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第41話 二つ名

 










「ねえ。わたくしたちは、どこに向かっているんですの?」


 ナイアドがポケットから聞いてくる。

 妖精である彼女は体躯が小さいので、このように収納することが可能である。


 人形のように可愛らしいので、妖精狩りとかいう非常にやばいワードで、人間たちから狙われる希少な魔族だ。

 俺が千年後に蘇って、初めて出会った相手でもある。


 そんな彼女は、俺たちが向かっているところが気になるらしい。

 まあ、それも当然だろうけど。


 隠す必要もないので、俺ははっきりと答える。


「帝国」

「……人間の国ですの? 大丈夫?」


 怪訝そうに眉を顰めるナイアド。

 彼女は人間に危険な目に合わせられた張本人だ。


 俺が少しでも駆けつけるのが遅ければ、おそらく狩られて奴隷になっていたことだろう。

 そんな人間たちの国に行くことに後ろ向きになるのも、当然と言えた。


 しかし、魔族領にいれば絶対に安全、というわけにもいかないのである。


「ぶっちゃけ、魔族領にいても割と危険だと思うぞ、今の俺たち。姫さんもいるしな」


 つい先日、俺たちは現政府に幽閉されていた前魔王の娘であるレナーテを奪い取った。

 姫さんは、その存在自体が正統性を認めるもの。


 現政府、そしてそれに反抗してゲリラ戦を仕掛けている反政府軍。

 両者ともに、喉から手が出るほど欲する存在だ。


 それを抱えている以上、俺たちに魔族領での安寧はない。

 ……それに、俺は人間だしな。


 むしろ、アウェーである。


「ふっ……モテる女はつらいのう」


 俺におんぶされている姫さんが、なぜかどや顔で言う。

 褐色の肌が、密着していて温かい。


 おかっぱに切りそろえられた黒髪が、時折首筋をくすぐる。

 薄い衣装なので、かなり柔らかい感触が伝わってくる。


 姫さんがどうして自分の足で立って歩いていないかというと、現政府に囚われていた時に、呪いをかけられたからだ。

 衰弱させ、動けなくさせれば、勝手に自分たちの手元から離れることはない。


 そのせいで、姫さんは命の危険はないものの、こうして俺におぶられる羽目になっているのであった。

 ……やけに姫さんが楽しそうだし、あまりショックは受けていないようだが。


「じゃあ、捨てていきましょう」

「へばりついていくぞ」

「覚悟が決まりすぎです……」


 呆れたようにため息をつくのは、ナイアドと同じくポケットに収まっているシルフィだ。

 ウンディーネという、魔族の中でも希少な魔族。


 ウンディーネの涙と呼ばれる代物。

 時の権力者がこぞって手に入れようとする価値が非常に高いものを生み出すことができる。


 俺が生きていた当時、すべて終われば旅をするという約束をしていたため、千年越しに果たしているところである。

 加えて、奴隷として捕まっていたところを強奪した子供。


 これが、今の俺の仲間である。

 修業をしているイフリートのリフトもいるのだが、彼と再びまみえるときは戦うときだろうから、あまり歓迎したくないかもしれない……。


「しかし、魔族ってばれたらマズイですわよね?」

「まあな。俺が生きていた時は、帝国は特に人類しかいない国家だったから、目立つよな」


 ナイアドの問いかけに頷く。

 第四次人魔大戦のとき、魔族と人類という勢力がぶつかり合った。


 しかし、人類はその中でも国家という枠組みで、いくつも分かれている。

 王国、帝国、共和国、教皇国。


 その中でも帝国は、単一種族国家だ。

 魔族どころか、獣人などの半人すらも存在しなかった、非常に珍しい国家。


 それでも、人類の中では一二を争うほどの大国なのだから、凄まじいの一言だ。


「まあ、今はかなり教皇国に押されているようじゃがのう。大戦で最も戦果を挙げたのが教皇国じゃ。世界の主権を握るのも、当然と言えよう。そして、それに追いやられる形になっている帝国の恨みつらみは、かなりのものじゃろうなあ」


