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第81話 嫌だけど?

 










 絢爛な部屋がある。

 調度品や家具は、どれも一級品。


 この部屋に居住できる者が、どれほどの富を持っているかがすぐにわかる。

 そして、ここには二人の男が立っていた。


 家具を移動させて中央に大きな空間を作り、魔方陣を描いている。


「力を貸した俺が言うのもなんだが……しかしまあ、お前もよくやるよな、ゴルゴール」


 男はニヤニヤと笑いながら、もう一人の男――――ゴルゴールを見る。

 第四次人魔大戦を経験しているのにもかかわらず、彼は壮年の若々しい姿のままだ。


 確かに、人間でも高質で多量の魔力を持っている者は、長生きできる。

 アイリスがいい例だ。


 しかし、ゴルゴールは教皇国大魔導の一人だったとはいえ、千年を生きられるほどの力はなかった。

 だが、ここにいる彼は本物だ。


「何がだ?」

「俺の力を借りる際の代償だよ。一か月ごとに10人の魂。それを俺に貪らせること。それを律儀に守り続け、命をつないでいることさ」


 自分の力だけではたどり着けない長寿を、彼は男の力を借りることによって成し遂げていた。

 毎月10人の人間を殺し、捧げることによって。


 ゴルゴールはまったく罪悪感を抱いていない様子だ。


「私には生きなければならない理由がある。その礎になる彼らも、有意義な人生だったと誇れるだろう」

「俺に食われた魂は、輪廻から外れる。つまり、二度と生き返ることができない。完全な消滅さ。それでもか?」

「ああ、まったく意識は揺らがないよ。私はこれからも毎月お前に魂を届ける。楽しみにしておけ」

「くくっ。俺はそれで全く構わねえが……とんだ男だよ、ゴルゴール。そんなお前が、今や教皇様だ。偉くなったものだよ」


 邪悪にほくそ笑む男。

 彼からすれば、ゴルゴールがどのような手段で自分に魂を届けているのかはどうでもいいことだ。


 確かに魂をささげられている以上、彼はゴルゴールに力を貸し続ける。

 こんな最低なことをしている彼でも、教皇国のトップなのだ。


 世の中、悪人がはびこるものなのだと改めて認識させられる。


「それに、天使を信仰しなければならない教皇国のトップが、悪魔の俺と手を組んでいるなんてな。こんなこと、他人に知られるわけにはいかねえよなあ」


 寿命を延ばすなんてこと、超常の存在の力を借りなければできないこと。

 ゴルゴールは教皇国が信仰する天使ではなく、悪魔に力を借りた。


 悪魔は契約を遵守する。

 毎月魂を届けられ続けている以上、悪魔がゴルゴールを裏切ることはない。


 一方で、天使は契約などを用いず、自分勝手に欲望のままに行動する。

 そもそも、魂を彼らは貪らない。


 何を代償として要求されるのかもわからないし、それを守っていたとしても、唐突に力を貸さないと言ってくることもありうる。

 だから、ゴルゴールは悪魔と手を組んだ。


「天使はすでに知っているだろうな。ただ、奴らは信仰があればそれでいい。私が教皇国の国教を変えたりしなければ、あちらも干渉はしないさ」


 天使はゴルゴールが悪魔と手を組んだことによって、報復してくることはない。

 信仰が大きく減るようなことをすれば危険だが、その邪魔さえしなければ、天使たちが介入してくることはない。


 天使は、ゴルゴールにそれほど興味を抱いていないのだ。


「そして、この国で絶対は私だ。私に逆らうことはできない。それに、ちゃんとお前に捧げる魂は厳選している。誰かが探すような者は選んでいないから、安心しろ」


 唯一ゴルゴールの邪魔をできるのは、この教皇国に住む人間だ。

 毎月10人が殺されるとなると、問題になるだろう。


 しかし、それはその犠牲者を大切に思う人がいればの話だ。

 家族もいない、大切に思うような人がいない路上生活者や孤児を使えば、何ら問題ない。


 悪魔に捧げられているのは、そういった人間だった。


「そうかよ。じゃあ、俺も一ついいことを教えてやる。俺たち悪魔と天使は不可侵条約がある。俺と手を組んでいるからと言って、それだけを理由に天使たちから殺されることはねえよ」

