第43話 今も言っただろ
「さて、どうするのじゃ? 大人しく並ぶか?」
「あー……どうするかなあ。まあ、身体検査はされないようだし、並んでみるか。ただ、対価は何も用意できていないしなあ」
姫さんが問いかけてくる。
だが、正直対価を持っていない俺たちは、ここで長蛇の列を並んでも意味がないんだよな。
どれほどの対価を要求されるのかもわからないし。
とはいえ、せっかくここまできたのだから、試してみないで帰るというのも……。
姫さんの状態を治せる心当たりは、アイリスしかいないし。
そう納得して列に並ぼうとすると、すでに順番が来た老人とホーリーライト関係者の会話が聞こえてきた。
「ようこそ、ホーリーライトへ。お体のどこが悪いのですか?」
「わ、ワシは身体全体に痛みあって……」
「おやおや、それは大変だ。しかし、ご安心を。アイリス様の奇跡の光は、あなたの苦しみを解放し、浄化させることができます」
ニッコリと笑みを浮かべる関係者。
……言っていることがとてつもなく不穏なのだが。
奇跡、光、解放、浄化。
……うん、悪い言葉じゃないんだけどね。
「ところで、おじいさん。お布施はお持ちいただけましたかな?」
その言葉に、耳をぴくっと反応させて様子を窺う。
なるほど、対価をお布施と呼んでいるのか。
宗教団体だから、それも当然か。
さて、どれだけ要求されるのだろうか……。
「え、ええ。これは、ワシの全財産……。そして、妻と娘がかき集めてくれた金です。どうか、どうかこれで……!」
「…………なるほど」
縋り付く老人を見て、頷く関係者。
ああ、あちらが具体的な額を要求するのではなく、それはこっちの一存に任せられているのか。
まあ、はっきりと額を示してしまえば、慈善事業の面も持っていそうなホーリーライトの悪評につながるだろう。
ただ、気になったのは、老人からお布施を受け取った関係者の、無機質な表情で……。
「では、おじいさん。こちらの札を。順番が来れば、アイリス様の奇跡を見ることができるでしょう」
「おおっ! ありがとうございます、ありがとうございます!」
「いえいえ、困っている人を救うのが、我々ホーリーライトです。では……」
ニッコリと笑って、関係者は言った。
「――――――二十年後まで、お元気で」
ポカンとする老人。
に、二十年……?
「……は? 今、なんと?」
「ですから、二十年後までお元気でと申し上げました」
「に、二十年!? そ、そんな……今にも倒れてしまいそうなほど、全身が痛くてつらいのに……! そ、それに、ワシは後二十年も生きていられるか……」
「おじいさん!!」
声を張り上げる関係者。
その怒声に、老人もビクッと肩を震わせる。
「あなただけではないのですよ、救いを求めている者は。あなたは自分のわがままで、そんな人々を押しのけようと言うのですか?」
「そ、そんなことは……」
チラリと周りを見れば、確かに大勢の人がいる。
皆、怪我をしていたり、重病を患ったりしている。
そんな中で、自分だけ優先的に治せとは、かなりメンタルが強くないと言えないことだろう。
「妾は言えるけど?」
そのメンタルの強さを、今は発揮しないでくれ。
「ないでしょう? でしたら、お下がりなさい。他の方たちも待っているのですから。次の方」
もはや聞く耳持たずと、老人を追いやる関係者。
あまりにも冷たい反応。
街中でやれば、誰かひとりくらいは正義感の強い者が助け、庇ってくれることだろう。
だが、この場にいる者は誰も助けようとせず、むしろ老人を迷惑そうに睨んでいた。
それもそうだろう。
彼らも切羽詰まっているのだ。
自分たちこそ助けてほしいと思っているのだ。
ならば、他人が後回しにされるのは、むしろ好都合と言えよう。
「あー……俺は骨折しちまってなあ」
次に現れたのは、若い男だ。
腕をつるしている。
腕の骨折も十分に重傷だ。
だが、あの老人や他の並んでいる者たちに比べると、軽く見えてしまう。
関係者は、そんな男にもニッコリと笑みを向けた。
「なるほど、大変ですね。それで、お布施は?」
「ああ、親父からたんまりと貰ってきているぜ」
ニヤリと笑って、男はお金の詰まった袋を差し出す。
それは、先ほどの老人よりもはるかに重たそうだった。
それを受け取った関係者は、にっこりと笑みを深くした。
「……なるほど。でしたら、こちらの札を。数時間後には、奇跡を受けられることでしょう」
「おー!」
……ああ、なるほど。
先ほどは他にも待っている人がいる、苦しんでいる人がいるなどと言っていたが、結局はそういうことか。
要は、お金の払う額が多いほど、優先して治療を受けられるようにしているということ。
聞いていた老人は、顔を真っ青にする。
「そ、そんな……! ワシとは、あまりにも対応が違うではないですか!」
「はあ……当たり前でしょう? 我々もタダ働きなんてできないのですよ。組織を保つためには、お金が必要です。それの何が悪いのですか? お布施の多い方から優先して奇跡を受けられる。それは、当然のことです」
やれやれと首を横に振る関係者。
俺は、彼の言葉をすべて否定するつもりはない。
言っていることも一理あると思った。
確かに、同じ仕事をするのに、報酬の大小があれば、大きい方を優先するのはおかしなことではない。
ただ、その枠組みにはまらない理由が二つある。
まず、その仕事をするのが、今偉そうに話しているこの男ではなく、アイリスだということ。
仕訳をしているだけで、彼が重圧的に話すのはおかしい。
そして……。
「つまり、貧乏人はさっさとくたばってくれということですよ」
「そ、そんな……」
ガクリと老人が肩を落とす。
それを、嗜虐的な笑みを浮かべて見下ろす関係者。
ああ、もう一つの理由だ。
それは、俺だからこそ発見できる理由。
彼女は……。
「アイリスがそんなことを言うとは思えないけどな」
「……おや? まだ次の方をお呼びしていませんが?」
俺の言葉に反応した関係者が、にっこりとかりそめの笑顔を貼り付けて見てくる。
その目には、しっかりと苛立ちがあったが。
「いや、それは悪かった。あんたがアイリスの意思に反するようなことを言っているから、つい口を出してしまったよ」
「……私が、聖女のご意志を違えていると? そうおっしゃるのですか?」
ギロリと睨みつけてくる関係者。
「今も言っただろ。どうして二回も聞くんだ」