第89話 激突
魔王軍最強の戦術指揮官【赤鬼】ラモン。
人類最強の勇者【鏖殺の聖勇者】アオイ。
その二人の激突は、まさに天変地異クラスの災害同士が衝突しあったようだった。
幸いだったのは、ヘルヘイムの戦いが佳境に入っており、彼らの傍で戦闘をしている両軍兵士がいなかったことだろう。
魔王軍はほぼ全滅していたし、人類軍も一時撤退して百万の軍勢は後ろに控えていた。
だから、これを目撃できたのは、人類軍のトップクラスの力を持つ者だけ。
「聖勇者様が戦っています! 今すぐ援軍に行けば、あの憎き【赤鬼】も仕留められます!」
声を張り上げるのは、若い兵士だ。
彼は教皇国の出身ではないはずなのだが、随分と聖勇者に入れ込んでいるらしい。
まあ、人類最強と謳われる存在にあこがれるのも理解できる。
ひょっとしたら、どこかの戦場で彼女に救われたことがあるのかもしれない。
もちろん、ゴルゴールの命令に救出なんて優しいものはないので、敵を殺したら結果的に助かったというのが真実なのだが。
そんな彼は、激しい戦闘が繰り広げられている場所を指さしている。
それこそが、ラモンとアオイが激突している場所。
魔剣の黒い光。
聖剣の白い光。
それがぶつかり合っては、地形がすり減り、形を変えていく。
そんな中に突っ込もうとするのだから、正気とは思えない。
「……お前は何も理解していないな」
「は……?」
いや、理解していなかっただけだろう。
ここにいるのは、人類軍の中でも屈指の強者たちだけだ。
能力も覚悟もない連中は、近づくことすらままならないのだから。
この若い兵士は、ただ聖勇者を案じているというだけでここまで来たようだ。
これは、賞賛されるべきだろう。
だが、あまりにもバカげたことを言うので、多くは笑ってしまった。
「この戦いに、俺たちが首を突っ込むことは許されない。一瞬で首が飛ぶぞ」
あの二人の戦いに手だしすれば、死を意味する。
それだけ激しい殺し合いをしていた。
そして、それを見て、彼はふと思ったことがある。
「あの二人は、俺たちとは次元が違うんだよ」
引き離されていた時間を埋めるように、楽しそうにぶつかり合う二人は、まるで逢引きをしているようではないか、と。
◆
「(ダーインスレイヴがいなかったら、数合で殺されていたな、これ)」
激しくアオイと打ち合いながら、ラモンはそう自嘲した。
この間も、常人では肉眼でとらえきれないほどの速度で剣が行き交っている。
ラモンが繰り出す攻撃はアオイに受け止められ、アオイが繰り出す攻撃はラモンが受け止める。
その余波で大地が削れ、雲が割れる。
まさしく、超人と超人の戦い。
常人であれば割って入ることは許されない。
「俺もお前も、もともと戦闘なんて素人だったのにな。遠いところまで来てしまった感じがするな」
もともと、彼らは農民だ。
誰かと戦い、そして命を取り合うなんてこと、可能性としては限りなくゼロに近かった。
そんな二人が、今こうして向かい合って、殺し合いをしている。
誰が想像できただろうか。
「…………っ」
アオイが聖剣を振るう。
その剣には、強烈な光が宿っている。
それが、聖勇者としての力。
暗い世界を照らす強烈な光は、魔の存在を許さず、ことごとくを撃ち滅ぼす。
魔族であれば、その光に優しく当てられるだけでももだえ苦しむことになる。
幸い、ラモンは人間だ。
あくまで、魔王軍には属しているだけであり、魔の血は少しも入っていない。
だから、相対するだけで押されることはないが、その光を宿した聖剣に斬られれば、しょせん脆弱な人間。
命を落とすことになるだろう。
そもそも、アオイと戦う前から、彼は致命傷を負っていた。
「時間をかけられないよな」
打ち合っていた剣を強く打ち払い、アオイを遠ざける。
仕切り直しの雰囲気を感じ取り、彼女は聖剣を構える。
だが、そんなに時間をかけていられない。
その余裕は、ラモンにはまったくない。
だから……。
「これで終わりにしよう」
ラモンの持つダーインスレイヴから、黒い光が空に昇る。
その魔力量は莫大なもので、ビリビリと大気を震わせる。
ダーインスレイヴ自身の力に加え、この戦闘中に吸収し続けた聖剣の力だ。
彼女がいなければすでに死んでいたとは、この力があってこそである。
「…………」
アオイもそれに応えるように、聖剣を掲げる。
そこからは白い光が空に昇る。
黒と白。
二つの光は、遠く離れた場所にいても視認できる。
戦場から離れたシルフィやリフト。
遠くからしか見ることしかできない人類軍。
アオイに命令してラモンの殺害を企てたゴルゴール。
誰にも悟られない天使の本拠地でそれを見ているオフェリア。
多くの者が注目するヘルヘイムの戦いの最佳境。
それは、終わりを告げようとしていた。
「今までありがとうな、ダーインスレイヴ」
ふと口をついたのは、感謝の言葉だった。
ラモンはアオイから目を離さない。
彼女が剣を振るえば、自分も振るう必要があるからだ。
目前になっているおのれの死。
それを前にして、ラモンの頭を占めているのは、周りの人々への感謝だった。
シルフィとリフトには、敵ばかりの自分を支えてもらった。
レナーテには、こうしてアオイと再び顔を合わせて話す機会を作ってもらった。
アイリスは最後まで自分を助けようと、帝国の勇者と共に尽力してくれた。
間違いなく死が待っているこの戦いにも、想像以上に自分についてきてくれた兵士がいた。
そして……。
「俺がここにいるのは、お前のおかげだよ。だから、今まで、ありがとう」
ダーインスレイヴ。
彼女がいなければ、自分がここに立っていることはなかった。
魔王軍でものし上がることはできなかっただろうし、どこかの戦場で命を落としていたに違いない。
彼がここまでやってこられたのは、この愛剣のおかげだった。
【――――――!!】
ガチャガチャと魔剣が暴れる。
感謝するのは、自分の方だと。
誰からも使われず、使用者を殺す呪われた武器として、朽ちるのを待つだけだった自分。
そんな自分を手に取り、剣として使ってくれたのはあなただと。
これからも、自分はラモンの剣であり続ける。
彼の敵を撃ち滅ぼす、愛剣であり続ける。
だから、これが最期みたいなことを言うのは止めろ。
そう強く訴えかけてくる。
「……そうだな、悪い」
ダーインスレイヴに苦笑いを浮かべるラモン。
もっと話をしたいが、アオイがそれを許さない。
空高くに登る白い光を集束させ、聖剣に。
そして、それを一息に振り下ろした。
「…………ッ!」
それに呼応して、ラモンも黒い魔力を含むダーインスレイヴを振るった。
白と黒がぶつかり合う。
絡み合い、お互いを食いつぶそうとして……巨大な爆発を起こした。
「ぐああああっ!?」
遠くから見ていた人類軍をなぎ倒す。
巨大なクレーターを作り出し、空に浮かんでいた雲が一気に払われた。
もはや、誰もその場を見ることは許されなかった。
魔王軍の兵士も、人類軍の兵士も、近づくことは許されない。
そんな激突の中心部で……。
「ごふっ……」
ラモンの胸に、アオイの聖剣が突き刺さっていた。




