第54話 ネクロマンサー
ホーリーライトの施設内で、信者が二人歩いていた。
彼らの話題は、もっぱら先日に行われたアイリスの演説である。
「聖女様が急に俺たちを呼びだされたから、何があるのかと思えば……」
「びっくりしたよな。『私はあなたたちが思っているような人ではないです』って、いきなり言うんだもんな」
「でも、俺たちのイメージ通りじゃなかったか? 美人で、優しくて、癒しの力を持っている」
「ああ。それでも、俺たちの理想が聖女様にとって負担になっていたんだろうよ」
神妙な顔をする信者たち。
彼らはアイリスに救ってもらったことのある者たち。
多くが医者などから見放され、死を待つしかなかった。
助けてもらった彼女に対する思いは、非常に強い。
だからこそ、自分たちを責める。
「対価とかも、良かれと思ってしていたけど、確かに聖女様のご意見を伺っていなかったもんな」
「俺たちにとって聖女様は変わらず敬愛を送るべき存在だが、それでもしっかりと聖女様個人を見ないといけないな」
「まったくだ」
彼らはアイリスの言葉をしっかりと受け止めていた。
ホーリーライトは、よりよい方向へと進んでいくだろう。
そんな時、彼らの前をゆっくりと歩く者がいた。
「ん? 何だ?」
「リグロ様か? いや、何かフラフラしているぞ……?」
危なっかしい歩き方をしているのは、ホーリーライトの幹部であるリグロだった。
ゆっくりとこちらに近づいてくるのは、まるで幽鬼のよう。
多少怖気づきながらも、幹部である彼を放っておくわけにはいかない。
彼らはリグロの元に近づく。
「あの、大丈夫ですか?」
声をかけられたリグロは、ゆっくりと顔を上げた。
血に汚れた、青白くなった死体の顔を。
「ガアアアアアアアアアア!!」
「う、うわあああっ!?」
◆
「アンデッド?」
アイリスの言葉に、思わずオウム返ししてしまう。
まさか、こんな場所で聞くような単語とは思えなかった。
しかし、アイリスは真剣な表情……もっと言えば、切羽詰まった表情で俺を見ていた。
「は、はい。どうしてかわかりませんが、アンデッドが施設内に侵入し、被害が発生しています」
「この辺りに墓地はありませんし、死体も置かれていないはずですが……」
「そもそも、この施設にいる連中に、恨みつらみを抱いている者はほとんどおらんじゃろ。アンデッドが生まれる理由が分からん」
シルフィと姫さんが言うように、アンデッドには発生条件がある。
まず、死体があること。
そして、その死体を動かすほどの強い念が必要だ。
戦場でアンデッドが発生することが多いのは、無念の内に倒れた死体がいくつもあるからである。
一方で、このホーリーライトの施設内には死体はなく、またアイリスの回復魔法によって救われているため、恨みなどの念を持つこともない。
発生する理由が存在しないのだが、彼女が嘘をついているとも思えない。
「すでに何度も助けてもらっておいて厚かましいのは理解しています。ですが、どうか……助けていただけないでしょうか!?」
切実に訴えかけてくるアイリス。
俺の答えは決まっている。
「もちろん、助ける」
懇願する必要なんてない。
姫さんを助けてもらったのだから、そしてアオイを少しでも引き戻してくれたのだから、俺は何があっても彼女を助けるだろう。
「えー……なんで人間を魔族の姫たる妾が助けなきゃならんのじゃ……」
「ラモン、この女はここで脱落のようです。二人で旅を続けましょう」
「ちょっとまてぇい!」
シルフィに縋り付く姫さん。
じゃれ合いである。
案外、この二人の相性も悪くないかもしれないな。
「ありがとう、ございます……! 怪我をしたら、すぐに私の元へ。必ず助けます!」
「ああ、頼りにしている」
アイリスが後ろで控えていてくれると、とても安心だ。
致命傷でも、そう簡単に死ぬことはないだろうから。
レインハートや人類軍は、こんな安心感の元に戦っていたのか。
羨ましくて仕方ない。
俺は致命傷を受けたら、下手をすれば放置されて見殺しにされていただろうからなあ……。
「じゃあ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい!」
アイリスの言葉を受け、俺は戦場へと赴くのであった。
◆
「…………」
アイリスは聖域で祈る。
自分の願いを聞き届け、ホーリーライトの信者たちのために戦ってくれているラモンたちの無事を。
自分も安全な後方ではなく、前線に出て彼らと一緒に戦いたい。
だが、戦闘能力が皆無な彼女が出しゃばっても、ただ邪魔になるだけだと自制する。
レインハートのように、何年も相棒として心を通わせお互いを理解していれば、前線に出るのもいいだろう。
だが、ラモンのことは既知とはいえ、ともに戦ったことは一度もない。
というか、敵同士だった。
うまく連携を取れる自信もない。
だから、自分のすべきことは、ここで彼らの帰還を待つこと。
アンデッドは厄介な魔物だ。
非常に強力な一撃か、聖なる力の宿った魔法でなければ、彼らを終わらせることはできない。
加えて、すでに死んでいる存在だから、恐怖感情や痛覚を持っていないため、威嚇や脅しで退けることもできない。
ラモンが倒されるとは思わないが、傷つくことは十分に考えられる。
そんな彼を、すぐに癒せるように。
アイリスがやるべきは、ただその準備だけである。
魔力を練り、高い状態で維持する。
「勇者様……あなたが仲間にしたがっていたラモン様を助ける力を、私にお貸しください」
レインハートに、そう祈りをささげる。
ラモンのこととなると、彼女も笑顔で力を貸してくれるだろう。
そう思っていた時だった。
「おや。やはり、ここに勇者が眠っているのですね? リグロさんのメモは正しかった。感謝しましょう」
「っ!?」
丁寧な、しかし地の底から這いあがってくるような、冷たい声。
まったく心当たりのないアイリスは、ハッと顔を上げて侵入者を見る。
柔和な笑みを浮かべているが、その顔色は死人のように青白い。
彼のような男は、まったく見覚えがなかった。
硬くなった声音で尋ねる。
「だ、誰ですか?」
「初めまして、聖女様。私はライチ。しがないネクロマンサーです」
ライチはついに、目的の場所にたどり着く。
彼の目的を果たすまで、目前まで来ていた。