第88話 初めての告白
「(結構ダメージが大きいな。アイリスたちもボコボコにしてくれたな、本当)」
アオイを目の前にして、苦笑いするラモン。
人類最強の敵を目の前にして、笑うことができるのは彼くらいだろう。
しかも、アオイはゴルゴールの命令を受けて、ラモンを全力で殺しに来る。
人類最強が、本気で自分だけを殺しに来るのである。
荒唐無稽な悪夢でも、これほどひどいものはないだろう。
だが、そんな最強は、彼がずっと追い求めていた幼馴染である。
かつては人類軍で上に上り詰め、再会することを望んでいた相手。
しかし、何の因果か、こうして敵軍となり、血で血を洗う戦場で向き合っている。
平凡にあの村で人生を終えると思っていたが、人生は何があるか分からないものだ。
「さて、まずは話したいことなんだが……」
悠長にしている暇はない。
ここは戦場。
しかも、第四次人魔大戦の中でも最も激しく苛烈な戦場だ。
ぼーっとしていたら、あっけなく命を散らすことになる。
それに、ラモンの傷の具合もある。
致命傷をいくつも受けており、彼に残された時間は長くない。
だから、彼はアオイに話したいことをさっさと口にする。
最初に言いたいことは、すぐに決まっていた。
「よくも俺のことを殺しかけてくれたな。マジで死にかけたんだぞ、俺」
「…………」
恨み節である。
アオイは当然表情を変えないが、なんだか釈然としない雰囲気である。
ラモンが言っているのは、天使メルファとやり合った時。
まだかすかに自我を残していたアオイに、斬りつけられたことである。
もちろん、これは冗談だが。
「まあ、お前がためらってくれたから、今も生きているんだろうけどな。そこだけは感謝。ただ、もう自分の意思も表に出せないようになっているじゃないか。もっと頑張れよな」
あの時も、アオイはラモンの殺害を命令されていた。
厳密にいえば、邪魔者は人間でも殺せ、とゴルゴールからの命令である。
ラモン個人に向けられたものではなかったこともあり、アオイは何とかかすかに残っていた自我でそれをためらうことができた。
だから、致命傷程度で済んだのである。
ダーインスレイヴとも出会っていなかった彼は、アオイがその気なら簡単に命を落としていた。
そんな言葉を受けて、アオイは……。
「…………」
聖剣を振るう。
ゴウッとうなるそれは、避けることも受け止めることも許さない。
受け止めようとしても並の剣なら容易くへし折ってそのまま身体を両断するだろう。
だが、ラモンはそれを受け止める。
なにせ、彼の持つ剣はダーインスレイヴ。
アオイの持つ聖剣と同等の力を持つ。
「おっと!? 怒りやすいのは、昔のままだな」
苦笑いするラモン。
アオイがここまで完全に自我を消滅させられているのは、ひとえにあの時ラモンに斬りかかったことが大きな要因である。
何とか抗って彼を殺さず、傷を負わせただけにとどめた彼女。
だが、それでもアオイはラモンを殺してしまったと思い込んだ。
自分の大切な幼なじみを、自分に合うためだけに危険な軍に入り、最前線でずっと戦い続けてくれた彼を。
それが彼女の心を折り、ゴルゴールに支配されることとなったのだ。
「ああ、そうだ。こんなことを言いに来たんじゃない。俺はもっと違うことを話しに来たんだ」
どうにも余計なことばかり話している気がする。
久々にアオイに会えて浮かれてしまっている。
だが、そんなことをする余裕も時間もないのだ。
改めてそう思ったラモンは、深呼吸する。
ずっと秘めていた想いを、彼女に伝えた。
「俺、アオイのことが好きだったよ」
「…………」
返答は、聖剣だった。
「返事が致死性の攻撃とか、いくら何でもひどすぎない? まあ、今の状態じゃ仕方ないよな」
あくまで、自分の気持ちにけじめをつけるため。
そのための告白だ。
だから、今返事が欲しいわけではない。
だけれども、これはちょっと堪える。
