第71話 だから嫌いなんだよ
「なんですか、そのつまらなそうなゲーム名は」
シルフィがバッサリと切り捨てる。
俺もそのゲーム名に不穏なものを感じ取り、できる限りやりたくないと思った。
オフェリアはシルフィの言葉を受けて、露骨にショックを受けたように表情を変えた。
「ひっどいです! というか、ラモン以外からそんな辛辣なことを言われるのはむかつきますねぇ。殺しますよ?」
「焼き鳥にされたいようですね」
二人とも濃密な殺気を発し、ぶつかり合わせる。
俺も姫さんもこれくらいなら慣れたものだから平気だが、ナイアドは意識を飛ばしかけている。
彼女をカバーしてあげたいのだが、今の俺はオフェリアが言ったゲーム内容を聞かなければならない。
あまりにも悪い予感しかしないネーミングだ。
内容を確かめ、ことと次第によっては……。
「どういうゲームか説明してもらっていいか? 内容によっては、あんたを逃がすわけにはいかなくなる」
「おぉう、この殺気。天使である僕に対して、こんなにも強い敵意が向けられるなんて……。刺激的すぎます……!」
そんなに強く睨んだつもりはないのだが、オフェリアはブルリと豊満な肢体を揺らして顔を赤らめる。
……殺意と敵意を向けられて悦ぶのは、本当に変態だと思う。
つい先ほどシルフィから殺意を向けられていたが、彼女にとって重要なのは、人間から向けられることなのだろう。
もともと、天使を信仰していない魔族からは、嫌われても新鮮味はない。
ただ、本来であれば信仰し、無条件で慕ってくれるはずの人間から敵対されるのが、目新しいのだろう。
「ゲーム内容は簡単です。あのですね、ここにいるのが、今のラモンの仲間ですよね?」
「ああ」
俺はオフェリアに頷く。
自慢の、大切な仲間だ。
それを見て満足そうにうなずいたオフェリアは、到底受け入れられない言葉を発した。
「ここにいる人の中で、本物を偽者と入れ替えておきました!」
「は?」
何を言っているんだ、このバカ天使は。
思わず彼女を凝視してしまう。
その後、ゆっくりと周りにいる彼女たちを見る。
シルフィ、姫さん、ナイアド。
……この中の誰かが偽者?
「いつの間に……」
「ふっふっふっ。天使パワーです。不思議な力ですよぉ」
シルフィが苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべれば、オフェリアは嬉々としてへんてこな踊りを披露する。
ふざけているが、誰にも悟らせずに誰かを入れ替えたと言うなら、オフェリアの能力の高さを表している。
そもそも、ここにいるのは全員曲者だ。
全員、大人しくすり替えられるような柔い性格はしていない。
めちゃくちゃ暴れるだろうし、そう簡単にオフェリアの思惑通りに進むとは思えない。
これも、オフェリアのブラフかもしれない。
本当は全員が本物で、疑心暗鬼に陥って右往左往する俺たちを見て楽しむつもりだけなのかもしれない。
彼女の性格を考えれば、それもありうる。
だが、もしオフェリアの言っていることが本当なのだとしたら。
誰かが知らないうちに、偽者に取り換えられていたとしたら。
「もしゲームでラモンが負けたら、その取り替えた本物は二度とラモンの前に出られなくしてあげますですっ!」
それを聞いて、俺の心がスッと冷たくなる。
ああ、そういう女だったな、オフェリアは。
俺はそんなことを思って……。
「そうか」
自分でも驚くほど冷たい声音になった。
次の瞬間、俺はオフェリアに飛びかかっていた。
「うがっ!?」
彼女の身体をしたたかに地面に打ち付ける。
仰向けに倒れた彼女の上に、何の遠慮もなく全体重をかけて座り込む。
そして、細い首に手を回し、力を込めた。
「あんたの思惑通りに動いてやるのも癪だ。ここであんたを殺したら、解決しないか?」
「じ、じないでずぅ。僕を殺じでも変わらないでずぅ」
苦しそうにしながらも、やはりオフェリアは楽しそうだった。
主犯を殺せば解決する類もある。
これもそうかと思ったが、そうではないらしい。
残念だ。
「そっか。でも、あんたを生かしておいても事態は好転しないようだし、とりあえず死んでくれ」
あっさりそう決めた俺は、一息に全体重をかけた。
細くて柔い首に俺の手が食い込み……。
ゴキッ。
嫌な音が鳴った瞬間、オフェリアの全身から力が抜けた。
「さすがラモンです。見事な手際でした」
「うむ、さすが妾のお前様」
「えぇ……。天使を絞殺するとかどうなっていますの……?」
かなりショッキングな光景だったと思うが、シルフィと姫さんはそれ以上に凄惨な戦争を経験しているためか、むしろ褒めてきた。
ナイアドは……なんだろう?
ともかく、オフェリアの言っていたことを信じるのであれば、この中の誰かが偽者だ。
それを見つけ出し、本物の彼女たちを救わなければならない。
さて、どうやって見分けたものか。
頭を悩ませると……。
「いやー、こんな躊躇なく殺してくるとは……。やっぱり、面白いですね!」
この場にそぐわぬ陽気な声。
俺もシルフィも姫さんも、全員が驚愕する。
「自分が殺されたことを面白いって……えぇぇぇっ!?」
呆れたように笑っていたナイアドは、その声の主が誰か気づいて驚愕する。
ニコニコと笑っているのは、先ほど俺に首を折られたオフェリアだったからである。
……そういえば、昔天使の報復で皆殺しにしたつもりだったのに、彼女はこうしてここにいる。
殺し漏れたかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「お、お化けですの! お化けが出ましたのぉ!」
俺の胸ポケットに入り込んで震えるナイアド。
アンデッドもいる世界なのに、何を怯えているんだこの子は。
「そういう能力持ちですか?」
「まあ、そんな感じです。ストックみたいな感じですね。こういう性格をしていると、この能力がないと持たないんですよねぇ。すぐに死んじゃって終わりです。そんなの、もったいないですものね!」
魂のストック。
化け猫みたいなものか。
死んでもストックがあれば、また蘇る。
こういう快楽主義的な女には、もっとも与えてはいけない能力だろう。
「……だから天使って嫌いなんだよ」
「僕はラモンのこと、大好きですよ?」
俺の言葉を意に介さず、オフェリアはニッコリと笑った。




