第79話 生きていたのか
「……そうか」
ふうっと息を吐く。
驚きはある。
しかし、それほど大きなものではないのは、心のどこかで予想していたからかもしれない。
第四次人魔大戦の際、多くの英雄が現れた。
名が通った英雄は、人類側にも魔王軍にも表れた。
その中でも特に有名だったのは、魔王軍の【赤鬼】。
そして、人類側の【鏖殺の聖勇者】である。
俺が蘇っていたら、対となるアオイも生き返っているのではないか?
そう思っていたのだ。
「驚かないんですの?」
「いや、俺も蘇ったから、俺以外もいるとは思っていたんだ。それがアオイっていうのは驚いたけどさ」
俺だけだと思う方がおかしいだろう。
とはいえ、ようやく休むことのできた彼女がまた誰かのためにこき使われるのは、我慢しがたいんだけど。
「あんたらがアオイを復活させたってわけじゃないんだろ? だったら、わざわざ俺にこんなことを言う必要はないもんな」
「その通りです。私が監視していた悪魔が、儀式によって復活させたことを確認しました」
悪魔という言葉に、俺は深いため息をついた。
これもまた、天使と同じく超常の存在だ。
……どいつもこいつも。
この世界の超常の存在は、全部馬鹿なのか?
「天使もいれば、悪魔もいますわよね」
「どっちもロクでもないがの」
コソコソとナイアドと姫さんが話をする。
まあ、聞こえているだろうけど。
オフェリアはそういうのは一切気にしないタイプだし、ミカエルは苦笑いしているだけだ。
……本当に、どうして天使長をしているのか分からないくらい温厚だな、この天使。
「アオイを復活させた連中の目的は?」
「明確には分かりません。しかし、相手は悪魔の力を借りた者。そちらの魔族の姫の言う通り、ろくでもないことでしょう」
ミカエルの言葉には、隠し切れない嫌悪感がにじんでいた。
……俺は生前から天使としか関わったことがないから、悪魔のことは知らない。
だが、天使を信仰する教皇国ではあるが、悪魔信仰する人間もいるということは知っていた。
「私は興味がないので知りませんが、天使は悪魔と仲が悪いんですか?」
「似たような存在ですからねー。まあ、僕は面白ければ悪魔でも遊ぶんですが。人間の信仰という限られた資源を取り合いしているんです」
……要は、縄張り争いか。
なんてしょうもない……。
とはいえ、人間も国境などを巡って……つまり、縄張り争いで戦争をすることもある。
超常の存在も人間も、大して変わらないということだ。
「……そうか。やっと休めたアオイを、また無理やり自分たちのために利用しようとするやつがいるのか」
チリッと大気が引き締まる。
それが、自分から漏れだした殺気だと分かっていたとしても、どうしても止めることができなかった。
落ち着け。
ここで怒りを露わにしても、何のメリットもない。
ナイアドを怖がらせてしまうだけだ。
シルフィと姫さんは修羅場を潜り抜けているから大丈夫だが……。
……どうしてオフェリアは心底嬉しそうに笑っているんですかね?
「……私があなたを蘇らせた理由は、ただ一つ。聖勇者の安眠に、ご協力ください」
ミカエルが深く頭を下げてくる。
天使なら絶対にとらない態度だ。
……本当にこいつ天使なのか?
「それは、あなたたちだけではだめなんですか? 天使なら、個の持つ力も大きいと聞いていますが」
「あー、天使と悪魔って、不可侵条約があるんですよ。お互いのやることに介入しないようにしましょうって。超常の存在同士の殺し合いは、世界に与える悪影響が大きすぎるですからね」
シルフィの問いかけに、オフェリアが面倒くさそうに答える。
オフェリアは仮に不可侵条約がなければ、嬉々として悪魔にもちょっかいをかけていただろうな。
彼女の性格から考えて、ほぼ間違いなく。
「ただ、人間のあなたが悪魔と戦うのであれば、それは天使と悪魔の戦争にはなりません」
「……ラモンをあなたたち天使のために道具のように使うと?」
今度はシルフィからピリッと張り詰めた空気が流れる。
「……言い訳はしません。しかし、聖勇者が操られて悪行に加担させられれば、誰も望まない最悪の結末になることが予想されます。ですから、【赤鬼】と称されたあなたのお力をお借りしたい」
ミカエルの言葉に、自分を落ち着けるために深く息を吐き出す。
天使のために行動しろ、と言われたら何が何でも拒否する。
だが、それにアオイが関与していて、また彼女が苦しめられそうになっているのであれば。
俺は……。
「あんたらのためじゃない。ただ、アオイのために動く。それでいいよな?」
「ええ、もちろん」
このことに首を突っ込むことにした。
生前は、相討ちという形でしか彼女を助けることができなかった。
なら、今度はもっとうまく……。
「おほぉ♡ 怒っているラモンもいいですねっ!」
「こやつ、妾よりヤベエ」
なぜか恍惚とした笑みを浮かべているオフェリアに、姫さんは珍しく引いていた。
姫さんにそういう顔をさせられるのは、彼女くらいだろう。
ちょっと尊敬。
「アオイを蘇らせた首謀者は分かっているのか?」
「ええ。悪魔の力を借りてその寿命を延ばし、今回の死者蘇生をも行った人間です」
「人間……」
悪魔そのものではなく、その力を借りて人間がアオイを……。
昔と一緒だな、おい。
いったい誰だと思っていれば……。
「名を、ゴルゴール。かつて、教皇国大魔導の一人に数えられていた男です」
まさかの知った名前が出てくる。
俺は歯を噛み砕かんばかりに力を込めた。
「……生きていたのか、あの男」




