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第83話 会議

 










「偵察からの報告によれば、人類軍が総戦力でわが領土に侵攻してきているとのことです」


 前線で戦う魔王軍の指揮官が集まり、会議が開かれている。

 現在、第四次人魔大戦は、魔王軍の劣勢である。


 そのため、本来なら首都にいて引きこもっているはずの高級将官たちも、一部がここに集まっていた。

 魔王軍の戦略指揮をとる参謀まで来ているほどだ。


 そこで、人類軍の大規模攻勢が報告された。

 もともと、劣勢であることは、ここに集まっている者すべてが分かっている。


 とくに、前線で戦っていれば、それは肌で感じることだ。

 いまいちわかっていないのは、後方でマスコミなどが発する虚偽情報を信じている魔族たちだけだろう。


 厭戦ムードが広まらないように、そして劣勢であることで怒りが魔王軍上層部に向けられないように、上層部がマスコミを操って行っていることだ。

 現場の指揮官はそのことにいら立ちを隠せない。


 首都からやってきて、いまだに暢気な顔をさらしている高級将官たちを睨む者もいるほどだ。

 会議室でも、左右にきっぱりと現場指揮官と高級将官で別れていることが、溝の深さを知らしめている。


「それは報告をされなくとも分かる。あれだけ隠そうともしない大軍なのだからな」

「むしろ、それが目的だろう。示威行為としては、これ以上のことはない。俺の部隊の兵士も、多くが臆病風に吹かれている」

「ふん、情けないな、貴殿の部隊は」

「なんだと!?」


 現場の指揮官と、高級将官の間で怒鳴り合いが始まる。

 現場からすれば、いつも安全な後方でふんぞり返るだけの連中に、勝手なことを言われる理由はない。


 一方、高級将官からすれば、自分たちの考えた戦略通りに事を進ませない現場に対して怒りを抱いている。

 この溝は、少なくともこの戦争が続いている間、埋まることはないだろう。


「今はくだらない内輪もめをしている場合ではないだろう! して、数はどれくらいだ?」

「その……詳細は分かりかねるのですが……」

「構わん。推測はできるだろう?」


 いまだざわついている会議場だが、誰もが報告者を見る。

 彼は言いづらそうに言葉を詰まらせ、しかし言わないことなどできるはずもなく、報告した。


「はっ。そ、その……その数、およそ百万と……」


 場を沈黙が覆う。

 怒鳴り合っていた当事者たちですら、信じられないとばかりに彼を見る。


 居心地が悪そうにする報告者。

 すぐに、場は紛糾した。


「なんだ、その数は……」

「あまりにも差がありすぎる!」

「わが軍の編成は?」

「10の街に2万弱ずつ兵士が。しかし、これでは各個撃破されるだけだろう」


 地の利は、魔王軍にある。

 防衛準備も進めているし、数倍程度の敵が相手ならば、数か月、1年は持ちこたえられていたかもしれない。


 むしろ、個々の能力は人間よりも魔族の方が優れているため、局地的には勝利を収めることすらできただろう。

 だが、推定百万の軍勢が相手ならば、ただ押しつぶされるだけだ。


「首都の近くの大都市ポレラに、首都警備兵も含めて軍を再編成するしかないだろう。10の街から全兵士を集めて20万。首都の防衛に当てていた兵士が30万。これで50万の大軍を作れる」


 首都を戦場にするわけにはいかない。

 その前の街で、人類を迎え撃つ。


 戦力を結集させることを進言するが、問題もある。

 時間だ。


「人類軍の進軍は、想定以上に速い」

「百万もいれば、それは牛歩のごとく遅いだろう?」

「百万丸ごと動いているわけではないだろう。縦に伸びるような形で大軍が移動しているはずだ」

「では、途中に攻撃を仕掛けて分断するのは?」

「それができるほどの兵力がどこにある? そもそも、分断したところで、相手は百万単位。襲撃部隊はすぐに押しつぶされ、再合流されるに決まっている」


 激論が交わされる。

 もはや風前の灯火。


 必死になって頭を巡らせるのも、当然と言えるだろう。


「今から迅速に動けば、10万以上はポレラに入ることができる。しかし、数万は人類軍に追いつかれて背中を攻撃される恐れがある。一日……いや、20時間遅れさせられるのなら……」

