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第66話 とりあえず、あんたを殺してやりたいよ

 










 軽くウェーブがかった長い黒髪は、ラモンが知る時よりもさらに長くなっている。

 端整に整った顔立ちは、成長を経てさらに美しくなっていた。


 だが、そこに一切の感情を出していない無表情というのは気になった。

 戦装束を身にまとい、その凹凸のしっかりとした肢体を防護している。


 まさしく、絶世の美女。

 村でともに暮らしていた時よりも、さらに美しさに磨きがかかっていた。


「ほう、聖勇者か。近時、我ら魔王軍を随分と痛めつけてくれているようだ」


 攻撃を受けたザバスは、怒りを抑えきれずににじみ出していた。

 しかし、ラモンは今までの戦闘に加えて今のアオイの攻撃でまともに動くのも苦労するほどのダメージが蓄積しているが、ザバスはまだしっかりと自分の足で立っている。


 そこに、四天王としての強さを見た。


「助けに来たようだが……どうしてその男を巻き込んだのかは、私もよくわからんが」


 アオイの攻撃は、ラモンを巻き込んでしまった……なんて生易しいものではない。

 ラモン諸共、ザバスを仕留めるような攻撃の仕方だった。


 人類のために身を尽くして戦った彼に対して扱いがひどいように思われるが、しょせんは人間同士のこと。

 ザバスが気にしてやる道理はどこにもなかった。


「だが、彼を守りながら私と戦えるかな? 自慢じゃないが、私とお前が戦えば、周りへの影響は大きいだろう」


 ザバスが嗜虐的な目を向ける。

 先ほどの攻撃を見れば、とてつもない能力を持っていることは分かる。


 四天王である自分にも匹敵するやもしれない。

 しかし、それだけの実力者同士が争えば、周りは大きな被害を受ける。


 ここでいえば、ラモンが間違いなく巻き込まれ、命を落とすだろう。

 ならば、アオイは手加減して戦わなければならず、そうなれば気にする必要のないザバスが大いに有利となる。


「…………」

「無視か。まあ、そちらが早く殺し合いを望むのであれば、是非もない。さっさと終わらせるとしよう」


 ラモンたちは認めたものの、それでも人類が劣等種であるという認識は捨てていない。

 そんな連中と話をしたいわけでもないので、アオイが一切応えないのは悪いことではない。


 ザバスの全身から魔力が溢れ出す。

 その強さは目を見張るべきものがあった。


 たとえ全快状態だったとしても、ラモンは苦戦を強いられていたことが容易に予想できた。


「さあ、死ね!」


 爆発的な加速でアオイに迫る。

 ラモンはとっさに彼女を庇おうと、動きづらい身体を引きずってでも動こうとして……。


 一閃。

 アオイが剣を振るった。


 膨大な光が溢れ出し、それは瞬く間にザバスを飲み込んだ。

 空高くまで立ち上る強大な光は、ゆっくりと収まっていく。


 飲み込まれたザバスの姿はなかった。

 悲鳴すら上げることができず、完全に消滅していた。


「一撃、か……。ずいぶん強くなったんだな、アオイ」


 助けてもらったというよりも、その強さに唖然とするしかない。

 魔王軍四天王の一人を、たった一撃で倒してしまった。


 まさしく、圧勝である。

 村にいた時は戦い方なんて一つも知らなかった彼女が、こんなにも変わってしまっていた。


 数年間最前線で戦い続けていたラモンも、自分が変わったと思っていた。

 身体は引き締まってたくましくなったし、傷跡も多い。


 戦う能力も必要に迫られて高くなったと思っていたが、アオイはそれ以上だった。

 彼女が過ごしてきた数年間のことを思い、胸が痛くなる。


「…………」

「……アオイ? もしかして、俺のことを忘れたのか? ちょっとそれはさすがに悲しいぞ」


 相変わらずの無言と無表情。

 ラモンからすると、数年ぶりの感動の再会だ。


 たとえ、血なまぐさい戦場であったとしても。

 もう少し何かあってもいいのではないかと思ってしまうのは、悪いことではない。


「おい、アオ―――――」


 何も言ってくれないアオイに、さらに言いつのろうとしたとき。

 アオイが、剣を振るった。


 もちろん、この場で生きているのは二人だけ。

 彼女が攻撃したのは、ラモンだった。


「がはっ!? アオイ……?」


 血を吐き、地面に倒れるラモン。

 愕然とアオイを見上げる。


 彼女はゆっくりと近づいてきて、止めを刺そうと剣を振り上げ……止まった。


「……ラモン」


 ポツリと名前を呼ばれる。

 数年ぶりに聞いた、彼女の声。


