第63話 二度とない
アオイ。
ラモンの幼なじみで、生まれた時からずっと一緒に行動をしている少女である。
長い黒髪は少しウェーブがかっており、よくラモンがその手入れをさせられていた。
芯がしっかりとあり、容量がいいため、頻繁に農作業をサボって自由気ままに過ごしている。
まるで、猫のような少女だった。
「あんまりサボっていると、いくらアオイでも怒られるぞ」
「そこはほら、あなたに任せるわ。うまくフォローしてくれるでしょうし」
無防備にラモンを見上げて笑うアオイ。
彼女がこんなにも他者に心を許しているのは、ラモンくらいだろう。
自分のことを他者にゆだねるということを、基本的にアオイはしない。
いわゆる、甘えである。
だから、ラモンも苦笑して、彼女を受け止める。
「まったく、俺は堪ったものじゃないな」
「私の幼なじみになった運命よ。我慢しなさい」
ふふんと笑うアオイ。
そんな性格の彼女だが、幼馴染でよかったと思えるほどには好きだった。
「その代わり、ごはんとか作ってあげているし、洗濯や掃除を含めた家事もしてあげているわよね? 私、不要かしら?」
「いえ、大変助かっております」
「よろしい」
何でもかんでもラモンにすべてを任せているわけではない。
彼の家事や食事などは、すべてアオイがしている。
完全に胃を掴まれているので、今更彼女から離れることなんて考えられない。
深くお辞儀をすれば、アオイは満足そうにうなずいた。
「さ、早く」
「ん?」
主語がないため、何を言われているのか分からないラモン。
首を傾げていると、アオイはポンポンと自分の太ももをたたいた。
「だから、膝枕。疲れているんでしょ?」
「い、いや、結構汗もかいたし、別にいいよ」
「バカね。あなたの汗を汚いなんて、思うはずないでしょ。いいから寝る」
遠慮するが、腕を引かれて彼女の太ももの上に頭をのせる。
柔らかい。
あまり農作業をしないため、過度に鍛えられてガチガチになっていないのだ。
サボりゆえのむにむに感がある。
上を見上げれば、歳不相応に大きく膨らんだ胸部がある。
その先にあるアオイの顔は、楽しそうに笑っていた。
「……ふふっ、汗くさぁ」
スンスンと鼻を鳴らし、ラモンの髪をすきながら言う。
臭いというわりに、まったく嫌そうにしていないのが印象的だった。
「……起きようか?」
「別にいいわよ。私、あなたの汗の匂い、嫌いじゃないし」
「……匂いフェチか」
「違うわよ。ぶっ飛ばすわよ」
ワシワシと髪の毛を荒らされる。
その感触に笑いながら、ラモンは自分の意識が遠くなっていくのを感じる。
農作業で適度に披露した身体。
柔らかな膝枕に、甘い匂い。
暖かな人肌も合わされば、眠りにいざなわれるのは当然だった。
「ねえ、今日は何が食べたい?」
「ん? んー……」
アオイが話しかけてきてくれているのに、睡魔はさらに強くなる。
もはや、ほとんど寝ている状態だった。
そんなラモンを見下ろし、アオイはささやくように口を開いた。
「眠たいなら、寝ていいわよ」
「でも、そうしたらアオイの足が疲れるだろ」
「しんどくなったら頭を叩き落すから、気にしないでいいわ」
辛辣だが、アオイらしい言葉にラモンは微笑む。
「……そっか。じゃあ、ちょっと……」
「おやすみ、ラモン」
最後、とてもやさしい声音を聞き、ラモンは意識を飛ばした。
結局、その日頭を落とされることはなかった。
◆
それから、穏やかな日常が過ぎていく。
代わり映えのしない毎日だ。
とくに大きなトラブルがあるわけではなく、人によっては刺激が足りないと称する生活だ。
しかし、ラモンにとっては、それでよかった。
アオイと一緒に生活し、穏やかな村の人たちがいて、のんびりと時間が過ぎていく。
それが、彼にとっての幸せだった。
「はあ、今日は疲れたな。ただ、お土産も貰えたし、アオイが喜んでくれたらいいけど」
農作業から帰るラモンは、腕いっぱいに抱える作物があった。
基本的に、自分の農地を持たない彼は、周りの人の農作業を手伝って報酬を得ている。
今回もそうで、非常に働いた彼には、特別に作物がプレゼントされていた。
アオイは喜んで受け取ってくれるだろうか。
「いや、案外面倒くさいと怒りそうな気もするな」
どうやってこの野菜を処理するのか、とグチグチ言われそうな気がする。
彼女は随分と先のことまで考えてやりくりしているから、それを乱してしまう。
だが、そんなアオイの反応も、悪いものではない。
ラモンはそう考え、ほくそ笑む。
「ただいまー。アオイ、お土産貰ってきたぞー」
家に入れば、いつものっそりと顔だけ出して『おかえり』と言ってくれるアオイ。
やたら面倒くさそうなので別にいいと言っているのだが、それでも律儀に出迎えてくれていた。
しかし、彼女の声が聞こえない。
それどころか、家の中がとても暗い。
もう日も落ちかけているのに。
「……アオイ?」
焦燥感を覚える。
お土産の作物を置いて中に入り……荒らされた家の中を見て、愕然とした。
倒れた椅子、壊れた机。
あの安楽椅子はアオイがお気に入りだったと、何とも場違いなことを考えてしまう。
何かあったのは明白で、ラモンは慌てて外に飛び出した。
血はついていなかった。
殺された、もしくは血が流れるほどの暴行を受けたということはなさそうだ。
しかし、アオイは大人しく捕まるような柔らかい女ではない。
激しく抵抗した後もあったし、周りも気づいているはずだ。
何があったのかを知るために、近くの家に飛び込む。
「ラモン……」
突然家に飛び入ってきたのだから、怒っても不思議ではない。
だが、住人は痛ましそうに顔を歪める。
その反応に眉をひそめながら、余裕のないラモンは言いつのる。
「すみません! アオイを……アオイを知りませんか!? 俺たちの家が、めちゃくちゃになっていて……!」
「その、だな……」
「何か知っているんだったら、教えてください!」
「…………ッ」
苦しそうに顔を歪める男。
彼が何かを知っているのは明らかだった。
それでも口を開こうとしないのは、自分に言い聞かせられないから。
そんなこと、アオイの身に何かあったとしか考えられない。
顔を青ざめさせ、これ以上黙り込むなら武力行使も辞さない覚悟で詰め寄ろうとし……。
「ワシが話そう。ラモン、付いてきてくれるか?」
「村長……」
現れたのは、村長だった。
優しく公正で、村人の多くから慕われている。
ラモンも彼に対して敬意を持っていた。
そんな村長に連れられ、彼の居宅へと入る。
もはや隠すつもりはないのだろう。
村長はラモンに言われる前に、口を開いた。
「アオイは勇者になるため、首都へと向かった。もうここに戻ってくることは、二度とない」