「……誰かが囮となるということか」


 再び、会議場が静かになる。

 誰もが分かっていることだ。


 捨て駒だ。

 誰も口には出さなかったが、捨て石に他ならない。


 何をすべきかは分かっても、誰も手を上げようとはしなかった。

 なにせ、人類軍の足止めを引き受けた者は、必ず死ぬのだから。


 そんな状況を変えるように声を上げたのは、首都からやってきていた高級将官たちのトップ。

 魔王軍参謀の男だった。


「ここは、戦果を最も挙げられていらっしゃる方にお願いするのは?」


 何を言うのかと、彼は注目を集める。

 参謀はにこやかに、しかしその目は冷徹な光を宿し、その者を見た。


 会議でも一言も話さず、ただ黙してそこに座っていた男を。


「いかがですか、ラモン殿?」

「……ん?」


 ここで、初めて男の顔を見る。

 ラモン・マークナイト。


 魔王軍唯一の人間である彼だが、もはや現在彼を人類のスパイだと揶揄する愚か者は誰もいなかった。

 それだけ、彼の上げた戦果はすさまじい。


 もはや、敗戦続きだったこの第四次人魔大戦の後期。

 所々局地戦闘では勝利を収めた魔王軍であるが、それはほぼすべてラモンが指揮した戦場だった。


 その戦果で信頼を集め、現場の魔王軍から信奉ともとれるほど慕われていた。

 一方で、首都にいる高級将官たちからは評判は悪い。


 なにせ、必死になって考えた戦略を、前線で勝手に変えられ、もしくは無視されるのだから。

 これでラモンが失敗でもしてくれたら、それを理由に更迭、あるいは処刑もできるかもしれなかった。


 しかし、ラモンは戦果を挙げ続け、現場の魔王軍やマスコミから伝わった一般市民の一部からは、強い好感を抱かれている。

 それを無視して彼を攻撃することはできなかった。


 参謀は、彼に煮え湯を飲まされている最たる人物であるから、彼の方から声をかけるとは、誰も思っていなかったから驚いていた。

 だが、こういった理由があるなら納得だ。


 現場の指揮官たちは、怒りを露わにする。


「貴様、この期に及んで、まだラモンを……!」

「いやいや、誤解しないでいただきたい。私は、最も戦果を挙げられたと言った。ラモン殿がそうではないかな? うん?」

「ちっ!」


 強く舌打ちをする姿を隠そうともしないが、参謀は気にならない。

 普段ならば、自分に対して無礼な態度をとることは決して許さないだろうが、今は憎きラモンを追い詰めることができるのだから。


 実際、この戦争で最も戦果を挙げているのはラモンだ。

 この無謀でしかない作戦に臨めるのは、彼しかいないのも事実。


「ラモン殿には、ぜひ城塞都市にこもり、人類軍を迎え撃ち、進軍を遅らせて時間稼ぎをお願いしたい。かの有名な【赤鬼】がいるとなれば、敵軍も委縮しましょう」

「畏怖されると同時に、特級の賞金首になっているんだぞ。ラモンを殺せば、それだけで人類軍は一気に勢いづく。これを好機として殺しにかかってくるとは、どうして思わん」


 ボソリと現場の指揮官が毒を吐く。

 確かに、ラモンの悪名の力は絶大だ。


 彼が戦場に立つというだけで、相対する人類軍の士気は落ちる。

 しかし、百万という大勢の仲間がいて、相手はその何百分の一しかいないとなればどうだろうか?


 負けるはずがない。

 今こそ、散々やられてきた借りを返す時だ。


 ラモンの首の価値は高い。

 それをとれば、名声はうなぎのぼり。


 瞬く間に英雄にのし上がることができるだろう。

 一気呵成にラモンに襲い掛かることも、充分に考えられた。


 参謀も当然そのことに気づいているが、口にすることはない。


「この大役、お任せできるのは貴殿しかいない。お願いできますかな?」


 魔王軍のトップの地位にいる参謀からそう言われて、断れる者など誰もいない。

 尋ねてはいるが、これは強制だ。


 現場の指揮官たちは皆苦々しく顔を歪め、一方で首都からやってきた将校たちは嗜虐的な笑みを隠さない。

 そんな彼らをちらりと見たラモンは、その問いかけに答えることなく、報告を行っていた兵士に尋ねる。


「……なあ。進軍してきている人類軍に、聖勇者はいるか?」

「はっ。人類の総戦力です。王国騎士団長、帝国四騎士、教皇国大魔導、共和国猟兵団長など、そうそうたる面々。もちろん、【鏖殺の聖勇者】の姿も確認されています」


 そうそうたる面々だ。

 まさしく、人類の総戦力だろう。


 多くの将校たちが顔を引きつらせるが、ラモンにとってそれらはどうでもいいことだった。

 聖勇者……アオイがその場にいるのであれば、是非もない。


「……ん、分かった。俺が引き受けるよ」

「おおっ!」

「ラモン」


 頷いたラモンに対し、参謀はついに鬱陶しかった男を屠れると歓喜に震え。

 彼のことを信頼する指揮官たちは、諫めようとする。


「それでは、よろしくお願いします。ああ、今回の目的は、魔王軍の再編成。多くの兵士をお渡しすることはできませんが、頼みますぞ」


 しかし、参謀の言葉に唖然とする。

 百万の敵軍に対し、命を懸けて足止めをしろ。


 だが、兵士は多くは出さない。

 ありえないことを吐く参謀に、指揮官たちが声を張り上げる。


「なんだそれは! 後から訳の分からんことを付け足すな!」

「敵軍の足止めが目的なら、戦力を与えないでどうする! ただ潰すつもりか!?」

「ええい、うるさい! 現場の小童どもは黙っていろ!」


 紛糾する会議場。

 もはや、お互いの罵詈雑言だ。


 このままいけば、暴力沙汰にもなりかねない。

 そんな中、静かではあるが重々しく口を開いたのは、ほかならぬラモンだった。


「今回のこと、戦力がまったくないというのは論外だ。ただ、軍の目的が再編成の時間稼ぎっていうのも分かっている。だいたい、今回の足止めは生きて帰れる可能性が低いから、無理に兵士を引っこ抜くわけにもいかない」


 誰もがラモンの言葉を静かに聞く。

 そんな周りを見渡して、彼はさらに言葉を続けた。


「どうだろう。俺が呼びかけ、それに応じてくれた兵だけを残すというのは。自分から望むものは士気も高いだろうし、俺の呼びかけに応える魔族はそれほど多くないだろう?」


 少し考える参謀。

 なるほど、これなら悪くない。


 むしろ、ラモンに不利だ。

 いまだに彼を人間だと見下し、忌避する魔族の方が多い。


 しかも、向かう場所はほぼ確実に生きては戻れない死地。

 多くの兵が応えるわけもない。


 ニヤリと笑って、参謀は頷いた。


「……ふむ、構いませんよ。しかし、引き受けていただいたからには、必ず時間稼ぎをしてください。たとえ、何を犠牲にしようとも」

「ああ、もちろんだ」




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