第46話 汚物
「……よくないですね。ええ、本当によくない」
ラモンともめたホーリーライトの信者、リグロが言う。
彼の周りには、静かに彼を見る信者たちが集まっていた。
彼らは、ホーリーライトの中でも特に信心深い者たち。
幹部であるリグロの信頼を受けている者たちだった。
「あの者たち……突然やってきて、聖女様に親し気に話しかける連中は、穢れた者たちです。聖女様の近くに居続ければ、あの方の光をくすませてしまうことでしょう」
リグロは、ゆっくりと話す。
毒が相手に浸透するように、時間をかけて。
聖女に対して強い畏敬の念を持っている彼らが、反応せざるを得ない言葉を弄して。
「ですが、聖女様はとてもお優しい。自ら遠ざけることができないのです。ならば、我々のすることは決まっていますね?」
リグロを囲む信者たちの目には、剣呑な光が宿っていた。
これで、下準備は完成。
後は、背中を押すだけだ。
「あの者たちを、解放させてあげましょう」
そう言えば、信者たちはいっせいに散会していった。
残るのは、リグロだけ。
誰もこの場にいなくなったことを確認すると、ほくそ笑んだ。
「……くっ、くくくっ。ここまで組織を大きくしたのは私だ。甘い蜜を吸い続けなければならない。お人形には、お人形のままいてもらわなければ困るんだよ」
リグロは、アイリスに対して敬意なんて持ち合わせていない。
回復魔法は凄いと思うが、それだけだ。
彼女に信仰を向けることなんてありえない。
あれは、自分の私利私欲を満たすための、手段でしかないのだ。
先ほど扇動した信者たちも、何と愚かで単純なことか。
ちょっと唆しただけで、自分の邪魔をする人間を殺しに行ってくれた。
ああ、馬鹿だ。
リグロは苛立ちを込めて、舌打ちをした。
「勝手に動くんじゃねえよ、クソ聖女」
◆
アイリスに案内されて歩いていた。
最初の方はホーリーライトの信者たちも見えていたのだが、今はまったく見えない。
そもそも、人の気配もなかった。
それでも先に進めば、森の中に開けた場所があった。
その真ん中には、一つの大きな石が置かれてある。
墓だ。
「ここが……」
「聖域と呼んでいます。そうすると、他の人が近づけなくなるので」
彼らが崇める聖女が、聖なる場所と呼んで近づかないように言えば、確かに信者たちも立ち寄らないだろう。
人がいないため、静かでとても穏やかな空間だった。
墓の周りに雑草などはない。
人を近寄らせていないということなので、アイリスが直々に掃除をしているのだろう。
そして、その墓石に刻まれた名は……。
「……そうか。彼女は亡くなったのか」
「……はい」
レインハート。
帝国の勇者の名前だ。
仲良く一緒に行動したことなどはないが、彼女の名前くらいは知っている。
墓石の前で目を閉じ、黙とうする。
「勇者様は、いつも仰っていましたよ。ラモン様を倒して、仲間にすると」
「……仲間に、か。俺に目的がなかったら、すぐにでも飛びついていただろうな。人としての魅力にあふれていた子だった。人たらしなところもあったしな」
俺とレインハートが出会うのは、すべて戦場だ。
魔王軍と人類軍の違いがあるのだから、それは当たり前。
そんな俺に対しても、ただただ恨みや怒りをぶつけることはしなかった。
戦っていても殺してやる、なんてことを思わなかった。
俺がアオイという目的をもっておらず、レインハートに誘われていたら……その手を取っていたかもしれない。
「…………」
……いや、それはシルフィと約束をしなかったという前提だから、ポケットの内部で暴れないでくれ。
「ええ、本当に。ズバズバ言うので、敵も多かったですが。そこも、ラモン様と似ているかもしませんね」
クスクスと上品に笑うアイリス。
……いや、俺はそんなはっきり言っていなかったし、ただ人間ってことで嫌われていただけだと思う。
人間からは、最悪の裏切り者だし。
「彼女が不覚を取るとは思えないから……病気だったのか?」
気になったのは、レインハートの亡くなった理由だ。
事件や事故は考えにくい。
彼女はとても強かった。
俺も、シルフィやリフトといった仲間、それにダーインスレイヴがなければ、何度も殺されていただろう。
そんな彼女を物理的にどうにかできるとは思えない。
ただ、病気だとしても、アイリスが治してしまいそうなものだが……。
アイリスは複雑な顔をしていた。
「……いえ、寿命です」
「寿命? おかしくないか? アイリスほどではなかったが、彼女も魔力量は多かったし、質も高かった。千年とまではいかないが、まだ生きていても不思議ではないけど……」
「私もそう思います。病気や事故なら分かりますが、寿命はありえません。ずっとそばで見てきた私が、そう思っているんですから」
アイリスは確信しているようだ。
寿命で亡くなるのはありえない。
レインハートは人間にしてはかなり高い魔力量と質だった。
寿命も長かっただろう。
では、どうして死んだのか?
「何か、訳があるはずです。だから、私はそれを突き止めなければならないんです」
その決意は、もはや何があっても揺らぐことはないだろう。
アイリスがこんなに強い目をするとは、思っていなかった。
彼女にとって、レインハートがどれほど大切な存在なのかをうかがい知ることができる。
「……そうか。アイリスには世話になったから、俺も手伝うよ。この子には、何度も殺されかけたけど」
「うふふっ。殺そうとなんてしていませんでしたよ。ボコボコにして、仲間にするって言ってましたから」
「うーん、この……」
バイオレンスすぎない、この勇者?
「ですが、お力を借りられるのであれば、とても助かります。今、このお墓は危険な状況にあるので」
「危険?」
オウム返しで問いかければ、アイリスは深刻な顔を浮かべる。
「……最近、この聖域を探っている人たちがいます。おそらく、帝国の人間でしょう」
「帝国の? それは……」
いったいどういう意図があるのだろうか。
それを問いかけようとする前に、穏やかな空間を殺気で満たす者たちが現れた。
「その穢れた者からお離れください、聖女様」
すっごいストレートに罵倒された……。
ショックというより、ただただ驚いている。
周りを見れば、数人のホーリーライトの信者たち。
全員武装している。
殺気は俺に集中しているから、アイリスを狙っているわけではないようで、一安心。
……しかし、ろくに会話もしていないのに、どうしてこれほど恨まれるのだろうか?
「ここには入ってこないよう伝えておいたはずです。それに……この人を穢れた者なんて、二度と言わないでください。怒ります」
きっと睨みつけるアイリス。
怒ります宣言しちゃうところが優しいんだなあ……。
信者たちは頭を下げるが、その目に宿る殺意は、まったく衰えていなかった。
「謝罪いたします。しかし、その者は聖女様に影響を与えすぎます。聖女様は、清らかでお美しく、輝ける存在でなくてはなりません。その光を陰らせるのであれば、処理するまで」
「……また凄いのを作っちゃったな、アイリス」
「わ、私が意図したわけでは……っ!」
つい声をかければ、顔を赤くして否定するアイリス。
可愛い。
「気軽に聖女様に話しかけるな、汚物が!!」
お、汚物って言われたのは初めてかもしれない……。
俺はまたもや目を丸くしていると、彼らはついに抜刀する。
「もはや、問答無用。死ね」