「それはいい」

「で、今度は【鏖殺の聖勇者】の復活か。このために万の犠牲者を出すんだから、本当人間って怖えよ」

「かつての大戦の英雄を蘇らせると伝えたら、喜んで捧げてくれたよ。足りない分は、いつもの選別したものを選んだ」


 もちろん、ゴルゴールは路上生活者や孤児などを、強制的に引っ立てたわけではない。

 そんなことをすれば必ず角が立ち、いずれ自分に不都合なことになる。


 手厚く保護し、自分を完全に信頼させる。

 そして、教育という名の洗脳を行い、自分の魂をささげることを尊いことだと思わせる。


 そうすれば、自発的に魂をささげる者が多く生まれるのだ。


「しかし、悪魔のお前も知っているんだな、聖勇者のことは」

「あったりまえだろ。歴代勇者の中で、あいつより強い奴はいねえ。そりゃ、俺たちだって好奇心を満たすために見るさ。それを生き返らせるって言うんだから、お前と組んでいてよかったぜ」

「聖勇者は、天使が選別した女だった。だが、あれを育て、行使していたのはこの私だ」

「お、独占欲か?」

「ああ、独占欲だとも。私がこの世界の支配者となるために、彼女は必要不可欠だ」


 ゴルゴールが思い出すのは、最強の勇者。

 自分に従順で、よく働いてくれた。


 魔族に押される一方だった戦況を一気に盛り返し、最終的に人類が勝利することに多大な功績を上げた。

 そのおかげで、彼女を見出したゴルゴールは競争の激しい教皇へと手をかけることができたのだ。


 もちろん、邪魔な対立候補を、彼女を使って処理させたというのも大きい。

 人類最強の戦力を、自分の手駒として利用できるのは、どれほどの快感か。


「あれは、最高にして最強の暴力装置。何人も寄せ付けないあの力が、すべての生物を支配する」

「おいおい、いいのか? 力による支配は長続きしねえぞ?」

「構わん。私の代だけでいいのだ。私が世界の王となる」


 自分の後のことなど知るか。

 権力者は自分の子供にその権力を引き継がせようとするものだが、ゴルゴールはまったくそんなことを考えていない。


 むしろ、彼の子供はすでに亡くなっている。

 千年も生きていれば、当然だ。


 自分が生きている間、自分が支配者となれたらそれでいい。

 そして、悪魔と契約を結んでいる以上、自分の寿命は非常に長い。


 その間、支配者として君臨し続けるのだ。


「まあ、確かに聖勇者の力は強大だ。俺たち悪魔も、ヘタすら消滅させられるから、深入りはしねえなあ。でも、あれも最後は殺されたんだ。そのことはちゃんと考えているのかよ?」

「あれを殺したのは【赤鬼】。同じく化物だ。だが、あの化け物も相討ちという形で死んでいる。そして、あれらのような化物は、もう出てくることはない。考える必要はない」


 苦々しくゴルゴールの顔がゆがむ。

【赤鬼】ラモン・マークナイト。


 そう、奴こそが順調なゴルゴールの出世街道を邪魔した。

 ラモンが聖勇者を殺さなければ、彼女を使ってもっと早く世界の支配者になれたことだろう。


 だが、あれはもう死んだ。

 何ら考慮する必要はない。


 そう思っていたゴルゴールに、悪魔はニヤニヤと笑いながら告げた。


「へー。あいつ、生き返っているけどな」

「…………それは、あの下らん迷信だろう? よくあることだ。強大な存在が死んだことを受け入れず、どこかで生き延びているというホラを広める馬鹿もいる。普通の魔族なら私も警戒していたが、【赤鬼】に関してはありえん。あれは、人間だからな」


