第80話 とても楽しいですっ♡
夜。
ワイワイと仲良く食事の準備をしているのは、シルフィとレナーテ、ナイアドだ。
……いや、遠くから見たら確かに活気あふれる仲良さげな感じなのだが、近くで見るとかなりギスギスしているのが分かる。
ナイアドは半泣きだった。
しかし、少し離れた倒れた木に腰かけ、ボーッと夜空を見上げているラモンには分からないことだった。
すでに、ミカエルとの会談は終わっている。
彼の要請を受け入れ、ゴルゴールと戦う決意を固めている。
だから、これは気の迷いとか悩んでいるとかではなく、ただ昔のことを思い返しているだけだった。
「なーにたそがれているんですか、ラモン?」
「……オフェリアか」
そんな彼の隣にひょっこりと姿を現したのは、オフェリアだった。
先ほどまで姿を消していた彼女。
まあ、シルフィもレナーテも彼女のことを快く思っていないので、いてもギスギスしただけだろう。
それも面白がってわざと居座りそうなものだが、どうやらラモンと二人きりになれる時を探っていたらしい。
ぴったりと密着するように座ってくる。
凹凸がはっきりとしたスタイルのシルフィとレナーテがいるが、オフェリアのそれはさらに上回る。
軽く身じろぎするだけで揺れ、生暖かい感触が伝わってくる。
……ので、ラモンはスッと距離を空ける。
照れたとかではない。
普通に天使と近くにいるのが嫌だった。
なお、人の気持ちを一切考慮しないオフェリアが、さらに身体を詰める模様。
しばらくくっついては離れての攻防を繰り返していたが、先に根を上げたのはラモンだった。
密着してくるオフェリアに、ため息をつく。
「なんだ、まだいたのか?」
「ひどっ! ずーっといるですよ。僕、暇でしたし」
「暇つぶしに天使についてこられるのは嫌だなあ」
「そんなこと言ってー。本当は嬉しいくせにー。こんなダイナマイトボディの僕っ子天使が、好き好き言って近づいてくるんですよ? 男なら垂涎ものですよ!」
へいへーいと自分の胸を下から持ち上げて揺さぶる。
だぷだぷととても重たそうに揺れている。
男なら目を引き付けられてやまないだろう。
しかし……。
「内面がなあ……」
「そこは変えられないし変えたくないところなので、我慢してくださいですはい」
ケラケラと笑うオフェリア。
そんな彼女に毒気を抜かれつつ、ラモンは話しかける。
「元気だったか? いや、あの時に殺した俺が言うのもなんだけど」
「いやいや、あれは僕にとって悪い記憶じゃなく、とても良い思い出ですから、何も気にする必要はないですよ」
「殺された記憶を良い思い出って言えるのは凄いな」
心からの驚きを隠すことなく表す。
そもそも、ラモンとオフェリアの関係は、殺した者と殺された者の関係。
メルファを殺した報復にやってきた天使の中の一人である。
そして、他の天使たち同様、オフェリアはラモンによって……というより、張り切ったダーインスレイヴに殺されている。
他の天使と違ったのは、魂のストックがあるという点だ。
だから、彼女は一般的な憎悪や憤怒を抱くことなく、ラモンにむしろ好感を持って接することができている。
「まあ、僕はラモンと違って魂のストックがあるし、生死に対する思いがそれほど強くないんですよね。人間とは比べものにならないほど長寿で、寿命以外でほとんど死ぬことがないからこそ、退屈というものを恐れるわけですが」
「そうか」
気にしていないという点においては、ラモンも同じである。
オフェリアに対して後ろめたさも覚えていないし、彼女がそう言うのであればそれでいいと態度で表していた。
「ちょっとくらい謝ってくれてもいいんですよ?」
「嬉々として俺を殺そうとしてきたくせに、罪悪感なんて持てないな」
「えー? 別に殺そうとは思っていなかったですよ?」
「遊ぶ過程で俺が死んだら、それはそれって感じだっただろ」
「……てへっ♡」
輝くような笑顔は異性を一瞬で恋に落とすような力があったが、その内面がどす黒く腐りすぎているので、ラモンは微塵もときめかなかった。
オフェリアはラモンが大好きだ。
それは、嘘ではない。
だが、それが純粋な好意かというと、まったく異なっている。
彼女にとって、ラモンはとてもお気に入りの観察対象なのだ。
彼は面白い。
やることなすことすべてがオフェリアの心に突き刺さる。
だから、ラモンが今のような輝きを放ち続けてくれる限り、オフェリアは彼の味方である。
