第47話 うわぁ、痩せこけてますの……
「(さて、困ったな。どう戦おうか)」
意外にも、ラモンは少々困っていた。
そもそも、彼は戦いにおいて楽観視しない。
人間よりも個体能力の優れた魔王軍にたった一人で立っていたため、自分は弱いのだと、常に戒めている。
そのため、信者たちに襲われても、油断することはなかった。
ただの一般市民でないことは明白だ。
おそらく、汚れ仕事をこなしてきた経験者たちである。
「(まあ、アイリスはそのことを知らなかっただろうが)」
心優しい彼女が、そのような汚れ仕事を他人に強要するとは思えない。
自発的にやっているのだろうが、その矛が自分に向けられるのは少々困る。
さて、激しくここで近接戦闘を繰り広げるのは、ラモンにとってとても気が引ける。
なにせ、ここはレインハートの墓所である。
赤の他人の墓所ならまだしも、自分も認識があり、しかも自分を仲間に引き入れようとしてくれていた人物の眠る場所で大暴れできるほど、メンタルは強くなかった。
ならば、戦い方を変える必要がある。
ガチャガチャガチャガチャ!
ここで強く主張するのが、ラモンの愛剣であるダーインスレイヴである。
もともと、血塗られた魔剣として所有者がなかなか現れなかった。
そこに現れ、自分を十全に使いこなしたラモンに対する執着は強い。
ぶっちゃけ、主人以外の存在が眠っている墓地であろうが何であろうが知ったことじゃないというのがダーインスレイヴの考えである。
だが、主人の意向に従うことこそが、魔剣としての自分であろう。
普通の剣なら、この場所を荒らさないで戦うことなど不可能。
ただ、私は違う!
主人の求めることができるのだ!
ダーインスレイヴはラモンに自身を売り込む。
私には魔剣としての能力……生命力を吸い取ることができる。
こんな連中、自分が吸い込んでやればイチコロである。
簡単にコロリすることができてしまうのである。
すべて私に任せてほしい、とラモンに訴えかける。
「(あー……その提案はありがたいんだけど、そうしちゃうとここも荒れてしまうからさ)」
ガーン、とダーインスレイヴはショックを受ける。
しょんぼりである。
硬い魔剣なのに、なぜかしなびているように見える。
そう、ダーインスレイヴの力はすさまじいの一言だ。
ラモンが第四次人魔大戦の際、魔王軍で確固とした地位を築き、また目的を果たすことができたのだから。
しかし、その影響力も大きいため、気安く能力を使うことはできない。
せっかくアイリスが手入れをして、静謐な空間となっているのに、枯れ果てさせるわけにはいかないのだ。
「撃て!」
いまだ考えがまとまらない中、襲撃者のリーダー……エスムスが叫ぶ。
エスムス含めた数人が接近戦を仕掛けてきながら、一人の信者は魔法を詠唱する。
人の半分ほどの大きさの火球だ。
それが、一つラモンに向かって撃たれた。
魔法というのは、どれほど小規模でも意外と威力が込められているものである。
イフリートのリフトという仲間がいるラモン。
彼の爆炎に比べれば手品の火みたいに頼りない火球だが、それでもまともに直撃すれば、人間であるラモンには大きなダメージになるだろう。
こういった攻撃は、ひたすらに避ける。
それが、ラモンの対処法だ。
「(しかし、ここで逃げると墓がなあ……)」
エスムスたちにとって、この墓をある種の人質にしている自覚はない。
そもそも、ここは聖域であるという自覚しかないわけで、その聖域が何を置いているのかということは、彼らも知らないのである。
仮に、聖女の大切な人が眠っていると知っていれば、この場を血で汚そうとはしなかったかもしれない。
ただ、現実はこうなっている。
ラモンだけでは対応しづらいこの攻撃。
しかし、彼は一人ではない。
「火は嫌いです」
胸ポケットから身体をさらしたのは、シルフィである。
彼女が出した指先から、水があふれる。
それはラモンを囲む強固な防御壁になり、火球を受け止めた。
微塵も揺らぐことなく、完全に防ぎきる。
「ぎゃっ!?」
ついでとばかりに、その防御壁が形を変えて水球になると、火球を放った魔法使いに直撃した。
顎を打ち抜かれ、グルリと白目をむいて気絶する。
「なっ……!? う、ウンディーネ!?」
「私がラモンを守ります」
どや顔を披露するシルフィ。
これにはダーインスレイヴも激怒。
ガチャガチャが止まらない。
「だが、このまま……!」
火球と水の防御壁が衝突した際、急激な温度変化で水蒸気が吹き荒れた。
白い蒸気で視界は一部さえぎられている。
今なら、懐に入り込むことも可能だ。
エスムスは短く判断すると、仲間たちと共に一気に駆け抜け、ラモンに剣を届かせようとして……。
「姫さん、頼む」
「ほいさ」
世界が、塗り替わった。
「あ……な、んだ、ここは……?」
呆然と辺りを見渡すエスムス以下ホーリーライトの信者たち。
先ほどまでいたのは、美しく静謐な墓所。
緑があり、暖かな陽光があった。
だが、ここは荒野だ。
緑はない。
ただ荒れ果てた土地が広がるだけ。
そんな天と地の差に、唖然とする。
「転移魔法? い、いや、そんな短時間で作れるような簡易な魔法ではないはずだ!」
「ああ、お前の言う通りだ。だが、あの場所はアイリスにとってとても大切な場所で、俺も傷つけられるようなところじゃあないんだ。だから、場所は変えないといけない。いや、姫さんは凄いよ。こんなの、俺にはどれほど時間があってもできないだろうな」
一瞬で人を移動させる転移魔法は、超高等魔法だ。
しっかりとした準備と大量の魔力が必要になる。
その準備がされている様子もなかったので、それは除外された。
ラモンはいちいち敵に説明してやることはしなかったが、もちろんネタは知っている。
これは、レナーテの幻覚魔法だ。
ただの幻覚ではない。
彼女の卓越した能力は、実態を持たせることも可能だ。
そして、呪いから解放されて万全の状態となった彼女は、一つの世界を幻覚で作り出すことも可能である。
「ぜはー、ぜはー!」
「うわぁ、痩せこけてますの……」
なお、幻覚の外では大量の汗をかいてぐったりとしているレナーテがいた模様。
「さあ、ここでなら存分に戦うことができるぞ。アイリスが悲しむからお前たちを殺すつもりはないから、安心してくれ」
「舐めるなっ、穢れた者め! 聖女様に近づく闇は、我らが払う!」
ダーインスレイヴを構えるラモンに、エスムスは吠える。
自分たちこそが、聖女を守るのだと。
彼は自身の扱える最高の魔法を発動した。
「来い、ゴーレム!!」
巨大な魔方陣が展開される。
そこからのそりと現れたのは、巨躯。
ラモンもはるか高く上を見上げなければならない、立派な体躯が現れた。
「おお、ゴーレムか」
ラモンは感心したように呟く。
鉄の巨神兵が、ラモンの前に立ちはだかった。
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