ラモンは人生初めての告白に振られるならまだしも、無言で斬りかかられるというのはごめんだった。
「ちょっと落ち着いて話せるように、頑張ってみようか」
自身に時間が残されていないことは分かっている。
そのことも含めて、ラモンはアオイとの戦いに挑んだ。
◆
「うおおお! 死ね、魔族!」
ヘルヘイムの戦いにおいて、数の差は歴然。
人間は後方にいる部隊は一切戦わないくらいなのだが、魔王軍はすべての兵士が血みどろになって戦っている。
人間が襲い掛かったのは、魔王軍ラモン派幹部のリフトである。
「うるっせええ! しつけえんだよ!」
「ぎゃああああっ!?」
リフトの腕から伸びた業火が、人間を焼き尽くす。
しかし、本来なら塵一つ残らないような火力を発揮するのに、焼死体が残る程度に抑えられている。
意図的に火力を抑えているというわけではない。
これが、今のリフトの全力である。
三日間、ほとんど休む暇もなく戦い続けた。
今もなお戦っていられることが、彼の強さを示している。
だが、さすがのリフトも、軽く弱音を吐く程度には疲弊していた。
「はあ、はあ……さすがにキツイぜ……」
「もうばてましたか。イフリートもしょせんその程度ということですね」
リフトの傍に着たのは、シルフィである。
生きていたのかと思うと同時に、この女が人間風情に殺されるような女ではないと思い直す。
背筋を伸ばして立っている彼女だが、やはり彼女にも疲弊の色は見える。
身体中も傷だらけだ。
まあ、それはリフトにも言えることだが。
「涼しい顔をしているが、テメエの方が俺よりも消耗が激しいだろ。もともと、水場を生息地にしているくせに、無理しやがって」
「ラモンのためです。無理にはなりません」
相変わらず愛されているようで何よりだ。
ラモンは敵ばかりだ。
だから、これくらい強烈な味方がいてもいいだろう、とリフトは思った。
「さあ、引きますよ」
「ああ? なんでだよ」
「ラモンの作戦、ちゃんと聞いていなかったんですか。もともと、この戦いにおいて勝利は人類軍を壊滅させることじゃありません。時間を稼ぐことです。そして、私たちは三日も戦った。この戦いは、私たちの勝利です」
逃げるという行為は、リフトの信条に反するものだ。
どれだけ傷つき疲弊しきっていたとしても、それは変わらない。
そんな彼に、シルフィは淡々と伝える。
戦略、今回の戦いの目的は果たしている。
集まった死兵とは違い、目的は死ぬことではないのだ。
「……勝利、ね。もう喜び合える奴は、ほとんどいねえけど」
周りを見渡すリフト。
そこにあるのは、死体死体死体。
大部分を占めるのが人間だ。
だが、そこには確かに魔王軍の兵士もいる。
死ぬと分かっていても、なおラモンと魔族のために戦おうとした勇者たちが、骸をさらしている。
目的は果たした、時間稼ぎはできた。
そう喜び合えるのは、ほとんどない。
生き残りがどれだけいるのか、それすらも分からない惨状だ。
「……組織的な逃走を行えば、必ず追撃されます。だから、この時間まで生き残っていれば、個々の判断で、四方に散らばって逃げる。それが一番人類に気取られず、追撃されずに生き延びられる確率が高い」
「このまま残っていたら、完全に逃げ遅れになりそうだな」
現在、彼らを囲む人間はいない。
ここまで激しく抵抗され、これだけ多く死ねば、誰だって前に出るのを躊躇する。
人類軍の指揮官だって、無為に兵を殺したくはない。
一時撤退していた。
だが、魔王軍がほぼ壊滅していると知れば、すぐに再び兵を進めてくるだろう。
逃げるのであれば、今のうちに逃げなければならない。
「でも、いいのかよ。ラモンはまだここにいるぜ?」
「構いません」
リフトの問いかけに、シルフィは迷いなく頷く。
「彼は、必ず私の元に迎えに来てくれますから」
そう言って、シルフィは空高くまで伸びる白と黒の光を見る。
そこに、ラモンがいると確信しながら。




