第56話 ドラゴン
「ラモン……ラモン・マークナイトのことですか?」
今度はラモンが目を丸くする番だ。
まさか、自分のことを認識されているとは思わなかった。
「ん? 俺を知っているのか?」
ラモンの言葉に、ライチは呆れたように目を細めて嘆息する。
「あなたのことではないですよ。彼は千年前の第四次人魔大戦で戦死している。生きているはずがないのです。さしずめ、あなたはそれを騙る偽者でしょうが……しかし、ラモンのことを知っているのは、勉強家さんですね。書物にもほとんど残されていないというのに」
「え? そうなの?」
俺ってそんな歴史から抹消されるほど嫌われているの?
とてもじゃないが好かれているとは思っていなかったが、存在を抹消されるほど嫌われていたのはさすがにショックであった。
まあ、人類からは最悪の裏切り者と見られるし、魔族からはしょせん人間だと軽視されるので、彼の味方は非常に少ないのは事実であった。
「私はラモンの死体を探していたので知っていますが、一般人は知りませんよ。なにせ、人類から裏切り者が出て、その裏切り者に戦線をひっくり返されそうになったなんて、勝者の人類軍が許容できるはずもありませんからね」
人類の裏切り者にいいようにボコボコにされました。
そんな歴史を、勝者の人類が馬鹿正直に後世に語り継ぐはずがなかった。
歴史とは、勝者が紡ぐものである。
勝者に都合の悪い真実は、消される。
だから、その象徴であるラモンの存在は、完全に消滅させられているのだ。
「ラモン・マークナイト。ヘルヘイムの戦いで戦死したことは確実ですが、その死体はいまだに見つかっていません。当時の人類軍がさらし首にするために、血眼になって探したらしいのですがね。だからこそ、私も興味があった」
ヘルヘイムの戦い。
人類が魔族に対する勝利を決定づけた戦い。
人類側では誇らしげに語られているそれだが、詳しく調べれば、その戦いの人類軍の被害の大きさに目を見張ることだろう。
死にかけであるはずの魔王軍に、数十万の大軍勢で襲い掛かった人類。
迎え撃つ魔王軍は、ラモン率いる数千の軍勢。
確かに、地理は魔王軍に味方していた。
周到に準備もされていたし、人類が多少痛手を負うのは不思議ではない。
それでも、数万の死傷者を出したのは、その戦場にいなかった者からすると、恥以外のなにものでもない。
そこには、王国騎士団、帝国四騎士、教皇国大魔導、共和国猟兵団などの主戦力が投入されており、各国の勇者までもが参戦していたのだから、なおさらだ。
その戦闘で、最強の勇者と名高い教皇国の勇者アオイすらも倒れたのだ。
だから、人類の上層部は、ラモンの存在を認めなかったのである。
しかし、あの戦いに参戦した者たちは、あれだけの被害を出したのは恥だと思わない。
むしろ、それだけで済んで助かったと思う者の方が多いだろう。
それほど、あの戦いの魔王軍は手ごわく、恐ろしかった。
無論、ライチはただの人間なので、千年前の戦いを体感したわけではないが。
「彼ほどの死体ならば、とても研究のし甲斐がありそうです。ぜひとも探し出したいのですが……ラモンの名を騙るあなたなら、ご存じですか?」
「いや、存じるも何も俺がそれなんだけど」
「くくっ、結構しっかりとした嘘なんですね。嫌いじゃないですよ」
「嘘じゃないんだけど」
平行線である。
ラモンは嘘をついていないし、彼を信じることのできないライチの反応もまた当然である。
「ラモンのことはまた後日聞くとして……あなたも私の邪魔をするのですか? お勧めしませんが……」
「悪いな。彼女とここで眠る奴は、俺の知り合いなんだ。彼女たちに手を出すって言うんだったら、俺も引けない」
一触即発の雰囲気が流れる。
ネクロマンサーと人類の裏切り者。
両者ともに他者から忌み嫌われる者同士である。
まあ、後者の方が規模も恨みも大きいのだが。
「そうですか。聖女さんを殺すとあとくされがありそうですが……あなたは死んでも構いません。さようなら」
アイリスと違い、ラモンはただただ邪魔だ。
