第65話 援軍
教皇国の志願兵として、ラモンは戦い続けた。
常に前線に出続け、多くの傷を負いながらも生きて帰るその姿から、『不死身の兵士』という二つ名で呼ばれるようになっていた。
とくに、彼は赤い髪という目立つ容姿をしているものだから、人類の間だけでなく、敵対している魔族でも一部知られるようになっていた。
彼はどのように過酷な戦場でも、必ず生きて戻る。
そのため、ラモンと一緒にいれば、九死に一生を得るような戦場でも生きて帰られると、ともに行動したいという兵が少数ではあるが現れるようになっていた。
少数なのは、ラモンがいつも激戦区に向かうからである。
それは、人類が魔族と拮抗していたり、むしろ劣勢の方が、救世主が現れやすいという考えからくる。
そのため、いくら生き残りたいと思っているとはいえ、いや思っているからこそ、ラモンについていけない者も多かった。
意外にも、死地を求める者が彼に付き従うようになっていた。
戦場で暴れ、死ぬことが目的の男たちは、激戦区に向かうラモンに従っていた方が都合がよかった。
魔族の大切な人を殺された者、帰る場所を失った者、人体を欠損するような大けがを負って戻ることをあきらめた者。
そういった者たちが、ラモンと共に戦った。
劣勢であった人類軍の中でも一目置かれる部隊へと成長していたラモンたち。
彼らは今日も最前線で戦う。
しかも、今回の敵は一味違う。
魔王軍の中でもトップクラスの強者、四天王の一人が率いる部隊との戦闘であった。
「驚愕だ」
パチパチと四天王の一人、ザバスが拍手をする。
その賞賛の先には、自分の部下や仲間である魔族ではなく、敵対し命の取り合いをしている人間……ラモンがいた。
とはいえ、彼は満身創痍だ。
片膝をつき、全身から血を流し、ザバスを見上げていた。
すでに激しい戦闘が行われており、辺りは地形が変わってしまうほどのダメージを負っている。
加えて、彼らだけではなく、人間や魔族の多くの死体があった。
「私は基本的に人間を見下している。脆弱で、愚かで、害虫のように数が多い。おぞましさしか覚えん存在だ」
ザバスからして、人間は劣等種だ。
取るに足らない害虫であり、ただ踏みつぶすだけで事足りる存在。
そんな彼にとって、ラモンは久々に個として認識した人間であった。
「だが、私は貴様……いや、貴様らに対してだけは敬意を表そう。これほどの強者がいるとは、思ってもいなかった」
ラモン率いる部隊は、ザバス率いる部隊と激しい戦闘を繰り広げた。
そもそも、人間と魔族では、生まれ持つ個人能力に大きな差がある。
人類が優位性を持っているのは数だ。
質よりも数でカバーして、魔族と拮抗していた。
だから、同数同士の衝突になると、ほぼ確実に魔族が勝つ。
今回は四天王のザバスがいたから、なおさら魔族の勝利はゆるぎない。
だが、ラモンたちはその魔族のほぼすべてを死傷させた。
自分たちの全滅という代償を支払って。
「褒めてもらえるのは嬉しいが、あまり人間を評価しない方がいいんじゃないか? 魔王軍の中で、立場が悪くなりそうだ」
「ご心配痛み入る。だが、不要だ。私は真に良いものを良いと評価する。そこに、人類と魔族の違いはない。まあ、基本的に人間は劣悪だが」
「でも、あんたの方が強い。俺たちはほとんど全滅だ」
「それは当たり前だ。私は魔王軍四天王の一人、ザバス。いくら強いとはいえ、人間風情に敗北するはずがない」
傲慢と取れるが、しかし不快感がないのは、それだけの実力をザバスが持っているからだろう。
魔族の中でもトップクラスの戦力を誇る四天王。
たった一人で小国を滅ぼせると称される力は、ラモンも目の当たりにしたばかりだ。
死を覚悟した兵を多く抱えるラモンの部隊は、むしろ魔族を押していた。
それが、両者全滅という痛み分けに持ち込まれたのは、ひとえにザバスの力である。
「私が評価しているのは、この絶対的強者に力の差を示されても、なお立ち向かったことだ。蛮勇かもしれんが、確実にわが部隊にダメージを与えた。この後、すぐに行動することはできなくなった。貴様らの功績だ、誇るがいい」
嫌味でも何でもなく、ザバスは心からラモンたちに敬意を表していた。
このような人間たちもいる。
つまり、油断ならないということ。
むしろ、魔族にとっては油断を捨てた四天王ということでいい結果をもたらした。
ザバスはひとしきりラモンをほめたたえると、死の宣告を告げる。
「その賞賛を冥途の土産に、地獄に堕ちるがいい」
ザバスのとどめの一撃。
ラモンはそれを見ながら、剣を手繰り寄せていた。
攻撃した瞬間、カウンターで襲い掛かる。
自分の身体が一部消し飛ぶかもしれないが、それでザバスの首を落とす。
そう決めて動こうとした瞬間だった。
ズドン! とすさまじい衝撃が彼を襲った。
それは、満身創痍であったラモンはもちろんのこと、ザバスでさえも巻き添えに。
すでに、二人以外の生きている魔族と人間はここにはいない。
では、援軍である。
しかし、両者を巻き込む攻撃をする援軍とはいったい。
ふわりと降り立ったのは、美しい黒髪をたなびかせる女だった。
成長しているが、ラモンが見間違えるはずがなかった。
「アオイ……」
長年彼が探し続けていた幼馴染が、傍に立っていた。