 強大な存在が死んだことを認めず、どこかで生きているという亡命説は、よくあることだ。

 ラモンもその功績は著しい。


 魔族がその噂をするのはそれほど不思議なことではない。

 しかし、王国で赤鬼復活説が生まれたのは、ゴルゴールとしても不可解だった。


 どこかの地方都市で貴族がボコボコにされたらしいが……。

 それを【赤鬼】に結びつけようとしているのは滑稽だと笑っていた。


 しかし……。


「だからよぉ、お前が俺を利用して聖勇者を復活させようとしているように、似た存在に【赤鬼】を復活させようとした奴がいるってこと、何で想像できねえんだ?」

「……まさか、あいつが生き返っていたとはな」


 悪魔は嘘を言っていない。

 それが分かったゴルゴールは、目を見開き……。


「はははははははっ! くっ、くははっ! はーはっはっはっはっ!」


 大きな声で笑った。

 これ以上愉快なことはないというほどに、ゲラゲラと。


 情報を与えた悪魔も目を丸くする。


「ああ、それはいい話を聞けた。感謝するぞ、悪魔」

「いい話だと?」

「もちろんだとも。この私の計画をめちゃくちゃにした、あの裏切り者。奴だけは、私の目の前で、絶望を与えてからズタズタに引き裂いてやりたいと思っていたのだ」


 怒りが再燃してくる。

 何とか割り切りをつけた感情だった。


 報復したくとも、その相手はもうこの世にいない。

 だから、これは我慢して蓋をしなければならない。


 そう思っていたが、報復のチャンスがやってきた。


「その望みがかなう! いつか、お前に代償を差し出しても叶えたかった望みだ。それが、私の目の前に転がり込んできてくれるとは……! 最高だ!」


 どのように痛めつけてやろうか。

 自分が今考えていることはすべてやる。


 自分が考えつかないようなことも……。

 ああ、我慢できない。


「さあ、さっさと聖勇者を蘇らせよう。奴が大切にしていた女を、再び私が使役する。意趣返しには、なかなかだろう?」

「ほんっと、下種だなお前。まあ、嫌いじゃねえけどよ」


 ラモンとアオイが既知であることは、ゴルゴールも知っている。

 大切に思っていたのだろう。


 そんな存在をまた駒のように扱ってやり、しかもラモンに剣を向けさせれば……。

 かつてやったことを、もう一度繰り返す。


 愉快なことじゃないか。


「じゃあ、やるぜ」


 悪魔の言葉に頷く。

 魔方陣が輝き、魔力が溢れ出す。


 それは、教皇国大魔導の一人であったゴルゴールでさえも、決して生み出すことができないほど濃密で多量の魔力だった。

 数万の犠牲者を出しただけのことはある。


 そして……。


「…………」


 魔方陣の中心に現れたのは、かつての衣装を身にまとった【鏖殺の聖勇者】アオイ。

 人類の英雄にして、ゴルゴールが最も求めていた女が、そこにいた。


 ウェーブがかった黒髪は魔力の風で優しくたなびき、端整に整った顔に時折かかる。

 起伏に富んだ肢体は、彼女が多くの貴族から求婚された理由の一つだ。


 もちろん、ゴルゴールが自分の最大の手駒を手放すはずもなかったが。


「おおっ、聖勇者! よく私の元に戻ってきた。さあ、昔のように、この私に尽くすがいい。そして、私を世界の王に押し上げるのだ!」


 求めていた存在が目の前に再び現れ、ゴルゴールは歓喜する。

 この女がいれば、もはや世界は自分のものだ。


 その過程で、憎き【赤鬼】も徹底的に痛めつけてやる。

 もはや狂喜とも呼べるほど、邪悪に顔を歪ませていた。


 そんな彼を、アオイは見る。

 冷たい無表情は、聖勇者となった際の弊害だ。


 だから、ゴルゴールはかつてのアオイが戻ってきたと喜んだ。

 そんな彼を見て、アオイはゆっくりと瑞々しい唇を開いて……。


「は? 嫌だけど?」

「…………は?」



第4章終わりました。

次回から最終章突入です!

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新作です! よければ見てください!


その聖剣、選ばれし筋力で ~選ばれてないけど聖剣抜いちゃいました。精霊さん? 知らんがな~


本作のコミカライズです!
書影はこちら
挿絵(By みてみん) 過去作のコミカライズです!
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挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)
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