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第38話 あだるてぃー

 










「……由々しき事態じゃ」


 ポツリとレナーテが呟いた。

 場所は街道から少し外れた木々の中。


 近くに清流があることに気づき、一夜をここで過ごすことにしたラモン一行。

 焚火が燃え上がり、明るく辺りを照らしている。


 月も輝いているため、夜とは思えないほどお互いのことがはっきり見てとれた。

 レナーテの褐色の肌が、炎に照らされている。


 薄い衣装に隠された豊満な肢体は、夜ということもあって、色気が何倍にも増している。

 もちろん、ここにいるシルフィは同性であり、レナーテに対してほとんど興味がないため、劣情を催すことはありえないのだが。


 何やら深刻そうにつぶやいているが、シルフィにとっては些事である。

 正直、関わり合いたくないのだが、ちらちらと何度もこちらを窺ってくる。


 放置しておくと鬱陶しそうなので、嫌々声をかける。


「……何がですか?」

「妾、このままじゃと身を清めることができん」


 なぜか偉そうに胸を張るレナーテ。

 シルフィには劣るものの豊満なそれが上下するが、まったく興味がない。


 しかも、わざわざ聞いてあげたというのに、心底どうでもいいことだった。

 もうこの時点で寝たい。


 ラモンに抱き着いてゆっくり眠りたい。

 いい夢を見られそうだ。


「……そんなに疲弊しているんですか? 今までの言動を聞いていれば、そんなことはないように見えますが」

「いや、割とガチでしんどい。百年単位で幽閉されていれば、やはり身体は弱る。呪いもかけられておるしのう」

「ああ、そうですか」


 ツンとそっぽを向くシルフィ。

 だから何だというのだろう。


 ラモンはそんなレナーテのことを案じて、彼女のために聖女とやらに会いに行くというではないか。

 彼に心配してもらえるとか、何て羨ましい。


 同情の余地はない。


「むぅ、塩対応じゃのう。おぬしも乙女じゃ。汗臭いのは嫌じゃという妾の気持ちもわかるじゃろう?」

「私、自浄作用があるので」

「……ウンディーネは便利じゃのう」


 ちょっとうらやましそうに見られるので、今度はシルフィが胸を張る。

 レナーテをも上回る重量の胸部が上下する。


 水で構成された身体だ。

 汚れがついても、簡単に流すことができる。


 つい先ほど、近くの清流から水分を補給しているため、今はツルツルウルウルである。

 触り心地抜群、透明度最高。


 いつでも抱き着いていい、ラモンよ。


「というか、あなたは歩いていないんですから、汗も何も汚れなんてつかないでしょう」

「いやいや、外にいるだけでも汚れはつく。それに……」


 少し頬を赤らめて、そっぽを向く。


「妾、今ものすごく密着しておるからのう。匂いとかは、やはり気になるのじゃ」

「臭いと思われた方がいいのでは?」

「妾はよくない」


 真顔で否定する。

 色々と距離感を間違えているレナーテだが、そんな彼女でもさすがに気にするらしい。


 ラモンに対して、何かしら特別な感情を抱いているからだろうか?

 そう思うと、シルフィの胸がむかむかする。


 殺意かな?

