第45話 守りたいもの
アイリスに招かれたのは、彼女の私室。
かなり広く、来賓用の椅子もいくつか置かれてある。
大きな姿見やベッドもあり、ここで生活していることが分かる。
「いや、アイリスに謝られるようなことなんて、何もないし……」
千年ぶり――――俺視点ではそんなに時間は経っていないが――――に再開した既知の相手から、理由の分からない謝罪をされた件について。
心当たりがまったくないので、ただただ困惑している。
俺、アイリスに何もされていないけど?
「おーん? どう責任をとってくれるのじゃあ?」
「おーん? そうですわそうですわー」
「ひぃぃ……」
詰め寄る姫さんとナイアド。
なんで威圧しているんだ、この二人は……。
「ナイアドは当時のことを知らないだろ。姫さんに便乗するな。あと、姫さんは今助けてもらったばかりなんだから、ちゃんとお礼を言いなさい」
「ありがとうございます」
「い、いえ。当然のことをしたまでですから」
ペコリと頭を下げる姫さんに、苦笑するアイリス。
そんな丁寧にお礼が言えるのに、どうして最初にオラついたのか……。
「それで、どうして謝ったんですか?」
通常の形態になっているシルフィが問いかける。
……それはいいんだけど、やけに近い。
まだ椅子に空きがあるからそちらに座ればいいと思うのだが、俺の隣に無理やり座るものだから、かなり密着している。
水の身体はプルプルしていて心地いいのだが……。
「ラモン様は、死後も慰撫され供養されることなく、あまりにも非道な処遇を受けました。だから……」
「いや、別にアイリスが決めたことじゃないだろ? それに、俺は自分の死んだ後のことは大して気にして……」
深刻な顔をするアイリスに、思わず言葉をはさんでしまう。
俺の死後、慰霊されることはなかったということは聞いている。
だが、別にそれは大したことではない。
誰かに追悼してもらいたいとも思っていなかったし。
しかし、そんな俺の思考をぶった切ったのは、ナイアドだった。
「ダメですわ。あなた以上に、あなたのことで怒る人がいるんですもの」
ナイアドが見ているのは、俺の隣にいるシルフィだった。
無表情なのに、威圧感があふれている。
「…………思うところがないわけではありませんが、あれは人類だけではなく、受け入れた魔族にも大きな問題があります。それに、ラモンがいいと言っているのに、私が糾弾するのもおかしな話です」
「まあ、そういうことだ。それよりも、姫さんを助けてくれたことに感謝しているんだ。ありがとうな」
「い、いえ、私は……」
シルフィもしっかりとしているし、ナイアドの恐れることはなかった。
逆に俺がアイリスにお礼を言えば、彼女はむずがゆそうに身体をよじる。
しかし、相変わらず凄い回復魔法だった。
姫さんの呪いもあっさりと解呪していたし。
「というか、魔族の妾を助けても大丈夫かの? おぬし、勇者パーティーの一員じゃろ?」
「今は勇者パーティーではありませんから。それに、人であろうと魔族であろうと、助けを求めるのであれば助けてあげたい。私は、そう思うんです」
「聖女ですの?」
ニッコリと笑って言うアイリスに、ナイアドが唖然とする。
聖女だよ。
しかし、彼女の善性は相変わらず凄い。
これ、今の時代は戦争をしていないからまだ大丈夫だろうが、それでも仇敵である魔族を癒そうとすると、反発が起きるだろう。
人類単一国家の帝国なら、なおさらだ。
そんな環境にあっても、アイリスは自分を曲げず、救いを求める者に手を差し伸べるのである。
聖女と言われる所以が、よくわかる。
「しかし、凄い団体のトップになっているんだな、アイリス。ホーリーライトって……」
「ち、違うんです! 私が決めたわけではなくて……! それに、この団体を作ったわけでもなくて……! いつものように人を癒していたら、それを恩に感じてくれたのか、手助けしてくれる人が増えて行って、それで……」
俺がポツリと呟けば、顔を真っ赤にして手を振る。
あー……リフトみたいなものか。
あいつも成り行きで反政府軍のトップになっていたし。
優しいアイリスなら、はっきりと拒絶の言葉を贈ることもできなかったのだろう。
それに、悪い面ばかりでもない。
アイリスは一人しかいないわけだから、彼女に救いを求める者が殺到すれば、そのすべてに対応しようとして潰れてしまうだろう。
それをさばいているというのは、信者たちの功績だ。
だが……。
「ただ、何と言うか……大きくなりすぎていないか?」
「……そうなんです。規模が大きくなりすぎて、私の目が届かないことも多く出てきて……。本当なら、皆さんにしっかりと言って、私も違う場所に隠れた方がいいと思うのですが……」
あまりにもホーリーライトの規模が大きい。
アイリスは求めていないのに、彼女を祭り上げている。
巨大化しすぎたため、アイリスのためにというよりも、組織のためにという意志が強く感じられた。
俺とちょっとした言い争いになった男からも、それがにじんでいた。
アイリスもそれはよくわかっているようだった。
「なぜそうしないのじゃ?」
「……ここに、守りたいものがあるんです」
「守りたいもの?」
アイリスは、はかなげな笑みを浮かべて口を開いた。
「……勇者様の御墓です」




