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第57話 あっけない

 










 ドラゴンというのは、誰しもが知る最強の魔物である。

 その鋭い爪や牙は触れるだけで人体を切り裂くし、尾を振るえば強固な城壁も崩れ落ちる。


 硬い鱗は並の剣や矢を通さない。

 そして、ブレス。


 すべてを破壊する絶対的な死の攻撃。

 絶対数こそ少ないものの、それでも世界中の人々から脅威とみなされていることから、ドラゴンの強大さが分かるだろう。


 加えて、ドラゴンは高い知能を持つ。

 人語を解するドラゴンもいると噂されるほどで、罠を周到に仕掛けても、大人しくそれに引っかかることは少ない。


 強靭な身体と高い知能を持つ最強の魔物。


「まさか、アンデッドとして使役できるなんて……!」

「とても大変でしたよ。まず、ドラゴンの死体なんてそうそうありませんからね。いろいろと準備をして探していましたが、奇跡と言っていいでしょう。さらに、使役するのも大変だ。私の魔力と意識は、ほとんどこれに費やされています。ですが……」


 当然、強大なドラゴンがそこらへんに死体をさらしているわけはない。

 死ぬとしても、人里離れた誰にも知られていないような場所で死ぬ。


 だから、ライチが執念を燃やして探していたとしても、このアンデッドの素体となったものを見つけられたのは、奇跡としか言いようがない。

 また、その後使役するにも、多大な労力が必要となっている。


 このドラゴンさえいなければ、数倍の軍勢を使役することができるほど、ライチは有能だった。

 それでも、手放さない理由はただ一つ。


「だからこそ、切り札たり得るんです」


 咆哮を上げるアンデッドドラゴン。

 ラモンはダーインスレイヴを構えながら、ちらりと背後を見る。


 そこには、アイリスともう一人。


「さあ、勇者を守りながら、どこまで戦えるのか見せてください」


 その言葉を皮切りに、咆哮を上げてアンデッドドラゴンがラモンに襲い掛かった。

 穴だらけの翼は、長距離長時間飛行することができない。


 しかし、ほんの少しの距離移動するくらいは、役割を果たしてみせる。

 ゴウッとすさまじい風圧が起き、身動きが取れなくなる。


 巨大なかぎ爪で、ラモンに上から襲い掛かる。

 とっさにダーインスレイヴで受け止めると、火花が飛び散る。


 死体であり一部は腐り落ちているため、重さは生前ほどではない。

 それでも、その巨体は人間をはるかに凌駕しており、とてつもない重量が襲う。


 地面にひびが入り、ラモンの腕から耐え切れずに出血が生じる。

 もし、なまくらの武器を使い続けていれば、それはあっけなく折れ、かぎ爪に身体を貫かれていたことだろう。


「ふふっ……」


 アンデッドドラゴン優位の戦いを見てほくそ笑むライチ。

 彼は先ほど、勇者を人質にとるような発言をしたが、本気で勇者の死体を傷つけるつもりはない。


 勇者の死後時間も経過しているし、それはもろくなっているだろう。

 損壊は少ない方がいいのは当たり前で、任務を失敗すれば、自分もリグロのように用済みとジルクエドに始末されてしまうかもしれない。


 もちろん、その前に逃げ切るが、余計な敵を増やしたくはない。

 だが、それを知らないラモンは、ドラゴン最大の攻撃であるブレスを警戒し続けなければならない。


 いつ放たれるか。

 それを気にしながら戦うのは、容易ではないだろう。


 ラモンの斬撃が放たれる。

 硬いアンデッドドラゴンの鱗は、それを通さない。


 ガキンと音が鳴って、はじかれる。


「くくっ、そんななまくらで、ドラゴンの鱗を傷つけることはできませんよ。耐久力はあっても、切れ味がそれだと残念ですねぇ」


 嗜虐的に笑うライチ。

 敵を貶め、絶望させる。


 彼の陰気な性格が、ここで発揮された。

 だが、発揮した相手が悪かった。


 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!


 ダーインスレイヴ、ブチ切れである。

 自分は素晴らしい魔剣だ。


 だからこそ、ラモンの愛剣たり得ている。

 素晴らしいラモンと、素晴らしい自分の組み合わせこそ至高。


 どちらかが欠けることは許されない。

 だから、ラモンが他の武器を使うことは決して許さないし、自分を誰かが使うことも許さない。


 だというのに、あのクソ人間はなんと言った?

 自分がなまくらだと?


 自分がラモンにふさわしくないと?

 誰にでも使われるような尻軽ビッチ武器と違う、唯一無二のラモン専用武器である自分に対し?


