第82話 馬鹿なの?
【鏖殺の聖勇者】アオイの復活。
教皇ゴルゴールが悪魔の力を借り、万の魂をささげることによって、第四次人魔大戦の英雄を蘇らせた。
彼女はゴルゴールに忠実にして従順。
そして、世界最強と言って差し支えない力を持っている。
そんな彼女を再び使役し、世界の支配者となる。
自分の野望を間接的にとはいえ邪魔した【赤鬼】ラモン・マークナイトが復活していることも知った。
アオイを使い、今度こそ奴を絶望の間に八つ裂きにする。
そう思っていたのに……。
「……私の聞き間違いか? 今、私の命令を断ったように聞こえたが」
予想していなかったことが起きると、人間はだれしも思考を止めてしまう。
ゴルゴールは頭が切れるが、まさに今そんな状態だった。
いや、ただの予想外程度のことならば、彼もすぐさま復帰して、打開策を考えだすだろう。
しかし、例えば大地がひっくり返るように。
たとえば、太陽が東からではなく西から昇るように。
常識と思っていたことが覆されると、さしものゴルゴールでも機敏に頭を回転させることはできなかった。
アオイに歯向かわれるということは、それほどのありえないことだった。
なにせ、彼女には聖勇者としての訓練の最中、たっぷりと洗脳している。
決して自分に逆らえぬよう、薬や魔法を使って。
だから、人類最高戦力を、自分の思うがままに動かすことができたのだ。
しかし、目の前のアオイは、心底冷めた目をゴルゴールに向けていた。
「いや、聞き間違いじゃないわよ。というか、どうして私があんたなんかの言うことを聞かないといけないのよ。まったく意味が分からないんだけど」
絶え間なく吐き出される毒。
そもそも、第四次人魔大戦の当時、アオイの自我は抑制されていた。
感情は不要だ。
ゴルゴールにとって必要だったのは、使い勝手のいい人形だったのだから。
だから、感情を殺させ、何の疑問も抱かず命令に従い続ける殺戮人形に洗脳した。
だが、今彼女はかつてのように、感情表現豊かにゴルゴールを罵倒していた。
「……おい、悪魔。不具合があるぞ」
「いやいや、俺も今思い至ったんだが、お前が聖勇者を洗脳できたのは、まだ聖勇者としての力を覚醒していなかった段階だろ? 今、この女は聖勇者の力を覚醒させた後だ。そりゃ、洗脳なんて今から効くはずがねえよな」
悪魔はゲラゲラと笑う。
もともと、アオイを洗脳できたのは、聖勇者としての力をまだ発揮できていない、未覚醒の状態だったから。
すでに覚醒している人類最高戦力に、今から洗脳をしようとして効果があるはずがないのだ。
「だから、洗脳後のアオイを出せと……!」
「そんなこと、一度も言われてねえ。契約は、この女の復活だ。詳細な条件は決めてねえ。それに、そんな条件をつけるんだったら、さらに数万の魂を貰わねえとできねえよ」
「ちっ!」
忌々しそうに舌打ちをするゴルゴール。
悪魔は契約を貴ぶ。
契約内容は必ず履行する。
しかし、逆に言えばその内容に含まれないことは、悪魔次第なのである。
「(天使も悪魔も、少しでも気を抜けば骨までしゃぶられる。超常の存在というのは、本当にろくでもないな!)」
内心も見透かされているのだろうが、毒づくことは止められなかった。
そんな彼に、アオイがさらに言いつのる。
「私欲のために私を復活させて、その代償に万の魂? 私にどれだけの十字架を背負わせるつもりかしら? 死になさいよ」
洗脳されていた時には一切言えなかったこと。
一度口から出してしまえば、もはやとどまるところを知らない。
「だいたい、いきなり村から引っ立ててラモンから引き離して……。洗脳して好き勝手自分の目的のために人を殺させて……。あ、めちゃくちゃ腹が立ってきたわ。殺していい?」
「ま、待て。私はお前を蘇らせてやったんだぞ。いわば、命の恩人だ。それを殺すのか?」
アオイから濃密な魔力と殺気を感じ、慌ててゴルゴールは手を前に出す。
彼女がその気になれば、ゴルゴールなど一瞬で命を散らすと自覚している。
彼も教皇国大魔導の一人だった男だ。
そこらにいるチンピラなど、瞬殺することができる。
だが、相手は人類最高戦力。
次元が違うのである。
戦うとかは考えず、ただ感情に訴える。
「そもそも、お前をあの薄汚い村から拾い上げてやったのは誰だ? この私だ! お前はこの私、ゴルゴールのために尽くさなければならない。その責任がある!」
「ないわよ。馬鹿なの?」
唾を吐き散らしながら怒鳴るゴルゴールを、ひどく冷めた目で見るアオイ。
それは、道端に落ちている汚物を見るよりも冷たかった。
「はあ、もういいわ。……なぜだか知らないけど、ラモンもいるみたいだし、最優先はそっちね」
聖勇者として覚醒したアオイは、気配察知能力も卓越している。
たとえ、常人だと数か月はかかるほど離れている距離でも、瞬時に察知することができた。
確かに相討ちになったはずの幼なじみが、この世界でまだ生きていることが分かる。
彼は死なずに生き延びたのだろうか?