「しかし、あんたが来てから、また一気に進んだな。俺が生き返った理由が、こんなにもあっさりと判明するとは思っていなかったよ」
「それ以外に何か目的はあるですか?」
「知り合いに会うくらいだったなあ。もう友好的な知り合いは全部会っちゃったから、もうそれも終わったんだけど」
「あのウンディーネはラモン派の幹部、魔族の姫はラモンが魔王軍に入る手引きをした女。あとは……」
オフェリアはラモンの仲間たちを見る。
ウンディーネ、シルフィ。
戦闘を得意とする種族ではないが、彼女は特別だ。
魔族の中でもトップクラスの戦闘能力を誇る特異性があり、かつての大戦時でもラモンの指揮下に入り、人類軍を大いに苦しめた。
魔族の姫、レナーテ。
魔王の娘であり、その求心力はいまだに高い。
魔族の現政権に囚われていたのも、彼女を陣営に入れることによって正統性を保持するためである。
人間ほど気にしない魔族でも気にするほどなのだから、レナーテの特別さが分かるだろう。
また、彼女自身幻覚魔法の使い手で、そのレベルは非常に高度である。
この二人は、まさしくラモン派の大黒柱。
レナーテは後ろ盾という意味も大きいが。
「ナイアドは蘇ってから出会った妖精だな。あとは、リフトとも会ったし、アイリスとも」
「ラモン派幹部のイフリートと、帝国勇者パーティーの聖女ですか。本当、凄い連中がラモンの元に集まっているですね」
オフェリアは純粋に感嘆する。
ナイアドという妖精はいまいちよく分からないが、リフトはシルフィと並んで大戦時に悪名を轟かせたラモン派の幹部である。
その暴力的なまでの攻撃力は、城塞をも破壊するほど。
帝国の勇者パーティーの聖女、アイリス。
本来であればラモンと敵対し殺し合うはずの彼女だが、個人的なつながりを持っている。
その回復魔法の力は、死亡直後の死者すらも蘇らせることができるのではとささやかれるほど。
今はホーリーライトの信仰対象となっており、影響力の強さは現代では一番かもしれない。
ラモンの周りにいる人は、全員が特別だ。
個性が強いともいえる。
やはり、ラモンは見ていてとても面白い。
「でも、ラモン派はもっといましたよね? 彼らには会いに行かないんですか?」
「……ラモン派なんて派閥があると知らなければ、俺も喜んで会いに行ったんだがなあ。……会いづらいわ」
ラモンは魔族からも忌み嫌われていたが、戦場で戦果を挙げ続けるにつれ、現場にいた魔族の一部から信頼を得るようになった。
最後の戦い、ヘルヘイムの戦いにおいては、ほぼ確実に死ぬと分かっていても、彼に付き従った兵士が、数千人といるのだ。
その多くが命を落としたが、戦いに参戦していなかったラモン派もいる。
彼らはまだ存命だし、会おうと思えば会えるのだろうが……。
自分の派閥なんて知ってしまったラモンは、どうにも会いに行きづらかった。
「じゃあ、僕に会いに来てくれたらよかったのに」
「言っただろ。あんたらの本拠地なんて知らないし、あんたに会いたいわけでもなかった。俺は殺したと思っていたしな」
「僕は会いたかったですよ。ラモンと遊んでいた時が、一番退屈を忘れられて面白かったですから」
ニコニコと笑うオフェリア。
「今回のことも、とっても楽しそうです」
「……力を貸してくれるのか?」
「もちろんです。悪魔はあんまり好きじゃないですし、彼らをおもちゃにするのは面白そうです」
キラキラと目を輝かせるオフェリアに、ラモンは苦笑を浮かべる。
悪魔もまた超常の存在。
それをおもちゃにしようとできるのは、彼女くらいなものだろう。
そのおもちゃの……しかも、お気に入りの一つにされているという自覚はなかった。
「僕はラモンの味方ですよ」
「俺があんたにとって利用価値がある間は、だろ?」
「利用価値なんて偉そうなことは言えないですよ。ただ、退屈はダメです。それは、本当に」
数千、数万の時を生きる天使にとって、退屈こそが死。
精神が死んでしまうからだ。
だから、それは人間が戦争や災害、病気を恐れることと同じだ。
それを避けるために、天使たちは自分勝手にふるまう。
それは、オフェリアも変わらない。
「だから、そこにいるだけで厄介ごとが降りかかってくるラモンを見ているのは、とても楽しいですっ♡」
輝く笑顔で絶望の言葉を吐くオフェリア。
ラモンは心底げんなりした顔を浮かべた。
「……マジでどこか行ってくれないかな、あんた」
「さあ、悪魔とゴルゴールとかいう人間をぶっ殺しに行くですよー!」
彼の言葉を完全に無視して、えいえいおーと拳を掲げるオフェリアであった。




