第34話 亀裂
「なあ。なんでお前はそんなに強いんだ?」
「ん?」
突然問いかけたからか、ラモンは驚いたようにリフトを見る。
確かに唐突だったなと思いながらも、ずっと疑問を抱いていたところだ。
突発的なことになってしまったが、ちょうどいい。
この機会に、全部聞いておこう。
「急にどうした?」
「ずっと考えていたことだよ。お前はタダの人間だ。それは、間違いねえ」
「ああ」
「力っていうのは、生まれも大きく影響している。種族によって、最初からまったく違うんだよ。生まれながらの強者ってのもいる。イフリートである俺がそうだし、弱いのは人間だ」
一種の蔑視発現ともとれるリフトの言葉。
あまり自身の言動を省みることのないリフトだが、なかなか危険なことを言っている自覚はあった。
だが、ラモンの表情は変わらない。
彼もまた、同じように思っていることだろう。
人間は、弱い。
それは、この世界に生きる多くの者の共通認識である。
「だから、納得いかねえ。俺は、何でお前みたいな人間に負けたんだ? 特別な人間ってわけでもねえんだろ?」
もちろん、人間の中にも強者はいる。
生まれながらの強者であるリフトとも、まともに戦うことができる者もいる。
だが、それは稀有な存在だ。
魔族の数倍はいる、世界で最も繁栄している種族である人類。
そのほとんどが脆弱で、儚い。
ラモンは、そのほとんどに該当する人間だと、リフトは思っていた。
彼自身が自認しているのだから、否定のしようがない。
……まあ、シルフィが聞いていれば猛反発し、リフトに食って掛かっていただろうが、幸い彼女はここにはいない。
何が他の人間と違うのか?
確かに、自分は負けた。
運でも、偶然でもない。
純粋な力負け。
そのことが不思議で、興味があって、だからラモンの下についた。
それでも、彼の秘密は分からない。
だから、尋ねてみたのだ。
「前も言ったが、俺は普通の村人の息子だよ。あのまま何もなければ、普通に村人として人生を終えていただろうな。いや、徴兵されてはいただろうから、戦争には参加していたのか? でも、すぐに死んでいただろうな」
ラモンの過去は、何度か聞いたことがある。
現在、魔族と戦争をしている人類軍を構成する主要国。
教皇国の辺境の村出身。
両親も特別な立場や力を持っていたわけではなく、ごくごく普通の人間。
まあ、今はそうではない。
様々な偏見や差別を向けられつつも戦績を認められ、魔王軍の中でも確固とした地位を築いている。
そして、個人の戦闘能力は、イフリートである自分をも退けるほど。
「……目的が、できた」
「目的? 人類を裏切って、魔王軍に入るくらいのか?」
「ああ、その通りだ。俺にとって、その目的を果たすのは、最悪の裏切り者として歴史に名が残るよりも、はるかに大切なんだ」
いったい、どんな目的なのか。
そう聞いてみたかったが、語るラモンの表情は、様々な感情が入り混じった複雑なもの。
興味本位で立ち入っていい場所ではないと、リフトは判断した。
生半可な覚悟で設定できる目的ではない。
人類史に、一生名が残されるのである。
最悪の裏切り者、極悪非道の男として。
他者からの評価をほとんど気にしないリフトでも、自分の死後も死体蹴りをされ続けられるとすると、躊躇する。
そのことが分かっていて、なおラモンは踏み出したのだ。
「それには、力がいる。だから、がむしゃらに努力しただけさ」
「……努力だけで、どうにかなるはずがねえんだが」
努力なんて簡単な表現だけで片付けられるような、生易しいものではなかっただろう。
ラモンが今の力を手にするために、どれほどの血を流したのか。
どれほどのものを犠牲にしたのか。
たった一つの目的のために。
そう考えると、リフトの背筋にゾッと冷たいものが走る。
ああ、そうか。
人間の恐ろしさは、こういうところにあるのかもしれない。
「それは、こいつのおかげだろうな。無茶を聞いてもらえているし、こいつに出会わなければ、俺はもっと弱かった」
「ああ、確かにそれは業物だ」
ポンポンと自分の腰に差されている剣をたたくラモン。
確かに、強力な武器だ。
そこらの魔剣とは、比べものにならないほど。
だが、非常に扱いづらいそれは、千年使用者がいなかった。
それを使うことができるのは、ラモンの力なのである。
「まだ、その目的は果たせてないんだよ、リフト。だけど、必ずやり遂げなければいけない。約束したんだ」
「約束……」
「だから、その約束が果たせるまで、俺は強くあり続ける。その後は……弱くなってもいいんだけどな」
そう語るラモンは、どこか遠くに行ってしまいそうで。
だから、ついリフトは呟いた。
「……それは困る。俺がお前を倒さないといけねえんだからな」
それを聞いたラモンは、少し驚いた後に笑った。
「ああ、そうだな。この戦争が終わって、俺が弱くならないうちに、再戦しようか」
◆
「お前は言っていたよなあ。目的を果たすのが、約束だって」
「…………」
ラモンは答えない。
すでに戦闘は始まっているのだ。
そして、リフトは気を抜いていて勝てるほど、甘い相手ではない。
「だったらぁ、俺との約束も守ってくれよぉ!!」
炎を推進力にし、リフトは巨体に似合わぬ速度でラモンに襲い掛かった。
しかし、それは彼の性格を知っているラモンも、予測できたこと。
振りかざされる拳を、紙一重で避ける。
そこから始まるのは、激烈なインファイト。
炎を纏ったリフトの攻撃は、一撃一撃が人間のラモンにとっての致命傷になる。
肉を切らせて骨を断つ。
そんな戦法を取ることが許されないのが、リフトであった。
リフトの拳や足が何かにぶつかるたびに、爆炎が吹き荒れる。
メトロもすさまじい威力を誇る戦斧を振るっていたが、それは魔剣の力に頼るところが大きかった。
リフトの場合、単純におのれの力なのである。
その扱いはメトロよりも優れているし、破壊力も何倍もあった。
「ちょおおおっ!? こんな激しい戦い、巻き込まれたらやばいですわ!」
「私は平気なので」
「こっちの気持ちを考えてくださいます!?」
爆炎が吹き荒れるたびに吹き飛ばされそうになるナイアドが悲鳴を上げる。
弱っているレナーテはもちろん、子供も危険な状況だ。
平然と立っているのは、シルフィだけである。
なお、その目は血走り、リフトを凝視しているのだが、そこは怖いので指摘しないナイアドであった。
「妾もやばいんじゃがぁ……」
「私は平気なので」
「ラモン以外にはドライすぎて引くのじゃ」
苦笑いするレナーテ。
しかし、逃げなければ、今の彼女では非常に危険だ。
ラモンが気を利かせて少し戦場を移動してマシにはなっているが、それでもだ。
何とか物陰に避難しようと、かなりゆっくり動こうとして……。
「ぬおおおおおおおおおおお!?」
ビタァ! と身体が硬直してしまう。
一緒に移動しようとしていた子供も、不思議そうにレナーテを見上げていた。
「……なんですか。やかましいのですが」
「いやいや、妾じゃなくてじゃな。ぐぉっ……こやつ、感づきおったか……!」
レナーテが視線を向ける先は、虚空。
何も存在しない場所だ。
だが、少しすると、そこがゆがむ。
空間にゆがみが生じ、そして亀裂が走った。
まるで、そこから何かが飛び出そうとしているみたいに。
「ご主人を思い出して駆けつけたくて仕方ないのか、魔剣よ」
レナーテの言葉に呼応するように、亀裂がまた深くなった。




