第48話 ガチャガチャガチャガチャ!!
ゴーレムは、非常に使い勝手がいい。
なにせ、命を宿さず、感情を持たない。
ただ主の命令に唯々諾々と従い、完遂する。
すなわち、人間の部下などよりもはるかに確実性がある。
確かに、臨機応変に対応することができないという、柔軟性の欠如はある。
だが、裏切ることはないし、また自身が壊れるまで命令に従い続ける。
上官としては、これほど頼りになる存在はいない。
さらに加えて、ゴーレムが戦争で重宝された理由は、非常に強いからである。
体格も大きく、鉄や岩でできたそれは、並大抵の攻撃では崩れない。
防御力も高いそれが、ただ身体を動かすだけでも脅威である。
戦場を一気に変えてしまうほどの力があった。
もちろん、それほど強力な存在なのだから、気安く誰でも扱うことができるわけではない。
そう言う点では、エスムスは優秀な魔法使いと言えるだろう。
第四次人魔大戦のときでも、そうみられることはなかったほどの大きさ。
そして、身体を構成しているのは鉄だ。
鉄は強い。
普通の武器なら刃を通さないし、その身体で暴れるだけでも攻撃としての脅威もある。
重さゆえに動きが鈍いことが難点だが、当然疲れ知らずのゴーレム。
いつかは敵を捕まえ、捻り潰すことだろう。
「(これは、ダーインスレイヴにとっては難敵かもしれないな)」
ラモンは小さく思う。
ダーインスレイヴの凶悪な能力は、生物にこそ通用する。
魂を吸い取り、力に変えて主人に還元する。
それが、ダーインスレイヴだ。
大地などといった生命力の宿るものからも吸収することが可能だが、ゴーレムは完全に命がない。
魂も、生命力もない。
だから、能力を使うことができないのだ。
ガチャガチャガチャガチャ!
ダーインスレイヴ、大騒ぎ。
私の強みはそれだけではないと。
ラモンもよく知っているはずだと。
めちゃくちゃ早口でがなり立てる。
私に任せろ。
驚くほど男らしい思念の伝達に、ラモンは思わず苦笑いしてしまう。
「踏みつぶせ、ゴーレム! 聖女様の光と、ホーリーライトの誇りを守るのだ!」
エスムスの命令に従い、ゴーレムは動き出す。
それは、まさしく聖女を守る守護者。
鉄でできた巨躯は、いかなる敵が現れたとしても、決して後退することはない。
一歩一歩近づいてくるだけで、とてつもない威圧感だ。
身体の大きさというのは、それだけで戦闘を優位に進めることができる。
十メートルを超える大きさならば、なおさらだ。
「ふっ……!」
キン! と音が鳴った。
金属と金属がぶつかり合う音。
しかし、それほど激しくぶつかった音ではない。
大した攻撃ではなかったのだろう。
エスムスがそう判断しようとして……。
グラリ、とゴーレムの巨体が傾いた。
ゆっくりと鉄の塊が倒れ込む。
「……は?」
見れば、脚が美しい断面を見せていた。
ああ、斬られたのだろう。
それは、見ればわかる。
だが、納得できるかと問われれば、また別の話だ。
鉄の分厚い脚を、斬った?
そんなことが可能なのか?
いや、不可能だからこそ、ゴーレムは戦争のときに重宝されるのである。
魔法を使わない人間ではどうしようもできないから、脅威とされているのだ。
なのに……。
しかし、ゴーレムは止まらない。
たとえ足がもがれても、ただ命令に従うことを続行する。
倒れる巨体を片腕で起こし、もう片方の腕を伸ばす。
その先には、ラモンだ。
鉄の巨大な手で覆い、握りつぶさんと迫るゴーレム。
「…………は?」
その巨大な腕を左右に両断され、ついでとばかりに首まで飛ばされたのを見ると、エスムスはやはり完全に受け止めることはできなかった。
自分の最大の切り札である。
今まで、どのような敵が現れても、このゴーレムさえいれば打ち倒すことができた。
それを、ゴーレムよりもはるかに小さな人間が。
魔法も使わず、ただ一本の剣を使って。
完全にゴーレムを沈黙させたことを、受け止めきれるはずがなかった。
「相変わらず凄い切れ味だなあ。助かるよ」
ラモンにそう言われ、ダーインスレイヴはご満悦。
ただの鉄なんかに負けるはずがないのだ。
これからももっと私を使っても構わない。
むしろ、使わなければならない。
他の武器はいらないし、許されない。
「じゃあ、戻ろうか。アイリスが心配してそうだ」
そう言うと、ラモンは隙だらけとなっているホーリーライトの信者たちを倒すのであった。
直後、荒野がゆっくりと薄れて行き、ラモンは元の世界に戻るのであった。
◆
荒地から手入れが行き届いている墓所へと戻ってくる。
ドサドサと倒れ込むホーリーライトの信者たち。
周りを見れば、トランプに興じている姫さんたちと、おろおろしているアイリスがいた。
……いや、信頼してくれていると思えば嬉しいのだけど、何だか釈然としない。
「む、戻ってきおったか。妾をこき使ったことは許せん。魔力の回復を手伝うのじゃぞ」
「おお、姫さんのおかげで助かったよ。ありがとう」
姫さんにお礼を言う。
彼女の幻覚魔法がなければ、この美しい墓所が戦場になっていた。
ゆっくり静かに眠る権利のあるレインハートに失礼極まりない。
「私も攻撃を防ぎましたが?」
「シルフィも、もちろんありがとう」
顔をひょっこりと覗かせたシルフィにもお礼を言う。
彼女が水の防御壁で守ってくれなければ、少々危なかったかもしれない。
だから、しっかりとお礼を……。
ガチャガチャガチャガチャ!
「…………」
「あなた、いちいちご機嫌を窺わないといけない相手が多くて大変ですわね」
一人一人にご機嫌を窺うのは、昔の魔王軍指揮官時代を思い出してしまう……。
ナイアドの言葉に苦笑しかできない。
「ラモン様……」
「えーと……ただいま」
アイリスは何とも複雑そうだ。
安心したような、罪悪感を覚えているような。
まあ、彼女がトップの組織からなぜか殺し屋がやってきたわけだから、気にするのは当然かもしれない。
だから、少しでも彼女の気が晴れるようにと、俺は笑みを浮かべるのであった。




