第40話 憎悪
「……告白?」
アイリスの隣で、勇者が不可解とでも言いたげな声音を発する。
それはおかしなことではない。
命が一秒ごとに失われるような戦場とは、あまりにもかけ離れた理由だったからだ。
アイリスも、ラモンの気持ちを知らなければ、勇者以上に困惑し、憤慨していたかもしれない。
あの洞窟での時間がなければ、だ。
「ああ、なんていうかな。あんたたちが思っている通りのことじゃなくてだな。あーと……俺はアオイに用があるんだ。だから、どいてくれ」
自分でも不適切な発現だったということを認識しているからか、ラモンは後ろめたそうに頭をかいた。
純粋に愛を伝える告白……というわけではなさそうだ。
いや、それも含まれているのだろうが、もっとそれ以上に……。
アイリスは、先ほど感じていたラモンへの恐怖も忘れて、問いかけてしまう。
「アオイっていうのは……聖勇者様のこと、ですよね」
「……ああ、アイリスか。久しぶりだな。ごめん、あんまり目も見えなくなってきていて、誰か分からなかったよ」
「ラモン様……」
不倶戴天の仇であるはずなのに、アイリスはどうしても胸が締め付けられた。
一度、彼と過ごした時間があったから、優しい彼女はどうしても突き放すことができなかった。
あまり焦点の合っていない目を向けられれば、なおさらだ。
そんな彼は、聖勇者……すなわち、教皇国の勇者に会いに行くと言う。
魔王軍を押しつぶすための、全戦力が集まった人類軍。
もちろん、聖勇者アオイも、その中にいる。
「知り合いなのかい?」
「……恩人です」
「俺も君に助けられたから、そんな一方的なものじゃないさ。ただ、悪い。思い出話をすることができるほど、余裕があるわけんじゃないんだ」
ラモンはアイリスに笑いかけると、鋭い目を向けた。
アイリスはビクッと肩を震わせる。
「もう一度言う。どいてくれ」
「……勇者様。私は……」
ラモンには、強い意思が感じられる。
その目は真摯で、だからこそ他者を思いやる優しい心根のアイリスは、その意思を尊重させたくなる。
すがるように、勇者を見た。
「……アイリスが助けてもらったらしいから、そこは感謝しているよ。ただ、君は魔王軍最強の指揮官。君をここで倒せば、魔王軍を一気に押し込むことができる。それに、君が聖勇者のところに向かう理由も信じられるものではない。僕は、ここを通すわけにはいかない」
「……そうか。まあ、ここを通してくれたとしても、俺は後で死ぬと思うんだけどなあ」
決して敵意だけではない目が、勇者から向けられる。
ラモンは苦笑いしつつも、その返事は想定していたのだろう。
とくにうろたえることなく、ダーインスレイヴを構えた。
「アイリス、君は戦いづらいんだったら、後ろに下がっていてくれ。僕は、人類の勇者として、【赤鬼】を倒す!」
「わ、私は……」
勇者の言葉に、アイリスは歯がみする。
自分は、直接的な戦闘には何の役にも立たない。
それでも、戦う意志を持って、戦場にいる。
だが、相手がラモンだと、どうしてもそれがくじける。
あの洞窟で、彼と話さなければ……。
彼の人となりを知らなければ、これほど苦悩することはなかっただろうに。
勇者とラモンの戦闘は、苛烈の一言に尽きる。
アイリスの目では、彼らの動きはとらえきれない。
姿がぶれ、現れたと思えば火花を散らして切り結ぶ。
そんなことを何度か繰り返し、再び彼らが姿を現した時、膝を屈しているのは勇者だった。
「ぐっ……!?」
「はぁ……。さて、じゃあ俺は行くよ。時間もないしな」
ラモンは止めを刺そうとせず、先を急いだ。
その時間も惜しい。
もともと、致命傷をいくつも負っているほどの重傷で、激しい動きをしたものだから、傷口が開いて仕方ない。
余命もいくばくもない。
それが分かっているから、先を急ぐ。
「じゃあな、アイリス。勇者のこと、回復してやってくれ」
「あ……」
薄い笑みを浮かべて、ラモンはアイリスの隣を過ぎ去った。
彼の背中に手を伸ばすも、それが届くことはなかった。
間違いなく、死に向かって歩いている。
なぜなら、あんな傷で、聖勇者アオイの元に向かうことなんて、命知らずにもほどがある。
魔族のことごとくを虐殺し、教皇国の敵ならば人類をも殲滅する、最強最悪の勇者と呼ばれるアオイなのだから。
「どこに行くつもりだ?」
「貴殿を自由にさせるつもりはない」
「ココデ死ネ」
「……次から次に出てくるなあ、本当」
そんなラモンを囲む、絶対的な強者たち。
帝国四騎士の一人、教皇国大魔導、共和国猟兵団の団長だ。
まさに、人類のトップ戦力。
一人で小国を落とせるような力の持ち主に囲まれて、ラモンはため息をつく。
次の瞬間、ラモンから悍ましいほどの殺意が吹き荒れた。
決してアイリスたちには向けなかった、圧倒的な憎悪だ。
「どけよ、殺すぞ」
第3章開始です!
過去作のコミカライズ最新話も公開されていますので、良ければ下記からご覧ください。




