第84話 志願兵
「どうして引き受けたんですか」
「ん?」
歩くラモンの後ろについているのは、シルフィとリフトだ。
当の本人は知らないことだが、彼女たちはラモン派最高幹部とみなされている。
何も知らないのは、のんきな顔をして歩いているラモンだけだ。
そんな中、珍しくシルフィが険しい表情で彼を睨んでいた。
ラモンにお願いされたら何でも受け入れちゃうウーマンである彼女にしては、本当に珍しい。
彼女が聞いてきたことが、これから向かう戦場であることを悟ったラモンは、コクリと頷く。
「ああ、もちろんシルフィたちも自由意思で参戦するかは決められるぞ。ここから避難しても、俺は絶対に文句は言わない。むしろ、今までさんざん助けてもらったから、感謝しているよ」
「次に私が逃げる前提で口を開けば、私の中で窒息死させます」
「ご、ごめんなさい」
ウンディーネは水の身体。
その身体に埋没されることになれば、待っているのは死のみである。
なお、シルフィがこのような手段をとるのは、ラモンだけである。
「まあ、今のはてめえが悪いよ。人の気持ちを考えない俺でもわかる」
カラカラと笑うリフト。
人の機微に疎い大雑把な彼でも、ラモンの口にしたことは誤っていたと分かっている。
何をしてでも助けてあげたい。
そう思っている相手から、逃げることを前提に話をされるのは、それはむかつくだろう。
「俺はもちろん参戦するぜ。こんな大きな戦いこそ、俺が待っていたものだ。それに、テメエが死んじまったら、テメエを超えるっていう俺の野望もなくなるしな」
身体にまとう炎を猛らせながら言うリフトは、とても頼りになる。
敵に回したくないな、と思うラモンであった。
千年後、再び激突するとはまったく考えず。
「私も参戦します」
「理由は?」
「……あなたに教える必要性は皆無です」
「そりゃそうだ」
ギロリと睨むシルフィに、リフトは笑う。
視線だけで人を殺せそうだ。
「そっか。君たちがいてくれるなら、作戦の幅も随分と広がる。死地に連れて行く申し訳なさはあるけど、素直に嬉しいよ」
薄い笑みを浮かべるラモン。
彼から頼りにされている。
それは、シルフィたちにとって凄く嬉しいことだった。
だが、この言葉程度でうやむやにさせてあげるほど、彼女は優しくない。
「で、引き受けた理由は何ですか?」
「あー……」
言いづらそうに言葉を詰まらせるラモン。
さらにシルフィは言葉を続ける。
「こんなの、明らかに参謀がラモンを攻撃しているだけです。作戦としては下も下。論外です。参謀なんて務まる能力がありません」
「ああ、それは分かっているよ」
「では、なぜですか?」
「んーと……」
「ラモン」
じっと彼を見ると、苦笑いを浮かべる。
何か隠し事をされているのは、あまりいい気分ではない。
赤の他人が勝手に隠しているのであれば、別に何とも思わない。
しかし、ラモンのこととなると話は別だ。
無言で見つめ合う二人に助け舟を出したのは、リフトだった。
「おい、ウンディーネ。男がこんな言いづらそうにしているんだ。察してやれよ」
「は?」
まるで自分の方がラモンのことを理解しているかのような口ぶりに、苛立ちが起きる。
「女ってことさ。なあ、ラモン?」
「いや、何か語弊があるんだけど」
「聖勇者って、女だろ?」
「そう言われたらそうなんだけどなあ……」
頬をかくラモン。
彼がこの無謀な大役を引き受けたのは、アオイが来ていると知ったから。
【鏖殺の聖勇者】が、ラモンと昔馴染みであることは知っている。
そして、彼が彼女を助けるために魔王軍に入ったことも。
「とりあえず、俺の呼びかけでどれだけ集まっているか確認に行こう」
「…………」
スタスタと歩いていくラモン。
そんな彼の背中を、シルフィは見ていた。
「まあ、落ち込むなって。失恋くらい、誰でもするさ」
「はい? ラモンに好きな女がいて、どうして私が引き下がらなければならないんですか?」
「……ん?」
キョトンと首を傾げ、本当に理由が分からない様子のシルフィに、リフトの方がうろたえる。
「ラモンが誰を好きでいようが、ラモンを好きな女がいようが、私には関係ない話です。私がどうするかは私が決めるので。ラモンの傍にいることは、何ら問題ありません」
「お前、強くね?」
覚悟がガンギマリである。
これだけ強い思いを見たのは初めてなので、思わずリフトも感嘆の息を吐く。
これが少しでも周りに柔らかく当たれる性格なら、とんでもなく人気が出ただろうと思わずにはいられない。
「おーい、まだか?」
そんな彼女に思いを寄せられている男が呼び掛けてくる。
シルフィはまるで忠犬のように、すぐに駆け寄って行った。
その姿に苦笑いしつつ、リフトも追いかける。
「さて、どれだけ集まっていてくれているか。数百もいれば、数時間は頑張れるんだけど」
「ただ呼びかけをしただけか?」
「ああ、一般兵に関してはそうだよ。ただ、死に場所を求めている死兵に関しては、もっと強い口調で呼びかけたけどな」
「死にたがる兵の気持ちが分かりません」
訝し気に首を傾げるシルフィ。
そういった気持ちに一度でもならないと、理解できないものだろう。
「この戦争で色々と失った者、一般生活に復帰できない傷を負った者、ただ自分の力を示すために命を懸けられる者。色々な奴がいるもんなんだよ、シルフィ」
ラモンはそう言って、考える。
「それが百人ちょっといるはずだ。俺の知る限りではね」
「じゃあ、後は一般兵頼みってことか」
「誰も集まってくれない可能性が高いけどな」
苦笑いする。
一応、百人ちょっとの戦力が集まることを想定している。
それならば、百万の敵軍相手でも、十何時間。
もっとうまくいけば、一日ほどは持たせられるかもしれない。
そんな彼にくぎを刺したのは、シルフィだった。
「……ラモン、あなたは自分の価値を低く見すぎです」
「ん?」
何を言っているのか。
その真意を問おうとする前に、ちょうど開けた場所に出る。
そこは、今回の死地に向かう兵士の集合場所だ。
自ら望む者はここに集まるよう告げていた。
その場について……ラモンは言葉を失った。
そこに整列するのは、数千人の兵士たち。
期待していた百人前後の死兵はもちろんのこと、それ以外の一般兵も大勢集まっていた。
「…………凄いな」
「この光景を作り出したのは、あなたですよ。あなたに救われた者、あなたの力に惹かれた者、あなたと戦いたい者。そんな彼らが、集まったんです」
絞り出すようなラモンの声に、シルフィが続く。
しっかりと告げていた。
嘘やごまかしはしていない。
ついてくれば、ほぼ確実に死ぬことになると。
しかし、ここに集まっている兵たちは、皆これから死にに行くと覚悟しつつも、活力に満ち溢れた顔を見せていた。
「中央から来たいけ好かない連中からは圧力もかかっていただろうにな」
「……そうか」
ラモンに兵が集まらないように、参謀たちは一般兵にくぎを刺していた。
だが、それを受けてもなお、これだけの兵が彼の元に集まった。
「俺は自分のためにこの戦争に参戦して戦ってきたわけだけど……」
笑ったラモンは、とても嬉しそうだった。
「ちょっと魔族のためにも頑張ろうと、そう思うよ」
過去作『偽・聖剣物語』コミカライズ第4巻が10月13日に発売されます!
予約も始まっていますので、よろしくお願いします!
活動報告に書影も上げていますので、ぜひご覧ください。