彼を殺しても、狂信的なまでに慕うものはいないだろうから、何の躊躇もなく殺すことができる。
紫の瘴気から大量のアンデッドを呼び寄せる。
城塞都市でも一夜で滅ぼすことができるのが、ネクロマンサーであるライチであった。
それが、たった一人に向けられている。
死を確信するほどの圧力だった。
ちなみに、ラモンこそ実は殺したらめちゃくちゃあとくされが発生するのだが、当然それを知る由はない。
彼を殺せば、ウンディーネに魔族の姫、イフリートなどが大挙として押し寄せ、圧殺することだろう。
ライチはそんなことを知るはずもなく、圧倒的物量で押しつぶさんと、ラモンにアンデッドの軍勢を向かわせた。
そして……。
「えぇ……」
呆れたようにライチが呟く。
それは、ドン! と大きな音と共に、アンデッドたちが宙を飛んだから。
不思議だ。
死体が空を飛ぶなんて。
ライチは呆然とそれを見上げることしかできない。
それが、何度も繰り返される。
複数の死体が飛び、落ちる。
飛び、落ちる。
ドシャドシャと地面に崩れ落ちる際、受け身もろくにとれないため、四肢から嫌な音が鳴る。
それでも、アンデッドたちは止まることはない。
痛覚もなければ思考能力もないので、ただ術者の命令に従うだけだからだ。
「……立ち上がらない? 立てなくなっているのですか?」
だが、アンデッドたちが再び立ち上がることはなかった。
一度ラモンに切り付けられた彼らは、地面に倒れて物言わぬ骸へと戻った。
それは、ラモンの持つ魔剣ダーインスレイヴによるもの。
魂を吸い取る魔剣。
アンデッドはすでに死んでいる存在なのだから、魂は存在しない。
しかし、ネクロマンサーであるライチとのつながりは力としてある。
それを吸い取ったのだ。
なので、死体が再び立ち上がることはなかった。
「ただの偽者というわけでもないのですか? これほどの力を持つ者が、ラモンを騙っていれば、それなりに有名だと思うのですが……」
そこだけが多少の気がかりだった。
しかし、それをすぐに斬り捨てる。
関係ない話だ。
どうせすぐに終わるのだから。
「普通の武器を使っていた時ならいざ知らず、今の俺を相手にするんだったら、これくらいじゃあ大した障害にはならないぞ」
「とてつもない力を秘めた魔剣ですね。いやはや、うらやましい。まあ、私は武器なんて使えないので、持っていても無駄なだけですが」
近接戦闘はからっきしだ。
何せ、他者と素手で殺し合ったことがない。
死体を操り、それを押し付ける古典的な手法。
それがうまくいかなかったのは、ひとえにダーインスレイヴの力である。
最悪の魔剣として、他者から恐怖を抱かれていた魔剣。
ここにきて、連続での出番である。
これにはダーインスレイヴもにっこり。
ラモンのために存分に力を発揮してくれることだろう。
「ほんの少しですが、時間を稼ぐことができました。それだけで、これを呼び寄せるには十分です」
紫の瘴気は、今までよりも広く、そして濃くなっていた。
所詮、アンデッドたちは使い捨ての駒に過ぎない。
ただ救いを求めているだけのカルトの信者が、いったいどれほどの役に立つというのだろうか。
連れてきていた死体も、戦士とはいえ、名を遺すほどの者ではなかった。
それゆえに、そこそこの強者がいれば、彼らでは通用しないことは想定していた。
だから、強者用に準備していたアンデッドを、ライチは呼び出した。
腐り果てた巨躯。
所々白い骨が見えている。
翼は穴がいくつも空いている。
邪悪な顔は、ただ生者に対する憎悪と嫌悪が込められていた。
アンデッドドラゴン。
ドラゴンの死体が、ラモンの前に現れた。
「ど、ドラゴン!?」
「さて、この場所を……ここのどこかに眠る勇者を守りながら戦えますか? いやはや、楽しみですねぇ」
ライチはそう言って、嗜虐的にほほ笑むのであった。
過去作『偽・聖剣物語』のコミカライズ最新話が公開されました。
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