 自身の抱いた感情を分析していると、レナーテがちらちらと窺ってくる。


「……そのぉ、じゃな。妾の身体を拭いてくれたりは……」

「しません。私はあなたの傍仕えではないのですから」

「……ドケチ」

「お好きに言っていただいて構いませんが」


 ツンとそっぽを向く。

 もともと、犬猿の仲……というほどではないが、あまりそりが合わない相手だ。


 かいがいしく世話なんて焼いてやるわけがない。

 ちなみに、ラモンの世話なら何でもしてあげたい。


 食事のことから下のことまで、何でもウェルカムである。


「ふぅむ、さてどうするかのう……」


 うんうんと悩むレナーテ。

 自分の足で歩くことができない以上、ラモンにおんぶで運んでもらうことになるだろう。


 当然、密着する。

 柔らかいのも当たる。


 むしろ、押し付ける。

 そして、身体が近ければ、体臭というのも当然感じられる。


 ラモンの匂いはいい匂いだ。

 頻繁に鼻を鳴らして鼻孔を満たすほど吸い込んでいる。


 しかし、身体を拭いていない自分に対してラモンがそのようなことをすれば……恥ずかしさのあまり死んでしまう。

 では、どうするべきか。


 チンとひらめいた。


「……そういえば、今あの人は水浴びに行っているのかの?」

「はい。あの子供は自分で自分のことがまだできないようですので、その手伝いをしているようです」


 ラモンが連れている子供のことを考える。

 奴隷として捕まっていて、彼に助け出された小さな命。


 他の解放された魔族は家族を見つけて離れたが、彼女だけが見つけることができなかった。

 荒れている魔族領だ。


 何があったかは分からない。

 そもそも、子供がどうして一人だけ奴隷となったのか。


 その理由もわかっていないのだ。

 ……まあ、そこまで深くかかわるつもりはない。


 ただ、思うのは、ラモンにいろいろと気を遣ってもらって可愛がられていることが羨ましい。


「なんと。男女でそのような……」

「……ラモンが子供に手を出すような獣畜生だとでも?」

「言っとらん、言っとらん。本当、あの人の話題になると短気が過ぎるのう、おぬしは」


 ギロリとシルフィににらまれ、レナーテは苦笑いする。

 彼女だって、ラモンが子供に興奮するような性癖倒錯者だとは思っていない。


 というか、それは困る。

 ……いや、幻覚という強力な能力を持っている自分ならば、どうとでもできる。


 幼かった自分を作り出すことも可能だ。


「しかし、そうか。あの人は、他人の身体を清めているのか」

「…………まさか」


 ハッと感づくシルフィ。


「うむ、そういうことじゃ。妾は自分ではできん。おぬしは嫌がる。あの妖精は小さすぎて、事が済むまで待っていると風邪を引きかねん。となると……」


 にんまりと笑みを浮かべるレナーテ。

 それを直視したシルフィは、のちに語る。


 あれほど邪悪な笑顔は、見たことがなかった、と。


「あの人しか、おらんなあ」


 決まれば早い。

 レナーテは身体を引きずりながら、川の方へと向かおうとする。


 ズリズリと土で身体が汚れるのも気にしない。

 どうせ、後でラモンにペロペロツルツル綺麗にしてもらうのだから。


「待ちなさい」


 冷たい声に止められる。

 もちろん、シルフィの声だ。


「なんじゃ?」

「……私が手伝うわ」

「いや、結構。あの人も照れるじゃろうが、真に手助けが必要だと分かれば、快く手を貸してくれるじゃろう。おぬしと違ってな」

「だから、手伝うと言っているわ」


 苛立ちも多分に混じっているシルフィの言葉。

 もはや、いつもの敬語すら抜けている。


 だが、レナーテはひるまない。

 自分が優位なのは、明らかだからだ。


「もう決めたことじゃ。今更翻すことはできん」

「……そう」


 どうやら、レナーテは自分の言うことを聞くつもりはないらしい。

 別にそれは構わない。


 自分だって、レナーテの言うことなんて一切聞かないのだから。

 そう、だから……。


「ぬわああああっ!?」


 ギュルリと水が蠢いて、レナーテの身体を絡め取った。

 もともと、呪いのせいでろくに動けない彼女を捕らえるのは、ひどく容易だった。


「はい、後は私がしてあげるわ。これで終わりね」

「ごぼぼぼぼぼぼっ!」


 レナーテの全身を水で覆い、洗浄してあげる。

 ああ、自分はなんと優しいのだろうか。


 溺れて苦しそうにしている彼女を見て、シルフィはにやりと笑い……。


「という夢を見たのじゃ」


 レナーテは、ぴんぴんしていた。

 そもそも、彼女は捕らえられていないし、水に濡れてもいない。


 そう、幻覚である。

 レナーテの能力。


 重さすら持つ、現実のそれと相違ない偽者を作り出す強大な能力だ。

 シルフィが実力行使に出ることは、昔からの付き合いであるレナーテには簡単に推測できた。


 だから、事前に幻覚を用いれば、この通りである。

 シルフィの無力化に成功した後、彼女は這いずって川に向かった。


「お、お前様ぁ……」

「ぴぃっ!? お、お化けですわぁ!」


 のそのそと地面を張ってくるので、子供と一緒に水浴びをしていたナイアドが飛び上がる。

 全裸で飛び回り、最終的にラモンのポケットに収まった。


 服が濡れるんだけど……と苦笑いしつつ、ナイアドをなだめるラモン。


「いや、姫さんだよ。どうしたんだよ。何かあるんだったら、言ってくれたら迎えに行くのに」


 ビビりまくるナイアドと違って、子供はまったく動じていない。

 ラモンに身体を拭いてもらっている途中だった彼女は、平然と張ってくるレナーテを見つめていた。


 大物になるかもしれないと、ラモンは少しだけ考えるのであった。


「うむうむ、素晴らしい。あそこで眠っておる性悪ウンディーネとは違うのう」

「えーと……?」

「ああ、よいよい。あちらは気にするな。それよりも、妾はお前様に用があるのじゃ」

「なに?」


 首を傾げるラモン。

 ちょうど子供の身体も拭き終えたところだった。


 何でも言うことを聞こうとしている彼を見て、レナーテは純真無垢な笑顔を向けた。


「妾の身体、拭いてくれ」

「…………うん?」


 聞き間違いかな?

 何やら、身体を拭いてくれと言われたような気がする。


 そもそも、レナーテの身体はしっかりと発育し、成熟している。

 もちろん、子供のそれに興奮するような男ではないため、そちらは何ら問題ない。


 だが、レナーテは別だ。

 月光を怪しく反射する褐色の肌。


 大きく膨らんだ胸部に引き締まった腹部。

 なだらかな曲線を描く臀部に、肉付きのいい太もも。


 どれもこれも、女というものを強く訴えかけてくる。

 それを、自分の手で拭く?


 難易度が高すぎる。


「そ、そこはシルフィとかナイアドに……」

「ああ、もうそのくだりはしたからよい。ほれ、頼んだ!」

「そんなに勢いよく脱げるんだったら、自分でできないか?」


 スポポポーンと見事に脱衣する。

 薄い衣装だからこそできることだ。


 あられもない姿を惜しげもなくさらす。


「あ、アダルティですわ……」

「あだるてぃー」


 ラモンににじり寄るレナーテを見て、ナイアドと子供が小さく呟く。

 この騒ぎは、幻覚から無理やり抜け出たシルフィに武力鎮圧されるまで続くのであった。




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