 ――――――ぶっ殺す。


 一閃。

 一度、ラモンはダーインスレイヴをもってして切り払った。


 それだけで、強固な鱗に阻まれていた斬撃は、アンデッドドラゴンを上下に両断する。


「じょ、冗談でしょう?」


 目の前で起きた光景が、現実であると受け入れることができない。

 普通の斬撃で、どうしてそのようなことができるのか。


 もちろん、ダーインスレイヴは先ほどまでのアンデッドを一気に切り捨てたことで力を吸収しており、それを行使したに過ぎない。

 しかし、そんなことをライチが知るはずもなく、ただ一振りで最強の魔物を切り捨てられたようにしか見えない。


 とはいえ、先ほどまで鱗に阻まれていたのは、どれほどの力で斬ればダメージを与えられるのかという様子見であり、ダーインスレイヴが本気で切り捨てようとした今とは比べものにならない。


 それを知らずに煽ってしまった、ライチの失態だった。


「アンデッドドラゴン、ブレスを使いなさい! 死体を多少傷つけても構いません!!」


 このままでは負ける。殺される。

 一瞬で判断したライチは、そうアンデッドドラゴンに命令した。


 最高の形で勇者レインハートの遺体を持ち帰ろうとしていたが、もはやそれを考慮している余裕はない。

 完全に消失させるわけにはいかないが、多少ボロボロになるくらいなら、自分の魔法で何とでもできる。


 本来なら、身体を両断されれば何もできなくなるほどの致命傷である。

 しかし、すでに死んでいるアンデッドドラゴンには関係ない。


 上半身だけで、忠実にライチの命令に従おうとする。

 ブレスは広範囲高火力の強烈な一撃だ。


 まともに受ければ、人間の身体であるラモンもタダでは済まない。

 だが、彼は逃げようとはしなかった。


 それは、後ろにアイリスが、何よりこの地で眠る勇者レインハートがいるから。

 ここで逃げたら、彼女たちが耐えられない。


「死ね!」


 だから、アンデッドドラゴンの口が光り、強烈なブレスが放たれても、ラモンはダーインスレイヴを構えて耐えた。

 業火が彼の身体を焼く。


 ラモンが死んでいないのは、ひとえにダーインスレイヴが力を吸収したからである。

 だが、もちろん無傷では済まない。


 痛々しいやけどが、彼の全身に発生する。


「あ、ああ……」


 絶望の声を漏らすのはアイリスだ。

 自分を……自分たちを庇って、ラモンが傷ついた。


 優しい彼女にとって、自分が傷つけられる以上に苦痛を覚える。

 しかし、ラモンがその身を張ってかばったことにより、アイリスはもちろんレインハートの墓も無事だった。


「すぐに治療を……!」

「させません。これ以上あれに立ち上がられては困ります。こんな厄介な相手ならば、もっと報酬を上げてもらう必要がありますね」


 すぐにラモンの元に駆け寄ろうとするアイリス。

 その前に、ライチがアンデッドを召喚して立ちふさがる。


 やっとダメージを負ってくれたのだ。

 これを復活させられたら、堪ったものではない。


「もはや、信者たちのことを構っている暇はありません。ともかく、あなたは邪魔です。さっさと死んでください」


 アイリスを殺すのは避けたかった。

 復讐者と化した信者たちの相手を死ぬまで続けるのは、嫌だった。


 だが、そんなことを言っている余裕なんてどこにもない。

 回復要員である彼女を無力化しなければ、ラモンとの無限戦闘である。


 地獄以外のなにものでもないので、それを回避すべく、アンデッドを持ってしてアイリスに襲い掛かった。


「きゃあっ!?」


 悲鳴を上げるアイリス。

 しかし、亡者の腕が彼女に届くことはなかった。


 薄く光る壁が、彼女を守る。

 それは、ラモンの力ではなく、ましてやアイリス自身の力でもない。


 アンデッドは何とか破ろうと懸命になっているが、ヒビすら入らない。

 温かい光に包まれて、目を開くアイリス。


 この力には、覚えがあった。


「ゆ、勇者様……?」


 直後、アンデッドの身体が今度は左右に両断された。

 身体を四等分されれば、さすがに活動を続けることはできない。


 アンデッドドラゴンは、ついにその巨体を地面に沈めた。

 目の前の不思議な光の壁に加えて、アンデッドドラゴンの死。


 ライチにとって、理解できないことが立て続けに起こり、呆然とする。

 その間に、アイリスに近寄っていたアンデッドたちは斬られるか力を吸い取られるかで、ボロボロとその身体を崩していった。


 そして、呆然としているライチは、肩口からラモンによって切り裂かれたのであった。


「あ、ああ、そんな……。わ、私は、もっと……」


 血を噴き出しながら、そう呟いて倒れるライチ。

 彼の最期は、こうもあっけないものだった。




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新作です! よければ見てください!


その聖剣、選ばれし筋力で ~選ばれてないけど聖剣抜いちゃいました。精霊さん? 知らんがな~


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