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第6話 来るの早っ

 










「……懐かしい夢を見ましたね」


 目を開けて、ふうっと息を吐くシルフィ。

 何年前の話だろうか?


 数百年は前の話だろう。

 人間と違って、彼女は長寿だ。


 年月の数え方も、人間よりも余裕があるだろう。

 それでも、昔の話だ。


 千年という年月もそうだが、何よりもその夢に出てきていたあの男は、もうこの世に存在しないのだから。


「あの男、結局戻ってきませんでしたね。嘘つき野郎」


 随分とすさんだ目と声である。

 彼女が水の妖精と謳われるウンディーネとは、誰も思わないであろうほどの荒れっぷりだ。


 幻想を抱いている者たちは、頬を引きつらせることだろう。

 だが、シルフィはもとよりこういった性格だ。


 しかも、あの戦争も終わり、一人でひっそりと湖で暮らす彼女に、取り繕う必要はまったくなかった。


「何が旅をしようですか。何が逃げ切ってみせるですか。全然できていないじゃないですか」


 イライラとした様子を隠そうともしない。

 今までは彼のことを思い出さないようにして何とかやり過ごしていたのだが、珍しくあの時の夢なんて見てしまったものだから、愚痴が止まらない。


 ブツブツと、彼に対する文句が口から飛び出てくる。

 やれ作戦が当たりすぎて気持ちが悪い。


 やれ大将のくせに最前線に出てくるな。

 やれたまに気の抜けた笑顔にほっこりする。


 やれ作戦を考えているときの顔が格好いい。

 ……途中から愚痴というかのろけになっていたが、誰にも指摘されることはないので気づくことはなかった。


「どうして、私を……」


 愚痴が収まり、ポツリと呟かれる言葉。

 それは、シンと静まり返る湖に響いた。


 彼女はずっとここで待っている。

 絶対に訪れることのない待ち人を。


 たった一人で、これからその魂が朽ちるまで。

 約束を果たすため、シルフィはあの男を待ち続けるのだ。


「うえぇぇん」

「…………」


 と思っていたのに、その矢先のことである。

 シルフィの耳に飛び込んでくる、子供の泣き声。


 湖のすぐそばで、人間の子供が泣いていた。


「……どうして、人間の子供が一人でこんなところにたどり着けるんですか」


 まったく未開の地……というわけではないが、少なくとも人が一日にまったく訪れないのが普通というような場所である。

 ウンディーネ……すなわち、魔族である彼女が、人里から離れた場所にいるのは当たり前である。


 だからこそ、子供が一人でこんなところに迷い込んでいることに、ひどく困惑していた。


「……まあ、子供が一人で来られるのであれば、助けも来るでしょう」


 積極的に助けることは、簡単な選択肢ではない。

 なにせ、魔族だ。


 しかも、ウンディーネはその美しさと特別な力から、人間に狙われる種族でもある。

 妖精と同じく、捕まえられて売り飛ばされることもある。


 だから、人間とは関わらない。

 それに、彼を殺した種族と、仲良くできるはずもなかった。


 だから、無視である。

 まだ、子供はこちらに気づいていない。


 ならば、今のうちにさっさと姿を隠してしまうことが、もっとも賢い選択である。

 あの時、シルフィは選択を誤った。


 無理にでも、男を最高指揮官から引きずり下ろすべきだった。

 だから、今回は間違えない。


「おかあさん、どこぉ?」

「…………」


 あんなに大声で泣き叫んでいたら、獣を引き寄せるだろう。

 本来、警戒心が強い動物は、大きな音がする方向には近づかないものだが、魔物ともなれば、人間の声を聞きとって積極的に攻撃を仕掛ける。


 シルフィのいる森は比較的穏やかだが、魔物が一切存在しないわけではない。

 子供なんて、抗うすべも持たないのだから、一瞬で腹の中である。


 だが、それは子供の自業自得だ。

 こんなところに一人で迷い込んだこと。


 心細さから大声で泣き叫ぶこと。

 どれもこれも悪手だ。


 子供を見捨てても、誰も非難することはない。

 そもそも、ここにいるのはシルフィのみ。


 誰に見られているわけでもないし、彼女は他人からの評価を気にするタイプでもない。

 むしろ、ここで助けた方がデメリットがある。


 少なくとも、ここで子供が誰かに助けられたことが伝わるだろう。

 それが、ウンディーネだと知られたら……。


「自分の愚かさを呪いなさい」


 そう言って、シルフィは姿を湖の中に消そうとして……。


「うわあああああああん」

「…………」


 け、消そうとして……。











 ◆



「ありがとう、お姉ちゃん! またね!」

「またはありません」


 ニコニコと笑顔で去って行く子供。

 つい先ほどまで泣き叫んでいたが、とても朗らかな笑顔である。


 シルフィが教えてやった街の方角に駆けていく。

 特別治安が悪いわけでもないので、このまま進めば無事に街にたどり着くことができるだろう。


 それから先、両親と会えるかまでは知らない。

 だが、少なくともここで命を落とす可能性が高かった子供を助けたというのは、事実だった。


「下策だと分かっていたのに……。どうしてこんなことを……」


 子供を助けて後悔する。

 字面はとても悪いものだが、しかしこの安寧の居場所を脅かされることになるのだから、シルフィがそう思うのも仕方ないだろう。


 子供に口止めはしているものの、どこまで信用できるものか。

 大人が無理やり聞こうとすれば口を開かざるを得ないだろうし、そうなればウンディーネがそこにいるというのもばれてしまう。


 考えなしの行動ではない。

 そのデメリットを承知のうえで、それでも子供を助けたのである。


 シルフィの冷静な部分はその選択を反対していたし、彼女だけだったら、子供を助けることはしなかっただろう。


「これも、あの人のせいです」


 かなり八つ当たり気味だが、この場にいないのだから好き勝手言うことができる。

 止めてほしければ、この場に現れて直接止めろというべきだろう。


「……引きずりまくりですね」


 また彼のことを考えている。

 時間は、すべてを解決する。


 どれほどつらいことがあったとしても、時間が経つと嫌でも薄れていくものだ。

 だが、シルフィにとっての彼は、どうしても薄れてはくれなかった。


 当時の夢を見てしまったから、なおさらだ。


「さて、落ち込んでいないで、私の身の振りを考えましょう。ここにいつまでいられるか、分からなくなりましたしね」


 子供がこの湖のことを、そして自分のことを周りに伝えれば、忌まわしい人間たちが襲ってくるかもしれない。

 無駄な戦闘なんてしたくないし、今のうちに引っ越し先でも決めておこう。


 そう考えて、シルフィは湖の中に消えていくのであった。











 ◆



「お前がウンディーネか。まさか本当にいたとはなあ。くくくっ、領主様もお喜びになるだろう」

「……来るの早っ」


 まさか、数日後にもう人間たちが湖に押し入ってくるとは、さすがのシルフィも考えていなかった。




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その聖剣、選ばれし筋力で ~選ばれてないけど聖剣抜いちゃいました。精霊さん? 知らんがな~


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