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第32話 既知の男

 










「ほれ、妾をおんぶしろ」

「……ああ」


 偉そうに言う姫さん。

 普通の人が言えば腹立たしく感じても不思議ではないのだが、姫さんが言うと堂に入っているためか、簡単に納得してしまう。


 それよりも、その足では自分で歩くこともままならないだろう。

 おぶらなければ、ここから抜け出すこともできない。


 だから、俺は黙って受け入れた。

 子供には、少し我慢してもらおう。


 ……やっぱり、軽いなあ。


「はぁぁ……。久しぶりのお前様のぬくもりじゃ。ああ、いいのう……」

「おばあちゃんみたいですわ……」

「ぴちぴちじゃ」


 スリスリと俺の肩に頬をこすりつけながら、姫さんはしみるように呟く。

 ……確かに、俺もナイアドと同じことを思ってしまった。


 千年以上生きていて、ぴちぴちも何もないと思うのだが。


「なあ、姫さん。姫さんをそんな風にしたのは、今の上層部だよな?」


 これだけは、どうしても聞きたかった。

 聞かなければならないことだった。


「妾を好き勝手動かしたくなかったら、弱らせるほかないじゃろうな。結構、ギリギリだったんじゃ。幻影も使えなくなるくらいに。いいタイミングで戻ってきてくれた、お前様よ」


 カラカラと笑う姫さん。

 しかし、幻影と比べると、その反応は弱弱しい。


 ああ、そうか。

 俺は今まで、とくに魔族の上層部や反政府軍に対して、思うところはなかった。


 まあ、反政府軍の方は、かなり手ひどいことをしていたから多少苛立ちはしたけれども。

 ただ、それが原因で俺が首を突っ込むことは考えていなかった。


 俺は死人だ。

 今を生きる世界に関与すべきでない。


 そう思っていた。

 だが……。


「……怖い顔をしていますわよ?」

「ん? そんなことはないさ」


 顔をのぞきこんできたナイアドに、苦笑いを浮かべる。

 周りを不安にさせてどうする。


 とりあえず、姫さんと子供を安全な場所に届けてからだ。

 それからだ。


「ふへー。豪華ですわぁ……」


 思わずといったようにナイアドが呟いたのは、姫さんの指示で外に向かっている道中である。

 いくつかの部屋を通り抜けることがあったのだが、まさしく豪華絢爛。


 黄金で作られた家具や非常に柔らかい絨毯。

 あまり価値の分からない絵画や壺などがふんだんに飾り付けられている。


 魔王城の中は、煌びやかだった。


「庶民があれほど困窮しているというのに、随分と違いますね」


 シルフィの嫌味もこもった言葉。

 確かに、公務員が野盗にまで身をやつしていたのである。


 これだけ立派なもので飾り付けることができるのであれば、もっと彼らに還元するべきだろうに。

 しかし、困窮している民から税を絞り上げることもできないのに、この財力はいったいどこから来ているのだろうか?


 すると、背中にいる姫さんが言う。


「そりゃあ、人間とつながっておるしな、今の上層部」

「……え? マジで?」

「マジじゃ。いろいろとしとるみたいじゃ。人身売買や麻薬の取引とかのう。それゆえ、人類側からの金銭的支援があり、上層部は潤っておる」


 ……真っ黒じゃん。

 しかし、人類と魔族が手を組むか。


 平和という意味では素晴らしいことなのだが、結託の仕方が悪すぎる。


「昔はそこまで腐ってはいなかったと思いますが」

「昔は戦時中じゃ。今は、戦争はしとらん」


 だからと言って、こういう意味での仲良しはどうなの……?

 シルフィも憮然としているし。


「とりあえず、ここから抜け出そう。その後、姫さんの身体も何とかしないといけないしな」

「嬉しいのう、お前様」


 このまま話していると、魔族の嫌な所しか見えなくなってしまいそうだ。

 姫さんの回復を大前提に考えなければいけない。


 話を切り上げ、俺たちは外に向かって歩く。

 あと少しで外に出られる。


 そんな時だった。


「こっちだ! 下手人がいたぞ!」

「薄汚い盗人め。生きてここから抜け出せると思うなよ!」


 ついに見つかってしまった。

 大勢の警備兵に囲まれる。


「あー、ついにばれたか。まあ、今までばれていなかったことがおかしいもんな」

「そ、そそそそうじゃな」


 ……姫さん?


「……あなた、何かしましたか?」

「べ、べっつにー。ちょっと幻影を使って仲良くなっていた子供らに別れの挨拶をしただけじゃしー。それが巡り巡ってばれることにつながったとは限らないしー」


 シルフィがギョロリと目で見据えれば、大量に発汗しながら姫さんが答える。

 ……自分で自分の首を絞めている……。


「その方を置いていけ。必要不可欠な、替えの利かないお方だ」


 俺たちを囲む中から一人前に出てきた男が言う。

 その道具を扱うような言葉に、また苛立ちを覚える。


「なら、もっと丁寧にしておくべきだったな。今の姫さんの状況を見て、渡すバカはいない」

「貴様自身の命が危険だとしてもか?」

「当たり前だ。どっちにしろ、お前らは一度ぶっ飛ばすつもりだった」


 昔馴染みをこんな目に合わせられて、誰が暢気にしていられるだろうか。

 そもそも、俺は死人だ。


 自分の命が惜しいはずもない。

 一度すでに捨てたものなのだから。


「そうか。なら死ね」


 即座に襲い掛かってくる。

 まあ、魔王城に侵入している立場だから、当たり前だろうが。


 動けない姫さんを下ろし、子供と一緒に俺とシルフィで背中合わせで囲む。

 守りながら戦うというのは大変だが、苛立ちもあって負けるつもりは毛頭なかった。


 そう、俺は再びこの世界に立って、一番戦闘に乗り気になっていたのである。

 だから……。


「ぎゃああああああ!!」

「熱いっ!? あああああっ!!」


 壁が破壊され、俺たちを囲っていた警備兵が吹き飛んでいく。

 堅牢な魔王城の外壁を破壊できるのは、かなりの力がなければ不可能だろう。


 そして、燃え盛る炎。

 警備兵たちにまとわりつき、燃やしていく。


「この炎は……」


 とても見覚えがあった。

 何度も見た、頼りになる炎だった。


 そして、自分に向けても何度も放たれた、恐ろしい炎だった。


「よお、久しぶりだなぁ、ラモンよぉ」

「リフトか」


 壁を破壊して悠々と侵入してきた巨躯の燃え盛る男に、俺は笑みを浮かべるのであった。




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