第52話 必要なもの
ラモンはすぐに言葉を続けた。
自分にそこを突かせないようにするためだろうと、アイリスは考えた。
もちろん、人のことを思いやる彼女が、嫌がる彼にそのようなことはしないのだが。
ラモンの知り合いは嬉々として首を突っ込んでくるから、彼なりの防衛反応であった。
「君はなんで戦場に出ているんだ? 聖女の役割は、傷ついた兵士を回復させること。つまり、後方でもいいわけだ。危険な前線にまで出てくる理由が分からないな。話していてわかるが、君は戦場に出るべき人間じゃあない」
アイリスは優しすぎる。
冷たく厳しい戦場では、彼女はすり減る一方だ。
たとえ、物理的な危険は勇者が排除すると言っても、精神的なものはどうにもならないだろう。
確実にアイリスの心は疲弊していっている。
「私は……勇者様が好きなんです。あの人の力になりたい。あの人を支えたい。あの人が傷ついたら、癒してあげたい。後方にいたら、それができませんから」
それでも、アイリスが戦場を離れないのは、レインハートがいるから。
自分が彼女から離れれば、彼女は一人になってしまう。
彼女の傷を、癒してあげることができない。
だから、アイリスは彼女の傍にいるために、戦場に立ち続けるのである。
アイリスの強い意志を感じたラモンは、重々しく頷いた。
「……百合か」
「ち、ちがっ、違います!」
「勇者に迫られたら?」
「…………そ、それはその時考えます」
「いいんじゃないか? ちなみに、魔王軍は多種多様な恋愛を許容します」
「ゆ、誘惑しないでください!」
ちょっと揺らぎそうになった自分に喝を入れ、アイリスはキッとラモンを睨みつける。
打てば響くような反応に、ラモンは楽しそうに笑った。
「じゃあ、それぞれ誰かのために戦場に立っているってことなんだな。何とも不思議な話だ。そんな相手と、まさかこうして二人きりになるなんてな」
「ふふっ、本当ですね」
二人して笑いあう。
こうしていられることが、もう二度と訪れないだろう。
そう理解しているがゆえに、大切にその時間を過ごしていた。
「今からこの水晶に魔法を込めますが、その間話し相手になってくれますか?」
「ああ、それくらいなら、もちろん」
こうして、ラモンとアイリスは豪雨が止むまで、楽し気に会話を続けるのであった。
◆
「回想終わりましたの?」
「か、回想? え、ええ、まあ……」
ナイアドがアイリスの顔を覗き込みながら言う。
クリクリとした大きな目は、呆れたように細められた。
「まったく、一人で思い出に浸られても困りますわ。わたくし、完全に置いてけぼりにされていたじゃありませんの」
「何の話?」
ラモンも興味深そうに顔を出す。
アイリスは彼の顔を見て、洞窟での数日のことを思い出し、少し頬を染める。
話さないでいると、ナイアドが話し始めた。
「聖女が相方のレズを放置して男に興味を抱くという裏切り行為をしたことについて話をしていましたわ」
「えぇ……?」
「な、ななななんの話ですか!? 最初から最後までむちゃくちゃですよっ!?」
「……結局、何の話をしていたの?」
疑問が晴れないラモンであった。
◆
「ようやく聖域の情報が手に入った。君にはそこに侵入してもらいたい」
豪奢な部屋に招かれたライチは、そう部屋の主から声をかけられた。
自分のような人間が、ここに来られることは本来ではありえない。
それどころか、帝国の上層部でも限られていることだろう。
個人的な付き合いがあるからこそだ。
まあ、別にこんなところに何度でも来たいとは思わないが。
「ええ、もちろんそれは構いませんが……。しかし、聖域には何があるのですか? 随分と仰々しい名前ですが……」
「気になるかね?」
「いえいえ。私はしょせん契約をしているだけの関係。下手に首を突っ込むことはしません」
「賢い男だ。それが、私が君と付き合っている大きな理由の一つだ。もちろん、能力の高さもあるがね」
「恐縮です」
無表情でこちらを見る男に、ライチは軽薄な笑みを浮かべる。
この男は、いくら個人的な付き合いがあって親交が深くても、不要と判断すればあっさりと切り捨てるだろう。
それを理解していた。
「とはいえ、このことは君にも知ってもらわなければならない。君の能力を使うためにも、大切なことだ」
「…………」
ライチと個人的なビジネス関係を築いている帝国の将軍――――ジルクエドが、無表情のまま告げた。
「私が必要なのは、聖域そのものではない。そこで眠る……勇者の死体だよ」




