを言えば殺されると、簡単に理解できる。
いや、自分の名前を言っただけで殺されかけるって……。
まあ、人間からすれば賞金首だから、人間に狙われるならまだしも、昔の仲間に命を狙われるのはちょっと……。
「いや、本人なんだけど」
「偽者はいつもそう言います」
「本人もそう言っているんだけど」
かたくなだな、こいつ……。
どれほど俺の偽者が現れたのだろうか?
もともと、シルフィはそう簡単に人に心を開かないというか、しっかりと警戒できるタイプなのだが、もはや疑心暗鬼にもほどがある。
そもそも、俺は何度も彼女と顔を合わせて会話をしているというのに、顔も出して言葉も交わしているのに、まだ疑われるのか。
「……確かに、恐ろしいほどに見た目が酷似していることは認めましょう。能天気そうな顔は、あの人そっくりです」
「能天気……」
「能天気ですわ」
ナイアドがケタケタと笑いながら頬を突いてくる。
そんなに能天気かぁ……?
色々と考えていたぞ、死ぬまでは。
今はあんまり何も考えていないけど。
「しかし、だからこそ逆におかしい。あの人は人間でした。人間が千年生きていて、若い時の見た目なんて」
「確かに」
「なんであなたが納得しますの? これ、納得しちゃったらマズイですわよ」
頷いてしまうと、ぺちぺちとナイアドが叩いてくる。
妖精の小さな手なので、まったく痛くないが。
まあ、シルフィの立場からすると、信じられないのも当然かもしれない。
あの戦いで俺は死んでいたし、仮に生きていたとしても、当時と何ら変わらない見た目でいることが信じられないのだろう。
俺だって、どうして自分が考えて行動できているのか、まったく理解できていないのだから、説明も何もできないのだが。
「そもそも、あの人はあの戦いで……」
そこまで言うと、シルフィはつらそうに顔を歪める。
続く言葉はなく、代わりにキッと俺を睨みつけてきた。
怖い……。
「だから、これ以上あの人を汚すことは止めてもらいます」
「ちょ、ちょっと待った。本物だって証明したら、許してもらえるか?」
ゴゴゴ、とうなりながら水が渦を巻く。
とてつもない威力の攻撃が来ると悟り、必死に呼びかける。
敗戦した恨みを晴らすというのであればまだしも、偽者だという理由で吹っ飛ばされるのは、遠慮願いたかった。
「……できるものなら」
正直難しいかと思っていたのだが、シルフィは意外とあっさりと矛を一旦抑えてくれた。
もしかしたら、彼女も決めかねているのかもしれない。
俺が本物か、偽者か。
……いや、本物なんだけど。
「どうしますの?」
コソコソとナイアドと相談する。
この説得に失敗したら、彼女も吹き飛ぶことになるもんな。
それは嫌だろう。
「うーん……俺とシルフィしか知らないことを言うとか……」
「ほほう。確かに有効そうですわ! して、その秘密は?」
本物か偽者かを判断するときに、共有している秘密の開示というのは、とても有効だ。
合言葉なんてものもそうだ。
お互いしか知らない言葉を言いあうことで、本物か偽者かを区別する。
俺とシルフィは合言葉なんて設定していなかったから、必然的に秘密の暴露になってしまう。
と言っても、恥ずかしかったり、不快になったり、そんな秘密はお互いに持っていない。
俺が知っているのは、とても些細な可愛らしい秘密だ。
言う内容を決めた俺は、キリッと表情を決めてシルフィに言った。
「……シルフィは寝ているとき、よだれの量が半端じゃな――――――」
直後、水の弾丸が襲い掛かる!?
「死んでください」
「ど、どうして!?」
何がいけなかったんだ!?
ちゃんと秘密を話したのに……!
「そりゃあ、愛しい男にしか見せない女の寝顔を赤裸々にぶちまけられたら……っていうか、お二人ってそういう関係でしたの?」
「違います。あなたも殺されたいですか、妖精」
「ひぇっ。だ、黙りますわ」
答えを言ってくれていたナイアドも、シルフィににらまれて黙り込む。
両手で自分の口を塞いでいるのが可愛らしい。
攻撃をして冷静になれたのか、シルフィは俺の顔を信じられないものを見るような目で見た。
「というか、あなた、本当に……っ!?」
「……久しぶり、シルフィ」
肩を震わせるシルフィに、俺は笑みを浮かべる。
感動の再会……と自分で言うのもなんだが、そんな感じだろう。
俺だって、まさか生きて再び彼女と会うことができるなんて、思ってもいなかった。
嬉しい気持ちでいっぱいだ。
「ラモン……。あなた、あなた……っ」
うつむき、肩を震わせているシルフィを見て、俺は思わず涙が出そうになる。
俺に会うことができて、こんなにも喜んでもらえるとは思っていなかったのだ。
敵が多く、むしろ敵だらけだった。
だからこそ、こうして自分を大切に思ってくれる人がいることが、とても嬉しいのだ。
俺は普段ならそんなことはしないのだが、嬉しさのあまり彼女を抱きしめようと腕を広げ……。
「どの面下げて私に会いに来たのよ!!」
「ひょぉっ!?」
シルフィの水の弾丸が頬を切り裂いて後ろに飛んでいき、マジでビビるのであった。