 面白そうに笑う姫さん。

 まあ、今の時代人間の国がどういう勢力図になっているのかは、あまり興味がない。


 俺にとっては、終わった話だし。


「私と妖精は小さくなってラモンのポケットに入っていればいいでしょう。子供は皮膚を見せないように、全身を覆うようなローブで隠して……彼女は捨てていきましょう」

「妾が一番大事なのじゃ」

「ありえません」


 ナイアドとシルフィのじゃれ合いはあったが、姫さんが加入したことによって、シルフィと姫さんのじゃれ合いも過熱しそうだ。

 ……俺のメンタル、持つかな?


「そもそも、帝国に行く理由は姫さんだしな。捨てて行ったら、本末転倒だ」

「うむうむ、さすがお前様。ベロチューしてやろうな」

「いらない」


 ちゅっちゅっと頬に瑞々しい唇が押し付けられる。

 ギュッと強く抱きしめられるので、背中で豊かな感触が潰れている。


 それに対して、苦笑いするしかない。

 俺も男だし、嬉しく思わないでもないのだが……。


 ポケットから感じる絶対零度の視線が恐ろしくて……。


「多少浮気してもいいと思うぞ? 英雄色を好むというしの」

「英雄なんて大層なもんじゃないし……あいつ、浮気とか絶対許しそうにないし」


 少し思い出して、ぶるっと身震いする。

 俺と姫さんが言っているのは、もちろんアオイのことだ。


 最後の最後で告白に成功したのだが……。

 うん、俺から告白しておいてガッツリ浮気なんてしてしまえば、マジで殺されそう。


 いや、一度死んだから殺されるも何もないのだが。


「……確かに、聖勇者の攻撃なんて、絶対に受けたくないのう。余波だけで死にそうじゃ」


 姫さんもアオイの恐ろしさを思い出したのだろう。

 ブルブルと背中で震えていた。


 俺は何度も攻撃をまともに食らったぞ。

 生きているのが不思議……死んだけど。


「お前様はよく生きておったのう」

「いや、死んだよ。あいつに殺されたさ」


 二人して、ケラケラと笑う。

 戦争に参加なんてしていれば、本当にいつ誰に殺されるか分からない。


 そう思うと、アオイに殺されたのは、俺的によかったかもしれない。

 まったく知らない奴に殺されるより、自分を知っている奴に殺された方が幾分マシだ。


「……あまりそんな話は聞きたくないのですが?」


 硬い声が届く。

 見れば、むすっと頬を膨らませたシルフィがいた。


 ど、どうした?

 俺は理由がいまいちわからなかったが、ナイアドは思いついたようで、口を開いた。


「自分の好きな人が死んだ話なんて聞きたくないですわよね」

「…………」

「ああっ!? つ、つねるのは止めてくださいまし!」


 無言でナイアドの頬を引っ張るシルフィ。

 うわ、めっちゃ伸びてる。


 どれだけ柔らかいんだろうか。

 ……しかし、俺が死んだ話をして不機嫌にしてしまったのは申し訳ないが、少し嬉しく感じてしまうのはおかしいだろうか?


 俺の死を惜しんでくれる人がいるというのは、とても嬉しいものだ。


「お前様、妾を治す当てがあると言っておったの」


 姫さんが話題を変えようとしてくれるので、それにのっかる。


「ああ。アイリスって言うんだけど、覚えているか?」

「確か……帝国の勇者の仲間じゃったよな?」

「ああ、聖女って呼ばれていた人間だ」


 思い出すのは、心根の優しい少女だ。

 戦場に出るような子ではなかった。


 まあ、魔族との戦争がそれほど切羽詰まっていたということもあるだろうが。


「人間ですの? だったら、寿命はあまり長くないですわよね?」

「もちろんそうなんだけど、人間の中にも特別な奴もいてな。魔力が高い奴は、大体寿命が長いんだ。アイリスは人間の中でもトップクラスの魔力量と質だったから、もしかしたらまだ存命しているかと思ってな」


