第36話 俺じゃない
「ひょぇぇ……」
何とも情けない声が、ラモンの口から飛び出してくる。
しかし、それも仕方ないだろう。
自身の局部すれすれに、殺意マシマシの剣が突き刺さったのだから。
少しでもずれていれば、バッサリである。
普通に腕や腹部を切られるよりも恐ろしい。
男にしか分からないだろうが、だからこそリフトも顔を凍り付かせていた。
「……お、怒ってる?」
剣にそう問いかけるラモン。
傍から見れば、滑稽としか言いようがない。
無機物に話しかけているなんて、まともとはいいがたい。
しかし、ダーインスレイヴは魔剣である。
通常の武器ではないのだ。
「ひょええ……」
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!
とてつもなく音を立て始めるダーインスレイヴ。
自立して動いている。
そして、かなりお怒りであることも、ラモンにはしっかりと伝わってきていた。
「悪い、置いていってしまって」
柄を握って真摯に謝れば、多少落ち着く。
それでも、ガチャガチャは止まらないが。
勝手に死ぬな。勝手に置いていくな。許可なんてしていない。誰が死んでいいと言った。私以外の剣を使ったのは許せない。二度と使うな。私だけを使えばいい。私以上に優れた剣は存在しない。すべての武器の頂点に立つのが私。だから他はいらない。ラモンにとって必要なのは私だけ。勝手に置いていくな。ずっと一緒。
ダーインスレイヴは意思のある魔剣だ。
しかし、話すことはできない。
声帯がないのだから当然だ。
だが、彼女の伝えたいこと、言いたいことは、しっかりとラモンまで届いていた。
……というより、届いていなかったら本当に刺されかねない。
誰かにラモンを殺される、ラモンに置いて行かれると知れば、せめて自分がラモンを殺すという考え方に至るのがダーインスレイヴだ。
「また、俺と戦ってくれるか?」
ガチャン! とひときわ強い音が鳴る。
むしろ、私以外の剣と戦うことを許さない。
そう強い意志が伝わってきて、ラモンは冷や汗を垂らしながら笑みを浮かべる。
「ということだ。待たせたな、リフト」
「ああ、気にするなよ。……邪魔したら、殺されそうだし」
リフトも知っている。
ダーインスレイヴが、かなり嫉妬深くやばい剣であることを。
たとえ男であろうが、彼女とラモンの逢瀬を邪魔するのであれば、たたり殺されるのである。
「これで、ようやく対等な立場になれたってわけだ。今度こそ叩きのめし、お前を超える!」
「そう簡単にいくかな、リフト。俺と彼女は、強いぞ」
炎を溢れ出させるリフト。
それに応え、ダーインスレイヴを構えるラモン。
まさに、強者と強者の間合い。
何も起きていないはずなのに、その間にはすさまじい殺気の応酬がある。
傍から見ているだけのナイアドたちも、ごくりとのどを鳴らすほど。
……そう、本来であれば、ここから激しい戦闘が繰り広げられることになっていた。
イフリートと最強の戦術指揮官であるラモン。
この二人の戦いは苛烈を極め、一進一退の攻防を繰り広げ、見る者を魅了する素晴らしいものになっただろう。
そう、ダーインスレイヴさえいなければ。
一言で言おう。
彼女は、張り切ったのである。
久しぶりの、自分を扱える男との共闘。
もう二度と自分から離させないために、自分の有用性を改めて叩き込まなければならない。
さらに、ラモンに使ってもらえるという嬉しさ。
彼女を扱うことができる者は、彼以外に存在しなかった。
武器とは、使われてなんぼである。
使われない武器に存在価値はない。
つまり、生物と違って明確に命というものがあるわけではないが、ダーインスレイヴはまさに死にかけていたのである。
そんな状態から、息を吹き返させてもらえた。
当然、高揚する。
もともと、ダーインスレイヴは呪われた魔剣だった。
周りにいる者の命をすべて抜き取る。
それは、自身の使い手も例外ではない。
使用者は必ず死ぬ。
そのようなうわさが広まれば、誰も使おうとはしなくなった。
千年、もしくは千年を超えていたかもしれない。
そんな自分を扱おうとしてくれたのが、ラモンだった。
彼は力を求めていた。
だから、力を貸した。
武器として、使い手の力になれるよう。
その強大な力に飲まれ、命を吸い取られる。
それがいつもの流れだったのに、ラモンはそうはならなかった。
彼は自分を尊重し、丁重に武器として扱ってくれたのである。
ダーインスレイヴがラモンに懐くのも当然のことだった。
それなのに、彼は自分を置いてどこかに行ってしまった。
許せるだろうか?
次に同じことが起きた時、自分はまた待ち続けなければいけないのか?
……いや、そんなことはありえない。
絶対に、だ。
そんなことから、ダーインスレイヴが張り切った結果……。
「じ、地震ですの!?」
ナイアドが驚く。
ガタガタと地面が揺れ、リフトの攻撃によって崩壊寸前だった城壁が、次々に崩れ落ちていく。
突然の自然災害に、飛んでいるナイアドですらも驚愕するが、シルフィが首を横に振って否定する。
「自然現象のそれじゃないですよ。これは、あの剣がやらかしていることです」
「たった一振りの剣が、地震を引き起こせますの!?」
唖然とする。
人や魔族ですらない、生命を持たない無機物。
それが、自然災害を引き起こすことができるのか?
そんな強大な力を、たった一振りの剣が……。
しかし、それをもレナーテが否定する。
「それもまた少し違うのう。あれは、地震を起こす能力なんて持っておらん。また別の力を使っておるのじゃ」
「別の力?」
「そう、吸収じゃ」
「きゅ、吸収?」
首を傾げる。
それほど強い力には聞こえないが……。
「あれは、力を吸い取る魔剣じゃ。使用者や周囲の者の生命力や魔力といったものを吸い取り、強大な力を振るうことができる。非常に扱いづらいものじゃよ」
「じゃ、じゃあ、これって……」
ゴクリとのどを鳴らす。
力を吸い取る魔剣。
つまり、今あの剣は大地……すなわち、世界そのものから力を吸収しているということか?
「うむ。大地が生命力を吸い取られる悲鳴を上げておるんじゃ」
「数年は植物一つ育たない死の大地に枯れ果てるでしょうね」
「とんでもないことをしていますわよ!?」
口を大きく開けるナイアド。
そう、そうである。
ダーインスレイヴは、張り切っているのである!
その吸収した力を、変換して顕現させる。
爆発的に膨れ上がる黒い魔力。
それは、ラモンを包み込むように抱きしめる。
なお、ラモン以外が触れようとすれば、一気に牙をむく模様。
ダーインスレイヴは独占欲が強いからこそ、自分の身持ちも硬いのである。
そんな天高くまで伸びる黒い瘴気を見上げて、リフトは頬をひくつかせる。
これほどの力、かつて自分が負けた時以上のそれじゃないか。
「……おいおい、こんなのってありかよ……。お前の力、どれだけなんだ……」
「俺じゃない。ダーインスレイヴだ」
そして、ラモンも冷や汗を流しながら答える。
次の瞬間、張り切りに張り切ったダーインスレイヴの一撃が、炸裂したのであった。