 彼女の声で呼ばれる、自分の名前。

 しかし、そこに歓喜や安堵はなく、ただ悲痛な叫びが込められていた。


「助けて……」

「…………ッ!!」


 アオイは無表情ながら、美しい瞳からポロポロと涙を流していた。

 何かをこらえるようにグッと腕を硬直させると、その剣を振り下ろすことなく、彼女は飛び去って行った。


 動けないのはラモン。

 身体のダメージはもちろんだが、精神的な衝撃が大きかった。


 ……あれは、アオイだ。

 それは間違いない。


 偽者でも何でもない、本物だ。

 だが、正常でないことは明白だった。


 あの表情がコロコロと変わっていたアオイが、それを許されていなかった。

 戦い方すら知らなかったアオイが、魔王軍四天王の一人を圧殺した。


 そして、自分を殺そうとして……泣いていた。


「素晴らしい力だ。そうは思わないか、人間?」


 呆然としている俺に声がかけられる。

 ラモン以外の命は失われているはずの戦場。


 うめき声やかすれ声ならまだしも、力のこもった精悍な声だった。

 目を向ければ、そこには白い翼を携えた男が立っていた。


 まるで輝くような容姿端麗な男は、血みどろな戦場にはあまりにも不釣り合いだった。

 とはいえ、ラモンのように血や汚れは身体に付着していないが。


「ごほっ、ごほっ! あんたは?」

「この私に向かって、『あんた』とは。何とも不敬な奴だ。今にも死に行く存在でなければ、俺が殺してやったところだ」


 傲慢にラモンを見下ろす男。

 魔族が人間を見下すような目と酷似していた。


 つまり、彼が人間ではないことを明確に表していた。


「俺はメルファ。お前たち人間が崇拝し、ひれ伏すべき天使だよ。そして……」


 男――――メルファはアオイが立ち去った方角を見る。


「あの女を見出した天使でもある」

「…………」


 ラモンは黙り込む。

 彼が言っていることが本当だとしたら、自分からアオイが引き離され、彼女が涙を流す理由になったのは……。


「我ら天使を信仰しない魔族が勢力を広げているのは我慢ならなかった。だから、魔族を減らすために戦争を起こさせたのだが……人間は脆弱だ。一方的に押されるばかりでな。そこで、俺の慈悲により、勇者を見繕ってやった。だが、あれほどの逸材がいるとは思わなかったがな」


 メルファは誇らしげに語り始める。

 自己顕示欲の強い男だった。


 少しでも自分を偉大に見せるために、ペラペラと尋ねられていないことも話し始める。


「聖勇者の誕生によって、人類は一気に押し返している。素晴らしい力だ。人間ではない、まるで化け物だ」


 ケラケラと笑うメルファ。

 押される一方だった人類。


 第四次人魔大戦が大きく戦況を変えることになったのは、アオイの参戦からだ。

 徐々に、徐々にではあるが、確実に人類側に傾き始めている。


 彼女の人権を踏みにじる代償を支払いながら。


「…………あんたの神託でああなったんだよ。もともと、アオイは感情が豊かで、コロコロと表情を変えていたんだ」

「そうか、知らん。興味もない。俺が今興味あるのは……お前だよ。昔からの馴染みだったのだろう? あんなに変わり果てた聖勇者を見て、どう思う? 俺は、それが知りたい」


 冷たく切り捨て、興味深い目を向けるメルファ。

 天使は人間の前に降り立たない。


 強く信仰している教皇国でさえもそうなのだから、ろくに信仰していなかったラモンの前に降り立つことがおかしい。

 それは、彼を嗜虐的に観察するため。


 アオイのためだけに、彼はこの数年生きてきた。

 穏やかで安全な生活を捨て、最前線で命を懸けて戦い続けた。


 それも、すべてアオイと再会するためだ。

 その感動の再会は、彼女自身によって砕かれる。


 大切な彼女に攻撃され、大きな傷を負った。

 さて、どれほどの絶望になるだろうか?


 メルファはそれを間近で見て、愉しもうとした。

 だから、わざわざ降りてきたのである。


「そう、だな……。俺が今思っていることは……」


 ギリッと歯を食いしばる。

 手から離れそうになっていた剣をもう一度強く握りしめ……。


 倒れていた状態から、一気にメルファに詰め寄った。


「とりあえず、あんたを殺してやりたいよ」




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新作です! よければ見てください!


その聖剣、選ばれし筋力で ~選ばれてないけど聖剣抜いちゃいました。精霊さん? 知らんがな~


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