 確証はないが、アイリスは非常に優れた回復魔法の使い手だった。

 その魔力の量と質は、歴史に名が残るほど。


 だから、本来なら寿命でも、まだ生きているのではないかと思った。

 ……まあ、彼女がいなかったら、姫さんを治す手立てがまったく思いつかないから、何が何でも生きていてほしいのだが。


「じゃあ、あなたも寿命は長いんですの?」


 俺が人間ということを知っているナイアドは、好奇心から尋ねてくる。

 しかし、俺が答えるよりも姫さんが先に答えていた。


「いやいや。この人は魔力量も質も大したことはない。そこらの人間と同じじゃよ。じゃから、寿命などは普通の人間と変わらんじゃろうな」

「え? でも、魔王軍の最高指揮官にまで上り詰めたんですわよね?」

「そこが、ラモンの凄いところです。先天的な才能ではなく、血で血を洗うような努力だけで、這い上がったのですから」

「本人より誇らしげですわ……」


 むふっと胸を張るシルフィ。

 嬉しいんだけど、そこまで褒められると恥ずかしい……。


「それで、そのアイリスが帝国におるのか?」

「いや、分からない。何のうわさもなかったから」


 アイリスレベルの高い能力と優しい性格なら、知名度があってしかるべきだろう。

 だけど、彼女の名前を、今のところ一度も聞いていないんだよなあ。


 まあ、俺たちが情報を聞きまわるような目立つことをできないという事情もあるのだが。


「まあ、当時と比べれば平和な時代ですし、勇者の必要性もないでしょう。元勇者パーティーの名前が上がらなくても、不思議ではありません」

「ただ、彼女は帝国の勇者パーティーの一員だったからな。いるとすれば、祖国かと思って」


 シルフィの言葉に頷く。

 アイリスはともかく、俺たちみたいな戦闘能力がそれなりに高い連中が求められるのは、総じて平時ではなく、血みどろの戦いの時代である。


 ならば、そんな連中が必要とされない世の中の方がいいだろう。

 ただ、アイリスは回復魔法の使い手だから、平時でも引っ張りだこのはずだが……。


 まあ、彼女の力は戦時でも大いに役立つ。

 実際、敵の強者に致命傷を与えても、彼女が治して戦線復帰されたことが何度もある。


 苦い思い出だ。


「ん? 勇者って、一人じゃないんですの?」

「いいや、違う。人間どもは、魔族との戦争の後のことも考えておった。勇者という特記戦力がいれば、それだけで他国より優位に立つことができる。じゃから、勇者というのはどこの国も持っておったよ」


 ナイアドの疑問に、姫さんが答える。

 勇者は一人ではない。


 アイリスは、帝国の勇者パーティーの一人だった。

 帝国の勇者も少女だったが……正義感の強い、立派な人間だった。


 俺には、まぶしすぎるくらいに。


「とくに戦果を挙げていたのは、帝国の勇者と共和国の勇者。その中でも、群を抜いていたのが……教皇国の【聖勇者】です」

「はえー、格好いい名前ですわ」


 ぽけーっと口を開けるナイアド。

 ……さては、あんまり興味ないな。


「二つ名は、随分と恐ろしかったがのう。うちの【赤鬼】にも負けんほどにな」

「なんて言いましたの?」


 ナイアドの問いかけに、姫さんが答えた。

 その声音には、たっぷりと畏怖が込められていて……。


「魔族どころか、人類からも畏怖を込められて呼ばれておったよ。……【鏖殺の聖勇者】とな」




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新作です! よければ見てください!


その聖剣、選ばれし筋力で ~選ばれてないけど聖剣抜いちゃいました。精霊さん? 知らんがな~


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