だとしたら、嬉しいことこの上ない。
とにかく、早く会いたい。
会って、話がしたい。
最期の時に、約束したように。
「じゃあね。二度と会わないことを祈っているわ」
「ま、待て――――――!!」
慌てて制止しようとするが、アオイは完全に無視する。
ズドン! と大きな音がするとともに、爆風が吹き荒れる。
目も開けていられなくなり、次にゴルゴールが目を開いた時には、アオイの姿はどこにもなくなっていた。
「……どうするんだ?」
「……私が聞きたい」
そのゴルゴールの姿は、千年付き合ってきた悪魔でも初めて見たほど弱弱しいものだった。
◆
「まさか、ラモンが生きているとはね。ふふふっ、久しぶりに会うから、何を話そうかしら?」
ウキウキとした表情で空を飛ぶアオイ。
空中を蹴るような形で、前に飛んでいる。
まずその状況自体がおかしいのだが、速度もバカげているほど速いので、誰の目にも留まることはなかった。
ゴルゴールの前から飛び出したアオイ。
一瞬殺してやろうかと悩んだほどだったが、すでにゴルゴールのことは頭の中からぶっ飛んでいた。
ラモンとゴルゴールを天秤にかければ、一瞬で前者に傾くのは当然である。
「やっぱり、彼に経験したことを話してもらうのがいいわよね。私は死んでいたし、話すことなんて地獄の鬼をいじめていたくらいだし。それは面白くないわよね」
頭の中では、どんな会話をラモンとするかでいっぱいである。
いや、どのように再会をするかも考えなければならない。
ドーン! と現れるのか。
それとも、スッと前に現れるのか。
前者は襲撃だと思われたら嫌だし、後者は幽霊だと思われても癪だ。
こういう悩みをするのも楽しいと思っていたところ、はたとあることに思い至った。
「……長い間が空いちゃったから、ラモンも奥さんとかもらったのかしら?」
そうだ。
つい先ほどまで、妄想していた再会では、自分とラモンの二人きりだった。
だが、彼の傍に誰もいないということは、考えにくい。
彼は優しく、格好いい。
村にいた時は、まあ一緒になるのもやぶさかではないと思っていたほどの相手だ。
ちなみに、他の男連中は論外であり、交渉の余地はないという評価である。
アオイも認める男だ。
誰か隣に立っていないと言うことの方がありえない。
だとしたら、見る目がなさすぎる。
「まあ、別に構わないけど。そんなの関係なく、私とラモンは幼なじみだし」
だからと言って、自分が配慮してラモンから離れることはない。
今までさんざん意に反して引き離され続けたのだ。
それに、別に今更彼と恋愛関係になんてならない。
そんなお子様な関係、すでに超越しているのだから。
「というか、あの戦場で私は告白されたし。ということは、私の方が先だし。むしろ、私に譲るべきだし」
うんうんと頷くアオイ。
完璧な理論武装だ。
自分のことながら惚れ惚れとする。
これで、自分が咎められることはないだろう。
そのことに安心すると、ふと気づく。
「……そういえば、変な匂い、しないわよね? ちょっと前まで死んでいたし、地獄もお世辞にもいい匂いがする場所ではなかったし……」
クンクンと腕を上げ、腋の匂いを嗅ぐ。
ムダ毛一つ生えていないツルツルの美しいものだ。
もちろん、顔を背けたくなるような匂いはない。
……だが、少しだけ汗の匂いがした、気がした。
「……あそこに湖があるわね。別に何の理由もないけど、ちょっと寄りたくなったわ。ついでに水浴びもしようかしら?」
眼下に見える綺麗な湖。
特に理由はないけれど、降りることにした。
決してラモンと会う前に身体を清めておこうと思ったわけではない。
本当だ。
「まさか、またこの姿で会えるなんてね。本当、不思議だわ」
生き返れるなんて微塵も思っていなかった。
そこに、ラモンがいるとも。
アオイは、彼女の最期の記憶――――ヘルヘイムの戦いを思い出すのであった。
最終章です!
最後までよろしくお願いします。




